神奈川県警では、捜査一課の課長補佐|淡路《あわじ》警部が窓口になった。
淡路警部は、これまでにも数多く、他府県との捜査共助の仕事をしているので、担当は不思議でも何でもないが、奇妙なめぐりあわせとなったのは、本件の容疑者として、浦上伸介が浮上していることだった。
淡路警部は、職掌上、数多くの取材記者と顔見知りだが、浦上とは浅からぬ交流を持っていたのである。
淡路警部が日頃|昵懇《じつこん》にしている記者の一人に、神奈川県警記者クラブ『毎朝日報』のキャップ、谷田実憲《たにだじつけん》がいる。
その谷田が、浦上の大学時代の親しい先輩だった。
警部は『毎朝日報』キャップの紹介で、『週刊広場』を主たる仕事先とするルポライターを知った。
浦上は、今回こそ、「夏の終わりの城下町」などという、バカンス追跡特集の取材をしているが、本来は、事件物を得意とするルポライターなのである。
派手さはないが、浦上の有能な手腕を、淡路警部は買っていた。警部は、横浜が絡《から》んだ殺人事件の、アリバイ崩《くず》しの発見を、何回となく浦上から提供されたことがある。
警部のほうからも、オフレコ・ネタの提供というお返しをすることがある、と、そういうつきあいだった。
しかし、浦上伸介の名前は、まだ表面化していない。淡路警部は捜査本部によって、浦上伸介がマークされたなんて、夢想もしなかった。
昨夜のうちに届いた松山南署からの要請は、捜査員派遣に対する協力と、被害者高橋美津枝の洗い出し、その二点だけだったからである。
美津枝は保土ケ谷区上星川町の『井田マンション』21号室で、「小出五郎」という男と同棲しているらしい。
何度電話をかけても応答のない「小出」が、美津枝と一緒に四国へ渡っている情報でも出てくれば、浦上とは別個な形で、捜査対象となる。
「小出」の聞き込みを、松山南署の捜査本部では重視しており、
「一刻も速く、高橋美津枝の日常を調査していただきたい」
と、言ってきた。
淡路警部は、一課の刑事二人を、『井田マンション』に向かわせた。