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松山着18時15分の死者2-2

时间: 2019-04-27    进入日语论坛
核心提示: 狭いロビーでは、込み入った話もできない。 フロントの左手が喫茶室になっていたので、三人はコーヒーを注文して、片隅のテー
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 狭いロビーでは、込み入った話もできない。
 フロントの左手が喫茶室になっていたので、三人はコーヒーを注文して、片隅のテーブルで向かい合った。
「横浜に住む高橋美津枝さんとは、どういうご関係ですかな」
 矢島部長刑事は、いきなり、そう切り出してきた。
「高橋美津枝さん?」
「なかなか、きれいな女性ではないですか。恋人ですか」
「恋人?」
 浦上には、何のことか、さっぱり訳が分からない。
 浦上には、親しくしている女性など一人もいない。異性嫌いというわけではないが、毎日の生活が不規則で、余暇が将棋と酒という日常では、女性に近付くチャンスはない。
 こうして、いつともなく、仕事場と住居を兼ねた東京・中目黒《なかめぐろ》の1DKのマンションで、シングルライフを楽しむようになった浦上である。
「その美人が、どうかしたのですか」
 釈然としないままに問いかけると、矢島は、しげしげと浦上を見た。
 半袖にまくった茶のブルゾン、黒いタンクトップ、焦げ茶のショルダーバッグ。そうした浦上を一わたり眺め回し、
(なるほど。そっくりだ)
 というように、矢島は傍《かたわ》らの若い刑事を振り返った。
 若い刑事のほうも、
(確かにそうですね)
 と、目でうなずいている。
 浦上は肚《はら》が立ってきた。
「失敬じゃありませんか。どこのだれとも知らない女性の名前を持ち出したり、じろじろとぼくを見詰めたり、何の真似ですか」
「大きい紙袋は、お持ちではないのですか」
「用件をはっきりと言ってください」
「昨日の夕方、松山港の近くで、高橋美津枝さんが絞殺されました」
「殺人《ころし》の捜査本部というのは、そのことですか」
「凶行は、レンタカーの中でした」
 矢島はそう言って、いかにも刑事《でか》らしい視線を浴びせてきた。説明されなくとも、犯行現場も、殺人手段も、先刻承知だろう、と、そういった、決め付けてくるようなまなざしである。
(あれ?)
 浦上は自分の中でつぶやいていた。こと、ここに至って、浦上も気付かざるを得ない。知らない間に自分を巻き込んだ判然としない渦が、意外に大きいということをだ。
「あんたは、ウデの立つルポライターで、警察取材なども慣れているそうですな」
 矢島は、浦上の変化を見抜いたかのように、少し口調を改めた。
 取材慣れしているのなら、職務質問についての細かい説明は不要だろう、という含みと同時に、
「いろいろ、犯行手口にも詳しいのではないか」
 と、そんな疑惑の目で見られているのを、浦上は感じた。
 こうした形で、刑事に接近されるなんて、気持ちのいいものではない。
「浦上さん、あんたは昨日、午後六時に到着するフェリーで、松山港へ下りたそうですな」
「なぜそうした質問にこたえなければいけないのか、それを言ってください」
「船を下りてから、ホテル松山にチェックインするまでの足取りを、説明してくれませんか」
「そういうことですか」
 浦上はキャスターに火をつけた。
 よく分からないが、取材日程は『週刊広場』へ問い合わせて、入手したのだろう。それでいまもこうして、『ニュー宇和島ホテル』へ、先回りしていたわけか、と、浦上は考えた。
 ならば、それがこたえになるではないか。
「ぼくは、いまのところ、スケジュールどおりに行動しています」
 浦上は質問に応じたつもりで、そう言ったが、矢島は納得しなかった。
 矢島はじっと浦上を見詰めている。
「一体、何だっていうのですか!」
 浦上はいらだたし気に、火をつけたばかりのたばこをもみ消した。
 だが、結局は、ベテラン部長刑事のペースから逃れることはできなかった。
 浦上は、事実をありのままにこたえた。
「昨夕《ゆうべ》六時に松山港で下船したぼくは、アーケードの商店街を三津駅まで歩いて、電車に乗りました」
「伊予鉄経由でしたか」
「市街地へ入り、松山城が見えてきたところで、電車を降りました。大手町駅だったと思います」
「それから、どうしました」
 矢島は畳み込んできた。不愉快だが、つづけざるを得ない。
「ぼくの今回の目的は、城下町の取材ですからね。城の写真は欠かせません。で、松山城を撮影しながら、ホテルへ向かいました」
「昨日の夕方は、霧雨が降っていたでしょう。霧雨の中で、シャッターを切ったのですか」
 矢島は、さらに疑わし気な顔をしている。
「強い雨の中だって、必要があれば、カメラは構えます」
 浦上が怒りをにじませて口走ると、
「ホテル松山のチェックインが、午後七時五分ですね。堀端で時間をつぶしてホテルに入るというのは、捜査会議で、検討したとおりなのですな。いまあんたが言ったように、そう説明されれば、時間の配分に不自然さはない」
 矢島は独り言のようにつぶやき、
「本当に、フェリーを下りた足で、真っ直ぐ三津駅へ向かったのですか」
 と、殺人現場に落ちていた王将駒と、愛媛県の分県地図に、初めて触れた。
「あんたは、しょっちゅうクラブへ出入りするほどの、将棋好きだそうですね」
「そんなことまで、調べたのですか」
「将棋駒もそうですが、問題は、分県地図です。地図に同封されていたパンフレットに、週刊広場・浦上と記名されてありましてな」
 職務質問は、ようやく本題に入った。
「あなたの地図が、なぜ凶行現場に落ちていたのか、説明していただきたい」
「知りませんよ。第一、ぼく、愛媛の分県地図など持ったことはありません」
 浦上は即座に否定した。うそでも何でもなく、それはそのとおりなのだ。
 今回、浦上が参考資料としてショルダーバッグに入れてきたのは、四国全県を一冊にまとめた、大雑把《おおざつぱ》なガイドブックだけだ。
 浦上がその点を強調し、
「落ちていた分県地図に、ぼくの名前がついていたことで、ぼくが疑われているってわけですか」
 と、つづけると、
「浦上さん、あんたは犯行時間に、犯行現場に立つことができたわけですよ」
 部長刑事は、ことばに力を込めた。
「私たちとして留意したいのは、松山市が、あんたの生活圏ではないってことです。生活範囲で発生した事件なら、犯行時間に犯行現場を通りかかるという偶然もあるでしょうが」
「なるほど。昨夕の事件の場合は、偶然にしては、出来過ぎているって解釈ですか」
「地図の記名を、ぜひとも、あんたに説明してもらいたい」
「いきなりそう言われても、どうしてそうなったのか、ぼくに分かるわけがないでしょう」
「ともあれ、こうして名前の浮かんだ浦上さんがあいまいなままでは、捜査は進展しない。捜査本部としては、あんたのシロをはっきりさせたいのですよ」
 ベテラン部長刑事は、一応そうした言い方をしたが、最終目的は崩さなかった。すなわち、任意同行である。
 口先では、
「浦上さんも、一流週刊誌のルポライターでしょう。一つ協力してください」
 矢島は�任意�を繰り返したが、浦上が拒否すれば、強制連行もいとわない、と、そうした態度が見え見えだった。
 三人とも、コーヒーを飲み残したまま、喫茶室を出た。
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