愛媛県警捜査一課の応援で、松山南署に捜査本部が設置されることになった。
本格的な捜査は翌日からになるけれど、初動捜査の布石は、てきぱきと打たれていった。
まず、ベルトだが、それほど高級品ではなかった。あるいは、最初から�凶器�として購入したのか。ベルトに関しては、販売ルート確認の班が構成された。
次に指紋は被害者のそれを除くと、弓状紋と変体紋の二つが、重要対象として、浮上した。
弓状紋は、レンタカーの座席の下に落ちていた、の分県地図と、の王将駒から出てきたものであり、変体紋は、助手席のドアから検出された指紋だった。
この疑わしい二種類の指紋は、県警本部を経て東京の警察庁指紋センターにオンラインで送られた。もちろん、前科、前歴の有無を照会するためだ。
ところで、もっとも重視されるべきの凶器からは、一点の指紋も採取できなかった。
ベルトの指紋は、きれいにふき取られていたのである。
犯人は美津枝を絞殺後、瞬時に逃亡したのだから、指紋を消していく余裕はない。凶行に際しては、当然、手袋を使用した、ということになろう。
「夏に手袋か」
署長は、鑑識からの報告を受けて、吐き捨てた。
八月に手袋を用意するとは、それが突発的な犯行ではなかったことを、意味していよう。指紋を採取される心配がないからこそ、犯人は凶器を放置していったともいえようか。
計画的な殺人なら、あの犯行現場の設定も犯人のもくろみのままであり、
「被害者《がいしや》にレンタカーを借り出させて、あそこまで連れてきたことも、犯人《ほし》の計算どおりってことになるのか」
署長は、工場街へ急行したときの疑問を繰り返した。
県道沿いともいえる場所だが、十字路をちょっと左折しただけのあの路傍が、相当な死角になっていたのは事実だ。二人のOLの通行がなければ、発見は遅れていただろう。
事前に�死角�を承知していたとすれば、犯人は土地|鑑《かん》あり、ということになる。
一方、被害者高橋美津枝の自室マンションにも探りが入れられた。
だが、これは、電話一本で、直接先方に当たるというわけにはいかなかった。横浜の一〇四番へ問い合わせたところ、高橋美津枝名義の電話は加入されていなかった。
美津枝が主婦であるなら、電話は夫の名前で申し込むのが普通だ。そこで刑事は、緊急の事情を打ち明け、『井田マンション』21号室に、電話が取り付けられているかどうかの確認を求めた。
電話はあった。引かれてはいたが、名字が違う。『井田マンション』21号室の電話は、「小出五郎」という名前だった。
部屋が同じなのだから、殺された美津枝と電話所有者の「小出」は、内縁関係にでもあるのか。そう考えるのが自然だろう。
しかし、何度かけ直しても、横浜の『井田マンション』21号室の電話は通じなかったのである。
呼び出し音はつづいても、だれも出てこない。
「まさか、この小出って男が、茶色っぽいブルゾンじゃないでしょうね」
刑事は、署長に報告したあとで、私見を言い添えた。
この点の解明も、翌日に持ち越される。
今夜のうちに、神奈川県警に捜査協力を要請することになるが、松山南署としても、横浜へ捜査員派遣の方針を固めた。