考えながらダイヤルした先は、大阪だった。菊池澄子が住む、浪速区のマンションである。
澄子が勤めているのは一流製薬会社だから、当然土曜日は休みだろうと見当をつけたが、そのとおりだった。
すぐに、聞き覚えのある澄子の声が出た。はきはきした話し方ながら、どこかに甘さを感じさせる声だ。
「あら、浦上さんですか。早速にすみません」
と、澄子は言った。
そのことばの意味が一瞬分からなかったが、連絡を取ろうとしたのは、澄子のほうが先だったのである。澄子は、ついさっき、浦上の自宅マンションへ電話を入れた。浦上がいなかったので、留守番電話に用件を伝えた、と、澄子は言った。
「そうでしたか。それはどうも。ぼくはいま週刊広場の編集部にいます」
浦上は、物証入手の方法と、スケジュール確認の手段が解明されたことを伝えようと思ったが、先に電話をくれたのが澄子のほうであるなら、澄子の話から聞くのが順序、と思い直した。
「浦上さん、明日、大阪へ来ることはできませんか」
澄子はそう切り出してきた。
澄子は、週刊誌記者顔負けの行動派だった。土曜休日を利用して、三ヵ月前まで美津枝が勤めていた『不二通商』大阪支社を訪ねたのだという。
「こんなことをする気になったのも、昨日、浦上さんにお会いして、高知空港でいろいろお話をしたからですわ」
澄子はそんな言い方をした。
『不二通商』も土曜は休みだったが、守衛室に寄って、美津枝が三ヵ月前まで机を並べていた塚本《つかもと》るり子という同僚の名前を聞き出したという。
「これは恐れ入りました」
浦上が素直に脱帽すると、
「あたしが土佐山田以来の美津枝の親友であることを強く言ったので、それで、守衛さんも社員名簿を当たってくれたのだと思います」
と、澄子は笑声を返してきた。そうした点は、事件記者の正面切った質問より、同性の友人のほうが有利ということになろうか。
「で、菊池さん、あなたは、その塚本るり子さんという元同僚に会ってきたわけですか」
「お電話で話すことはできましたが、お目にかかってはいません」
澄子は連絡を付けた経緯を説明した。
塚本るり子は、今日はどうしても都合が悪いけれど、明日、日曜日の午後ならいつでも構わないという。
「なるほど、それでぼくに声をかけてくれたわけですか」
それは何があってもご一緒したい、と、浦上がことばを重ねると、浦上の同席は、るり子の希望でもある、と、澄子は言った。
「ちゃんとした記者さんなら、是非話を聞いていただきたい、と、彼女のほうが積極的なのです」
「何かつかんでいるのかな」
「犯人に心当たりがある、と、はっきりそう言ってました」
「何ですって?」
受話器を持つ浦上の手に力が込もった。るり子という元同僚は、犯人に心当たりがありながら、なぜ、それを警察に通報しないのか。
「あたし、電話でちょっと話しただけなので詳しいことは分かりません。でも、ちゃんとした記者さんなら、という言う方をしているので、改めて、そのことをご相談したいのではないでしょうか」
「クロいやつはいるけど、確証がないってことですかね」
松山南署の捜査本部からは、矢島部長刑事らが大阪へ向かっているのだ。
あの部長刑事《でかちよう》に先を越されたくない。そう考えると、余計、澄子の迅速な行動が価値を持ってくる。
「ありがとうございました」
浦上はもう一度礼を言い、明日の、大阪での再会場所を打ち合わせて、電話を切った。
細波編集長の席へ行って、その旨を報告すると、
「美人と大阪でデートか。結構じゃないか」
細波は機嫌のいい表情で、出張旅費の仮払い伝票に判を押した。