浦上伸介を乗せた寝台特急�ゆうづる3号�は、予定どおり四時四十分に一ノ関に着いた。
一時三十四分に平を出て以来、最初の停車駅である。
その一ノ関を発車したところで、専務車掌が浦上を起こしにきた。
前夜検札の際に、声をかけてくれるよう頼んでおいたのだが、沿線はまだ暗い。通路へ出て、窓のカーテンを開けると、凍《い》てつくように晴れ渡った冬空に月が出ている。
左下が欠けた月である。
にぶい月光の中で、遠い山の稜線が黒く沈んでいる。
美穂子は、�ゆうづる3号�の車窓から、どんな表情で東北の早朝を眺めたのか。犯行は十四日前だから、美穂子が目にしたのは、(いまとは違って)右下が欠けた月であっただろう。
浦上はそうしたことを考えながら、たばこを一本くゆらして、着換えにかかった。
間もなく、北から南へ、ゆったりと流れる大きい川が見えてきた。北上川だ。
北上の流れを挟んで、在来線と、東北新幹線の高架が、しばらく平行してつづき、やがて、双方が一緒になると北上駅だった。
�ゆうづる3号�の北上着は、五時十一分。浦上と同じ列車で降りたのは、十人ほどだった。
十二月の空はまだ明けていない。北上川と和賀川《わががわ》が合流する人口四万五千の北上市は、夜の静けさを、そのまま保っている。
駅もひっそりしており、寝台車の暖房が利いていただけに、川を渡ってくる北風が、身を切るように冷たく感じられる。
しかし、そんなことは言っていられない。乗り換え時間は、わずか二分だ。
浦上は北上線ホームへ急ごうとして、
「ばかめ!」
思わず足をとめていた。がくん、と、音を立てるような、強い衝撃を伴う停止の仕方だった。
「ばかめ!」
と、叫んだのは、自分自身に対してであった。
「ここまで来なければ、それに気付かなかったなんて、これはどうしようもない読み損ないだぜ」
自嘲《じちよう》のぶやきは、そんなふうにつづいた。足をとめた浦上が捕らえているのは、乗り換え案内の掲示板だった。
「本当に、これでいいのか」
「これしかあるまい」
浦上は案内板を見詰めて自問自答すると、ショルダーバッグから十一月の時刻表を取り出していた。
そして、さらに細かいダイヤとルートを質《ただ》すために、改札口の駅員のところへ飛んで行った。