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松山着18時15分の死者6-1

时间: 2019-04-27    进入日语论坛
核心提示: 谷田実憲が指定したのは、新横浜駅構内に新しくできたコーナー、アスティだった。 新横浜駅は、谷田が住む菊名《きくな》の住
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 谷田実憲が指定したのは、新横浜駅構内に新しくできたコーナー、アスティだった。
 新横浜駅は、谷田が住む菊名《きくな》の住宅団地に近い。休日の谷田は、白いポロシャツにスニーカーというラフな服装だった。
 谷田はアスティの中の焼鳥レストラン『焼島倶楽部』で、ビールを飲みながら、大阪から引き返してくる浦上伸介の到着を待った。
 日曜日の夕方だが、広いレストランはあまり込んでいない。
 茶色いブルゾンを着た浦上が、ショルダーバッグをずり上げながら入ってきたのは、六時十五分になろうとする頃だった。
「せっかくの美人とのデートを、二、三時間で切り上げざるを得ないとは、残念だったな」
 と、谷田が冷やかすと、
「真犯人《ほんぼし》が逮捕されたら、彼女と一緒に龍河洞見物の約束です」
 浦上はにこりともせずにこたえた。
 その浦上の注文したビールがテーブルに載ったところで、
「勝負は明日ですね」
 浦上は、大阪の発見を改めて谷田に報告した。
「捜査本部の二人の刑事《でか》さんは、松山へ帰って行ったが、また出直してくることになるか」
 谷田は、浦上取材の要点をメモし、
「今夜のうちに藤沢の自宅へ電話をかけて、淡路警部の耳に入れておこう」
 と、自らに言い聞かせるようにした。
 浦上は一息にビールを飲み干して、本題に入った。
「ちょうど三年前の事件《やま》は、北海道で発生した殺人《ころし》だし、登場人物は神奈川県とは無関係なので、先輩の記憶は薄いと思いますが」
「三年前の北海道の殺人が、三年後の四国の殺人にどのように関連してくるのかね」
「ぼくのせいですね。いえ、正確には、堀井という男が、三年の時間を超えて、札幌と松山を結んだことになりますが、ルポライターと加害者《かがいしや》の家族という関係が、こんな最悪な形で表面化してくるなんて、夢にも思いませんでしたよ」
「高橋美津枝さん殺しの動機は分かった。裏付けは、松山南署の捜査本部が取るわけだが、大筋は、塚本るり子さんが指摘したとおりだろう」
「問題は、ぼくのほうです」
「取材記者に対する、加害者の家族の怨恨か。しかし、取材するたびに恨まれていたのでは、オレたち、事件記者なんか、やっていられない」
「ぼくも、まさかと思っていたので失念していたわけですが、堀井の場合は、ちょっとケースが違うんです」
「週刊広場が抜いた事件《やま》か」
「最後は、堀井隆生の実弟|弘樹《ひろき》の、アリバイのないことが決め手となったのですが、殺人犯として、弘樹を割り出す、きっかけとなったのが、このぼくでした」
 浦上は新しいビールを追加し、
「札幌、すすきののラブホテルで、クラブのホステスが絞殺された事件です」
 と、三年前の秋を反すうして、つづけた。
「夜の都会でたまに発生する、行きずりの殺人《ころし》でした。アルコールが回って意気投合した男と、ホステスがラブホテルに投宿。そこで、男が変態的行為を要求したので、ホステスが拒否したのが発端です」
「この間、東京の池袋でもあったな。ばかにするなとホテトル嬢に冷笑されて、かっとなった男が、ホテトル嬢の首にベルトを巻き付けた殺人が」
「そう、そのケースです。堀井の実弟の弘樹は、当時三十二歳だったかな。妻と、二人の子供を東京に残して、札幌に単身赴任中でした。ええ、エレベーター関係の会社の、札幌支社に勤務していたのですが」
 と、浦上がそこまで説明すると、
「思い出したよ。やはり、夜の事件レポートでまとめたやつだな」
 と、谷田は言った。
「きみのほうこそ、忘れたか。掲載誌が出たとき、きみの自慢話を酒菜《さかな》に、横浜駅西口で一杯やったじゃないか」
「そうでしたかね」
 浦上は首をひねった。
 取材絡みで、谷田とはしょっちゅう飲んでいるから、いちいち覚えていない。
 しかし、堀井弘樹が逮捕された殺人事件は、確かに、祝杯の価値を持っていた。
 札幌北署の捜査本部が、迷宮《おみや》入りを観念して人員を縮小した矢先に、浦上がそれを突きとめたのだった。
 特ダネは、多分に偶然に支えられていた。
 そのとき、浦上が札幌にいたのは、ホステス殺人《ごろし》のためではなかった。取材の目的は、小樽で発生した火災保険金詐欺だった。
 小樽の取材を完了し、札幌まで戻って、駅前のホテルにチェックインした浦上は、夜、大通公園のほうへ飲みに出た。
 何軒かハシゴして、最後に立ち寄ったのが、狸《たぬき》小路《こうじ》の郷土料理屋だった。
