大阪へ引き返す澄子は、高知発十九時、大阪着十九時五十五分の�ANK424便�の予約を取ってあったが、東京へ帰る浦上のほうは、まだ搭乗券も買っていないわけだ。結局、十八時発の大阪経由便が駄目で、次の、十九時四十五分発の�ANA572便�まで待たなければならなかった。
澄子が利用する大阪行きの、搭乗案内の始まるまでが、話し合いの時となった。
浦上と澄子は、空港ロビーの二階にある小さいレストランに寄った。浦上はコーヒー、澄子はレモンティーを注文して、本題に入った。
澄子と、殺された美津枝は、ともに都会志向派だったので、高校時代から気が合っていたという。お互い、大阪に就職してからも、交流は保たれていた、と、澄子は言った。
「あたしとしては、確証がないので、美津枝のお兄さんに打ち明けるわけにはいきません。でも、美津枝の恋愛には、問題があったと思います」
澄子はそんな言い方をした。問題があるとは、不倫を意味するようだった。
「美津枝さんの愛人は、妻子ある男性だったってことですか」
「そうだったと思います。あたしがいくら尋ねても、美津枝は一度も違うとは言いませんでしたから」
「美津枝さんが家族に向かって、いわば結婚の意思表示をしたのが、二年前と聞いています。その妻子ある人と結婚するつもりだったのでしょうか」
「それが、よく分からないんです。彼女、肝心な点になると、ぼかしてしまうというか、気を持たせた言い方をするんです。高校時代からそうでした」
澄子は、レモンティーに口をつけた。
澄子は美津枝の相手の男性の、名前も年齢も、社会的な地位も聞かされてはいなかった。
浦上もコーヒーカップに手を伸ばし、
「菊池さん、あなたは、その男性が美津枝さん殺しに関係していると思いますか」
と、澄子をのぞき込むと、
「あたしよりも、浦上さんがそう考えていらっしゃるのではないですか」
と、澄子はこたえた。こたえてから、澄子は一瞬遠くを見るようにした。
そして、意外なことを言った。
「美津枝がつきあっていた男性は、もしかすると複数かもしれません」
「複数の男性? 美津枝さんが美人であることは承知しています。横浜へ移ってからは沈み勝ちだったようですが、本来は明るくて、社交的なタイプだったわけでしょう」
「そうですわ。高校時代から、男性にはもてもてでした」
「すると、あなたは、美津枝さんが交際していたであろう複数男性の中に、美津枝さんを殺した犯人がいると、お考えですか」
「浦上さん、あたしにも手伝わせてください。あたしなんかでは、お役に立てないかもしれませんが」
と、澄子は言った。
相手が刑事なら、澄子は、自分のほうから積極的に協力する姿勢は打ち出さなかったかもしれない。
しかし、一夫に対する浦上の態度を見ているうちに、単なる週刊誌記者とは違う信頼感を、抱いたようでもあった。
そう、澄子自身、浦上を追って『高橋食堂』の二階から下りてきた時点では、整理がついていなかったに違いないが、一緒にバスに乗り、こうして話し合っているうちに、親しみが定着したようだった。これが、相手が警察官では、いくら人柄の良さそうな刑事だったとしても、こうはいかないだろう。
「大阪へ帰って、あたし、できるだけのことをしてみます。何があったのか知りませんが、こんな殺され方をした美津枝がかわいそうでなりません」
「複数の男性がベールの陰にいるとしたら、三角関係の可能性もありってことですか」
「でも、どうして、美津枝が殺されなければならないのですか」
「ぼく、今夜はいったん東京へ帰りますが、すぐに出直して、大阪へ行きます」
浦上はそうつづけてから、美津枝が大阪の生活を切り上げた理由を知っているかどうか、澄子に尋ねた。
「不二通商を退社して、横浜にマンションを借りる話は、久し振りに道頓堀《どうとんぼり》で食事をしたときに、聞きました」
と、澄子はこたえた。
だが例によって、肝心なこととなると、美津枝は笑いに紛《まぎ》らすだけだったという。
「でも、横浜へ移って、今度こそちゃんとした結婚をする、と、そういう感じにあたしには見えました」
と、澄子は、道頓堀で食事をした三ヵ月前を思い起こすようにした。
横浜で結婚するというのは、美津枝が、土佐山田の家族にも、含みとして伝えていることだった。すると、美津枝の結婚相手は、最近、大阪から横浜へ移ったのだろうか。
美津枝は、あるいは、結婚までの腰掛けのつもりで、就職情報誌によって、蒲田の『伊東建設』に勤めたことになろうか。
浦上がそれを言うと、
「うん、そうかもしれないけど、新しく横浜の男性と愛し合うようになったのかもしれませんわ」
と、澄子はこたえた。
美津枝との長い交際で、澄子はそれなりの情報を掌握してはいたが、要点をぼかして話す美津枝の性癖ゆえに、データは一つのつながりを持たなかった。
それでもなお、浦上と澄子が検討をつづけようとしたとき、大阪行き搭乗案内のアナウンスが流れてきた。
澄子は立ち上がって、レモンティーの代金をテーブルに置こうとした。
「ぼくはもう少し、ここにいますから」
浦上はそんな言い方で、代金を引込ませた。
「では、ご馳走《ちそう》になります」
澄子はぴょこんと頭を下げた。素直な性格のようだった。
浦上と澄子は大阪での再会を約束し、改めて名刺交換をした。
お互い、名刺に自宅住所と電話番号を書き加えた。澄子の勤務先は天王寺《てんのうじ》区の製薬会社であり、住居は浪速《なにわ》区のマンションだった。