今日は木曜日だ。『週刊広場』は毎週木曜が校了日なので、編集部は夜が遅い。
電話を急ぐ必要はなかった。浦上はシャワーを浴び、頭を冷やしてから、ゼロ発信で、東京の神田へかけた。
今頃、細波編集長は、ゲラに赤字を入れながら、例の甲高い声で、あれこれ、編集者たちに檄《げき》を飛ばしている最中だろう。
(かっかしていないと、いいんだがな)
浦上はそう念じながら、編集長を呼んでもらった。
編集長は、待っていたように、電話口に出た。
「浦上ちゃん、困るよ。連絡が遅かったじゃないか。校正が一段落したら、ぼくのほうから、ニュー宇和島ホテルへ、電話を入れようと考えていたところだ」
甲高い声は相変わらずだが、編集長の機嫌は悪くなかった。
編集長は、今朝方青木副編集長の自宅へ問い合わせてきた、松山南署の電話を自分のほうから口にし、
「どうなっているのかね」
と、畳みかけてきた。
浦上がこれまでの経緯を説明し、
「ぼく自身、宇和島へ到着するまでは、刑事に張り込まれているなんて、夢にも思いませんでしたよ」
と、いまだに未整理な状態であることを告げると、
「何だか知らないが、浦上ちゃんが殺人《ころし》の第一容疑者とは面白い」
編集長は勝手な笑声を立てた。
浦上の立場を、谷田と同じように思いやってくれてはいるのだろうが、職業意識というべきか、誌面構成のほうが明らかに先行しているのである。細波編集長は、そういう人間だった。
「浦上ちゃん、こいつは、夜の事件レポートにぴったりじゃないか。どうだい、主人公は殺された美女と同時に、レポーターの浦上伸介でいこう。レポーターが主人公というのが、ユニークだ。一人称で、私小説ふうにまとめたら、間違いなく、ヒットすると思うよ」
と、甲高い声が早口になった。
「夜の事件レポート」は『週刊広場』の人気シリーズの一つで、元々が、事件小説的なタッチで仕上げるところに特徴があった。
「浦上ちゃん、きみは、やっぱ事件物の取材が似合っているってことだよ。そうだろ、せっかく城下町の取材で出かけたのに、事件が向こうから飛び込んできたのだからね」
と、つづける編集長は、とうに、取材記者の交替を即断していたようである。
浦上が、それでも念を押そうとするのを、編集長は制した。
「言うまでもないことさ。バカンス追跡のほうは、青木君と相談してピンチヒッターを送る。浦上ちゃんは、松山南署の捜査本部に食らいつくんだな」
「ありがとうございます」
「今度の夜の事件レポートは、浦上伸介のでっかい署名入りでいこう。それこそ逆立ちしたって、他誌には決して真似《まね》のできないレポートだ」
編集長は、転がり込んできた企画に、すっかりご機嫌になっている。
いい気なものだった。
さらに、細かい二、三の指示があって、電話は終わった。