「龍河洞を見物するのは、堀井に手錠をかけてからです。こんな壁にぶち当たった状態で故人のお兄さんに会うわけにはいきません」
「同じ土讃本線に乗るにしても、三日前とは状況が違うぞ」
「先輩は本気で、阿波池田始発、高知終着の普通列車が、解決のキーを隠していると考えるのですか」
行き違い列車との待ち合わせで、特急のほうに臨時停車というような機会があったとしても、大歩危駅以降では何の役にも立つまい。浦上がそれを言うと、
「我社《うち》の若手に、四国出身の記者がいるんだが、土讃本線には、スイッチバック式の駅が二つもあるんだってな。しかし特急は直行で、スイッチバックするのは普通だけだと言ってたぞ」
谷田はまったく新しい話題を口にした。谷田が思い付いたキーとはそのことなのか。とんでもないヒントが、思いもかけないところに潜んでいる例は、これまでにもあった。
行き詰まった状態であるだけに、何でも彼でも足がかりにしたいのは、浦上とて同じだ。
スイッチバックが、ストレートに突破口になるとは思えないが、
「そんな駅があるとは、知りませんでしたね」
浦上は時刻表を引き寄せ、カラーで印刷された索引地図を開いた。地図を見ただけでは、どれがスイッチバック式の駅か分からないし、スイッチバックするのが普通車だけというのでは、三日前を思い返しても無駄だった。
三日前に松山から土佐山田へ向かったときの浦上は、予讃本線も、土讃本線も、L特急を利用したのだから。
「言われてみれば、きみも少しは引っ掛かるだろう。よし、確かめてみよう。あいつ、もう帰ったかな」
谷田は、つぶやきながら腰を上げていた。
横浜支局への電話は、簡単に終えた。若手記者はまだ支局に残っていた。
テーブルに戻ってきた谷田は、徳利の横へ「坪尻《つぼじり》」「新改《しんがい》」と走り書きしたメモ用紙を置いた。
浦上はすぐに時刻表を指先でたどった。残念ながら、思い付きの域を出なかった。
坪尻は阿波池田よりも高松寄りなので、阿波池田始発の下り列車は走らないコースだし、新改のほうはずっと下って、土佐山田の一つ手前の駅なのである。当該列車の新改到着時刻は十四時五十五分。
そんな時間に、山の中の小駅で下車したところで、前途が拓《ひら》けてくるわけのものでもあるまい。
「スイッチバックは、着想としては面白いけど、今回は関係ないですね」
浦上が時刻表を閉じると、
「スイッチバックが意味を持ってくるかどうか、地元の美女に案内してもらって、もう一度吉野川の流れを見てくるんだね」
と、谷田は繰り返した。
確かに、これ以上の検討は机上では無理だった。
二人は、しばし無言で、酒を酌み交わした。