 タラバガニを注文し、地酒を重ねているときに、思いも寄らないチャンスが訪れた。大きい囲炉裏《いろり》の周辺が、客席となっている店だった。その変型のカウンターで、浦上と同席したのが、浦上と同じ年格好のサラリーマンである。
 男は相当に酔っていた。後で知ったところによると、この男も、堀井弘樹同様、東京からの単身赴任組の一人だった。
 酔いどれたこの男が、一向に解決を見ないホステス殺しを話題にしてきたのだ。
 何となく雑談しているうちに、浦上を東京からきたルポライターと知って、
「ぼく、いまのあんたと同じように、あの夜、あの二人と同席したのです」
 男は意外と真剣な口調になった。
 男が言うのは、ラブホテルで殺人事件が発生した当夜であり、同席したのは、すすきののラーメン横丁の一軒だった。
 そのとき、先方の男女も酔っていたし、同席した男も相当に酔っていた。
「でも、あのホステスのことははっきり覚えていますよ。ええ、水玉もようのワンピースでした。小柄で色白。ぼくの好みのタイプだったのですよ。後で、事件を報道する新聞を見ると、体型とか服装が、ぴったり同じではありませんか。ラーメン屋で会った女に、間違いないと思いましたね」
 単にそれだけの話しかけであるなら、酒席のことではあるし、浦上も特別留意しなかっただろう。
 ところが、男は決め手を持っていたのだ。絞殺されたホステスは、右人差し指に特徴があった。屈伸がスムーズにいかないのである。男は、それをきちんと目にしていたのだった。
「ラーメンを食べるときの箸を持つ指先がぎこちなかったので、覚えているのですがね」
 と、男は言った。
 男は、しかし、それを警察へ届けなかった。被害者である女性の身元は、すでにはっきりしているわけだし、犯人と思われる同席した男に関しては、まったく記憶がなかったからである。
「ほんと。連れの男が二十代だったのか、五十代だったのか、そのていどのことも覚えていないのですよ。ぼくも結構酔っていたし、好みのタイプの彼女にばかり目がいっていたもので」
 容疑者の手がかりとなるものが何もないのだから、警察へ届けても意味がない。それが、男の解釈だった。
 では、当のラーメン屋はどうか。ラーメン屋の従業員たちは、その二人の男女を、やはり記憶していないのか。
「そりゃ覚えていないでしょ。三十人ぐらい入れる店ですが、あのときは満席で、路地に立って待っている客がいたほどの混雑でしたから」
 と、男は言った。
 なるほど、これでは男が警察へ電話しても、大して参考にはならないと考えたのも当たり前か。
 浦上はそう思ったが、ま、旅先で独りぽつんと飲むよりはいいだろうと考え直して、タラバガニを食べ、地酒を酌みながらの、男との雑談をつづけた。
 取材記者としての幸運は、その、どうでもいいはずの余談の中にあった。
 男は、脈絡を欠いていながらも、実は、女と連れとが交わした二、三の会話を耳にしていたのだった。
「一度、お店へ飲みにきてちょうだい」
 と、女が話しかけていたこととか、しきりに相手の職業を尋ねていたことを、男は耳にしていた。
「で、女の相手は、何とこたえていたのですか」
「うん、いわゆる札チョン族さ、と、つぶやき、エレベーター関係の会社に勤めているようなことを言ってたと思いますよ」
 浦上が取材帳を取り出したのが、そのときだった。
 男の聞き違いでなければ、これは有力なデータといえる。
 女の話しかけから察するに、相手は女のクラブへは一度も行っていないことが分かる。すなわち、行きずりの男だ。
 そして、単身赴任中の、エレベーター関係の会社の社員。
 ここから、浦上の活動が始まった。浦上は『週刊広場』編集長に経緯を報告して帰京を延ばし、翌朝、一番で、札幌北署へ行った。
 的を絞っての捜査は、結論を出すのに時間をかけなかった。
 札幌に支社とか営業所を置く、エレベーター関係の会社は六社だった。六社とも支社とか営業所の規模はそれほど大きくなかった。
 その中から単身赴任の男子社員を抽出し、犯行当夜のアリバイを確かめる。
 リストアップされた男子社員は、六社合わせて十二名であり、このうち半数は東京本社などへ出張して北海道を離れていたので、浦上の通報から数時間と経たないうちに、重要参考人が浮かび上がってきた。
 任意同行を求められた堀井弘樹が、殺人容疑で逮捕されたのは、その日の夕刻である。
 浦上が『不二通商』東京本社を訪ね、当時の生産管理部副課長堀井隆生に会ったのが、このときだ。正確には、弘樹の身柄が送検されてから二日後に、浦上は、『不二通商』に近い八重洲の喫茶店で、弘樹にとって唯一の実兄である、隆生の話を聞いた。
 行きずり、変態的色情を出発点とする殺人なので、原稿をまとめる前に肉親に会って、一歩でも深く弘樹の人間像に接近したかった。
 その、正確を期すための取材であったが、あれがいけなかったのか。
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