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松山着18時15分の死者6-2

时间: 2019-04-27    进入日语论坛
核心提示:「いい悪いの問題じゃない」 谷田は二本のビールを追加注文して、ピース・ライトに火をつけた。「たった二人の兄弟なのに、弟は
(单词翻译:双击或拖选)
「いい悪いの問題じゃない」
 谷田は二本のビールを追加注文して、ピース・ライトに火をつけた。
「たった二人の兄弟なのに、弟は変態殺人で服役中。兄貴は不倫の後始末で、OL殺しか。この兄弟には、よほど汚れた血が流れているのだろうな」
「その上、行き掛けの駄賃じゃあるまいし、ぼくを罠に掛けるなんて」
 浦上は釈然としない面持ちで、三年前に一度だけ会った、堀井隆生を思った。確かに、外観が似ているのである。顔付きは全然違うが体型が同じだ。
 三年前のあのときは考えもしなかったけれど、遠目に見れば、堀井と浦上は、同一人と錯覚を与えるほどに背格好が似ている。意識的に同じ服装で現われれば、見間違える可能性十分だ。
 その一事から推しても、霧雨の松山港に消えたブルゾンの男は、堀井に相違ない。
 堀井本人が、直接手を下した、美津枝殺しだ。
「これだけ血が汚れた兄弟ならば、きみを恨んでくるのも、当然だろうな」
「ぼくが狸小路の郷土料理屋で、余計なことを聞き込まなければ、弟は殺人者として逮捕されることもなかったし、妻が、子供を連れて実家へ帰ってしまうという事態も生じなかった、と、それを恨んだわけですか」
「堀井というのは、女房の血縁で出世コースに乗っていた男だろ」
「自暴自棄になった挙げ句が、大阪支社出張を利用しての、美人OLとのオフィスラブですか」
「無責任というか、こんないい加減な男が、結構いるんだろうな」
「何もなければ、汚れた血が表面に出ることもなく、堀井だって、課長から部長へと、まっとうに出世コースを歩んでいたのでしょうね」
「そういうことだよ。三年前の秋、単身赴任中の実弟が、夜の札幌で、そのホステスと擦れ違わなかったら、殺人は発生しなかっただろうし、堀井の仮面が剥《は》がされることもなかった」
「世間にも、家族にも歪《ゆが》んだ実体を晒《さら》すことなく、一生を終えるってことですか」
「オレたちだって、でかい口はたたけないが」
 堀井みたいな男が、結構紳士面して通っているんだろうな、と、谷田は繰り返した。
「堀井は、きみと体型が似ていなかったとしても、美津枝さん殺しを決意したとき、容疑者としての罠を、きみに仕掛けることを考えたに違いないと思うよ」
 と、谷田はつづけた。谷田の指摘は、堀井の完全なる逆恨み、ということにほかならなかった。
 自分勝手なオフィスラブで、部下のOLを弄《もてあそ》び、別居中だった妻との縒《よ》りが戻ると、一方的に愛人関係を絶った男。
 諦め切れない美津枝が大阪を飛び出してくると、冷めたく、殺害を決意した男。
 堀井は、自分中心にしか、ものを見れない男、ということになろう。
「それにしても、ぼくを嵌《は》めるために、いろいろ考えてくれたものだし、また、堀井は実行力もあるってことですね」
「そういう人間なんだろ。だが、こうなってみると堀井は、浦上伸介の名前が浮上しないことを、不思議に思っていやしないか」
「あるいは報道されないだけのことで、ぼくが捜査本部に連行されるのは時間の問題、と、推移を見守っているのかもしれませんよ」
「どっちにしても、堀井は、守口市のマンションを背景とする情事の隠蔽には自信を持っているわけだ」
「そういうことですね。美津枝さんサイドには手掛かりなし。伊東建設の私用ロッカーとか、井田マンションの家宅捜索《が さ い れ》でも、堀井を匂わすものは何も出てこなかったのですから」
「犯行手口を見ても分かるが、堀井は相当に計算高い男だな」
「そりゃそうです。単なる遊び相手なら東京本社にもいるでしょうに、大阪支社勤務のOLに手を出したのも、計算ずくでしょう」
「計算外が、美津枝さんと机を並べていた、塚本るり子さんか」
「ああしたハイミスには、やたらに口が軽いのと、そうでないタイプの二通りがあるんですね」
「るり子さんの口が軽ければ、二人のうわさは社内に広まり、この男女関係の結末は、全然別な様相を呈していたか」
「彼女にしてみれば、二人の関係を察知していて沈黙していた結果が殺人にエスカレート。それで、ぼくに打ち明ける気持ちになったのでしょうか」
「そういうことかもしれないね」
「先輩、殺人現場には、もう一つ物証があるわけですね」
 浦上は話を進めた。
 美津枝を絞殺したレンタカーの助手席のドアからは、変体紋が採取されているのである。これは、浦上の指紋を残す分県地図とか王将駒と違って、移動不可能な指紋だ。変体紋の当人が、そこへ行かない限り、指紋を遺留してくることはできない。
「うん、その真新しい変体紋が、堀井の犯行を不動なものとして、裏付けてくれるだろう」
 谷田は大きくうなずいて、二本目のたばこに火をつけた。
 前科、前歴のない変体紋なので、指紋から犯人を割り出すことはできなかったが、堀井という男を突きとめたいま、堀井の犯行を特定するには、大いに役立ってくる。
 しかし、物証に関係なく、終わったな、と、浦上は考える。物証は、堀井を逮捕、送検し、裁判を維持するために不可欠であるが、浦上にとっては、堀井が、本来無関係な二つの点を結んだだけで、十分だった。
 明日、月曜日の逮捕なら、木曜日の校了にゆっくりと間に合う。
(さて、どう書き出してやるか)
 浦上がビールを飲み干して、一点を見詰めると、
「淡路警部の自宅へ電話してくる」
 谷田はくわえたばこのまま、立ち上がっていた。
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