刑事たちが、逃亡した男を追って霧雨の中へ散って行くと、型どおりに行政検視が進められ、その一方で、鑑識係による遺留品収集が始まった。
髪の長い女は、体温は残していたものの、すでに、完全に息絶えていた。
「いくら人通りが少なくとも、まだ明るい時間だぞ。何で、このような場所で殺人《ころし》をしなければならないんだ」
署長は、女の絶命が確認されると、何とも渋い顔をした。
乗用車が急停車した現場こそ人気がないとはいえ、十メートル先は車が往来する県道なのである。
この事件は、別の面でも異例だった。
普通は行政検視と、遺留品の収集から捜査は着手されるのだが、本件の場合は、一般的な初動捜査と同時に、最初から、犯人追跡が付加されたのである。
二人のOLにはショックだったが、�不測の目撃�は、捜査側にとって、絶対的に有利な条件となる。
OLたちがいかに怯《おび》えていたとはいえ、ポイントは記憶されているのである。
犯行時間=八月三十日(水)午後六時二十六〜三十一分頃
容疑者=中背の男性 年齢三十歳前後ないし四十歳前後
服装=茶色っぽいブルゾン
持ち物=大きい紙袋とショルダーバッグ
この四点だけでも、貴重な目撃だ。
二人の証言で一致しないのは、男の年齢だが、これとて、まったくあいまいというわけではない。男が学生のような若い世代でもなければ、老人でもないということをはっきりさせているのである。
犯人像は、事件発生の時点で、あるていど特定されたと言える。
これは大きい。
松山南署が、犯行現場からそれほど離れていないせいもあって、通報を受けてから出動までに、ほとんど時間もかかっていない。
しかし、この有利な条件も、残念ながら、犯人の緊急逮捕に、ストレートにはつながらなかったのである。
海岸通りを三津浜港方向へ走り去ったということで、真っ先に手配されたのは連絡船だ。松山観光港からは、十九時発広島行きの、旅客フェリーの乗船が始まっている。
捜査員は波止場に張り込み、何人かがフェリーに乗り込んだが、目撃者が言うところの不審者は発見できなかった。
もっとも、港の方角へ逃亡したからと言って、必ずしも、海路を取ったとは限らない。
男は、勤め帰りの人々の中に、紛れ込んだのかもしれない。人目を避けて、松山の中心地へ向かった、ということもあるだろう。
三津まで行けば、路線バスもあれば、伊予鉄も走っている。犯行現場から三津駅まで歩いて十五分で行ける。
タクシーを拾うのも容易だ。
何台ものタクシーが、港でも、三津駅前でも客待ちをしている。
あるいは、犯人の男が、どこか目立たない場所に自分の車を止め置いた、ということも考えられるかもしれない。
自分で車を運転して逃げたとなれば、足取りを簡単に絞《しぼ》り出すことはできない。
隣接署に応援を頼み、伊予鉄の大手町駅と松山市駅、そして、JR松山駅にも非常線が張られたが、やはり、不審者は抽出《ちゆうしゆつ》できなかった。
捜査は原点に戻った。