浦上を乗せた�ANA572便�は、予定どおり、午後九時に羽田空港へ着いた。
旅慣れている浦上も、さすがに疲れていた。
横浜の谷田の自宅と、『週刊広場』編集部へは羽田から簡単な報告電話を入れて、浦上はまっすぐ、中目黒《なかめぐろ》の自宅マンションへ帰った。
空港から蒲田駅までタクシーを使ったが、中目黒駅に着いたのは、午後十時前である。
浦上は、つくづく空路の便利さを思った。四国最西端の都市宇和島を起点として、これだけ四国の中を歩き回って、午後十時にならないうちに都心に入っている。
東横線中目黒駅に近い『セントラルマンション』。
九階建ての三階にある1DK、307号室が、シングルライフを楽しむ三十二歳の住居であり、仕事場だ。
全壁面を占める本棚、そして、ベッドとスチール製の大きい仕事机で、部屋はいっぱいだった。机の上にはファックス、ワープロなどが載っている。
浦上はファックスと留守番電話をチェックしたが、何も入っていなかった。
ブルゾンを脱ぎ、ショルダーバッグを壁に掛けると、冷蔵庫を開けて、カマンベールチーズを口にしながら、何はともあれ、ウイスキーの水割りを作った。
机に脚を投げ出して水割りを飲むと、ようやく一息入れることができた。
浦上は狭い室内を、何となく見回した。
随分《ずいぶん》長いこと旅行していたような気がするけれど、実際に外泊したのは、昨日と一昨日の二晩だけだ。
長く感じられるのは、もちろん、旅先での、何とも信じ難いアクシデントのせいである。
(犯人《ほし》はどこに潜んでいるんだ)
浦上はだれかに話しかけるようにつぶやき、一杯目は軽く飲み干して、二杯目の水割りを作った。
(複数の男性関係か)
そうつづけてグラスを見詰めると、水割りの向こう側に、高知空港で別れた澄子が見えてくる。
瞳の大きい澄子は、浦上の内面に、さわやかな印象を残している。澄子は、間違っても、複数の男性と同じ比重でつきあったりはしないだろう、と、浦上は考える。
美津枝と澄子は、どこで、道を違《たが》えてしまったのか。
高校時代は仲が良かったクラスメート。同じ土佐山田で育ち、同じように都会にあこがれて、大阪へ出た二人。
いつともなく別々な道を歩み始めた一方に、黒い、大きな穴が開いていたということになるのか。
澄子はさっき、美津枝のことを、
「新しく横浜の男性と愛し合うようになったのかもしれません」
と、言った。
無論、澄子が、あてずっぽうを口にするはずはない。そう言うからには、多少とも心当たりがあるのだろう。
それが、真実、新しい相手であるなら、同じように家族に結婚を匂わせても、二年前の話と、三ヵ月前の話は、まったくの別人を対象としていたことになる。
澄子が漏らした「問題があった」相手は、どちらなのか。あるいは、両方とも妻子持ちなのか。
そして、その二人が、すなわち二年前の男と、今回の男が、美津枝を頂点に据《す》えて三角関係を構成し、そこに殺意が醸成されたということも、十二分に考えられるだろう。
「すると、二年前のAか、今回のBか。A、B、どっちの男が、ぼくにかかわってくるんだ?」
浦上は水割りのグラスを握り締めて、見えない犯人に向かってつぶやく。
昨夜の、宇和島のホテルと同じことだった。いくらアルコールを入れても、今夜も酔えそうになかった。
一日中四国を歩き回って、体は疲れているのに、頭は冴え渡っている。