矢島とともに、当初浦上伸介をマークした若手刑事が一緒に東京へきた。二人は、大阪に引きつづいての、連日出張である。
それでなくとも、ごっつい顔のベテランは、眉間にしわを寄せるようにして、到着ロビーを出た。
矢島が渋い顔をしているのは、守口市の『パレス17』505号室に出入りしていた男の存在を聞き込みながら、堀井隆生を割り出せなかったためである。
「浦上ってルポライター、やっぱりウデは確からしいな」
矢島は吐き捨てるようなつぶやきを、漏らしていた。初めて東京の土を踏んだことで、ルポライターに後《おく》れをとった悔しさが、改めて、部長刑事の胸を過《よぎ》ったようだ。
しかも、浦上は、ただのルポライターではない。最初は、殺人の容疑者として浮上してきた男ではないか。
矢島は横浜駅東口行きのバス乗り場を確認してから、神奈川県警へ電話を入れた。
淡路警部との電話は、長いものになった。
長い電話の結果、行き先は『不二通商』東京本社営業部第三営業課と決まった。
「東京駅へ出るには、モノレールが便利だそうだ」
矢島部長刑事は、神奈川県警がキャッチした新情報と、淡路警部から受けたアドバイスを若手刑事に伝え、もう一度カード電話を取った。
ダイヤルをプッシュした先は、松山南署の捜査本部だ。
「神奈川県警が、スピーディーに動いてくれました」
矢島は捜査本部長である署長に向かって、最後の追い込みである旨を報告し、
「これから堀井に会いますが、アリバイがあいまいなら、引っ張ってもいいでしょうか」
と、許可を求めた。
「任意同行か」
「とりあえずは、最寄りの署へ連れて行くことになりますね」
「分かった。警視庁捜査共助課へは、すぐに要請電話を入れておく。後の判断は、部長刑事《ちようさん》に任せる」
電話を伝わってくる署長の声も、次第次第に高ぶっていた。
「ところで部長刑事《ちようさん》、堀井が八月二十九日から松山に来ていたのであれば、千舟町のスーパーで、特価品のベルトを買ったのも、堀井本人だったことになるね」
「凶器の調達から、殺人《ころし》の実行まで、すべて、堀井が独りでやった、私もそう思いますよ」
「浦上さんを犯人に陥れるための準備工作も、もちろん共犯なしか」
「単独犯行なら、秘密漏洩の危険も少ないですからね」
「部長刑事《ちようさん》、言うまでもないが、尋問は慎重の上にも慎重に頼むよ。こういう被疑者だ、できるだけ完璧な形で、引っ張りたい」
と、署長は念を押すようにして、言った。
早急な自供に追い込むと、裁判の段階で、有能な弁護士が現われて、ひっくりかえされたりする。狡知な計画犯罪を実行した男だけに、最後の最後まで、手は抜けない。
署長はそれを気にかけたわけだが、思いは、矢島とて同じだった。
遠来の二人の刑事は、モノレールで浜松町《はままつちよう》へ出、JRに乗り換えた。
若いほうの刑事もまた、東京は初めてに等しかった。高校時代の修学旅行で、一度来たことがあるだけだった。
新橋を過ぎ、林立する近代的なビルと高速道路が見えてくると、
「やっぱ、大都会ですね」
若い刑事は、食い入るように、車窓に目を向けていた。
東京駅の構内から『不二通商』東京本社に電話を入れると、青山斎場に出向いていた社員は、全員帰社していることが分かった。
もちろん、第三営業課長の堀井隆生も、机に戻っていた。
「指紋は最後の切り札だ。きみ、うっかり口に出すんじゃないぞ」
矢島は若い刑事に注意して、『不二通商』へ向かった。
矢島は、緊張感が足元から這《は》い上がってくるのを感じていた。東京が未知な都市ということもあろうが、こうした計画犯罪の被疑者と対決するのもまた、長い刑事生活の中で初めてなのである。