谷田実憲と浦上伸介が額を寄せるソファと、支局長席は、大部屋の両端に離れているが、小太りの支局長は、一向に谷田の報告がこないことを気にしてか、東京本社へ送る原稿のチェックを中断して、こっちを見ている。
谷田は支局長席を無視。一息入れるようにして大部屋を出ると、エレベーター前の自動販売機で、ウーロン茶を二本買ってきた。
「飛行機は飛んでいないし、夜行列車もないとあっては、残る交通手段は自動車か」
谷田は、ウーロン茶の一本を浦上に勧めて、つぶやく。
「このごろは、帰省バスが、はやっているじゃないか」
「東京や横浜を、夜出発して、朝、現地に着くバスですね」
「それだよ。それしかあるまい」
谷田はウーロン茶を飲み干して、ピース・ライトに火をつけた。
浦上もキャスターをくわえ、ちらっと奥の窓際へ目を向けた。小太りの支局長は、いつまでも何をしているのか、といった顔をしている。
「バスもその時刻表に載っているのだろ」
「ええ、この場で確認できます」
浦上は長距離バス(夜行便)のページを開いた。
意外に多くの路線があった。しかし、結果から先に言えば、これも浮上してはこなかった。
この時間帯、東北方面行きの長距離バスは、ほとんどが、渋谷、池袋、新宿、そして浜松町バスターミナルを出発した後だったのである。
唯一乗車可能なのは、東京駅八重洲南口発二十三時十分のバスだが、これは、岩手県の盛岡バスセンター行きだった。一口に東北と言っても、秋田県の横手とは方向違いだ。それに深夜、東北自動車道を走るバスから、横手へ乗り換えて行く手段があるとも思えない。
「夜行便バスも消えたとなると、レンタカーですか」
「美穂子が車を運転する話は聞いていないぞ」
谷田はたばこをもみ消し、
「仮に運転免許証を持っていたとしても、ペーパードライバーでは、高速道路を走って横手までの遠乗りは、難しいのではないかね」
と、浦上を見た。
浦上も同感だ。
美穂子は、一体いかなる方法で、東京—横手の空間を埋めたのだろう?
やはり、隠れた共犯者がいるのか。この場合の共犯とは、(殺人《ころし》の加担者ではなく)レンタカーを運転する人間のことだ。
(それも考えられないな)
浦上は首をひねりながら二本目のたばこに火をつけ、二、三服吹かしただけで、消していた。
浦上は名残り惜しそうに、あるいは所在ないままに、大判の時刻表をめくる。
上野駅での発見がないのなら、横手から逆に辿《たど》ることで、何か出てこないか。一方にはそうした思いも潜在したが、大した希望はなかった。
期待もないまま、ページのあちこちを繰っているうちに、
「何だ、これは?」
浦上は素《す》っ頓狂《とんきよう》な声を発していた。
唐突に、一本の寝台特急が、時刻表の中へ出現してきたのである。
東北本線下りの時刻表は、「上野—仙台」間、「仙台—青森」間と分載されているわけであるが、「上野—仙台」間には記されていないブルートレインが、「仙台—青森」間のページに載っている。
上野発 二十三時三分 寝台特急�ゆうづる3号�
上野駅が二十三時三分ならば、美穂子は、余裕を持って、この寝台特急に乗車できるではないか。
「どうした?」
「それが」
訳が分からないと言いかけたが、事情はすぐに飲み込めた。