地味な背広の中年の刑事が、『中阪ビル』へ向かったのは、東京・上野で殺人事件が発生してから、二時間と経《た》たないうちだった。
仙台の夜も、曇っていた。
本署から『中阪ビル』まで、ケヤキ並木の青葉通りを、歩いて行ける近さだった。
東京と違って、北の都は夜が早い。刑事は、人影が減ってきた舗道を横切り、『中阪ビル』に入った。
午後八時を回るところだった。
七階建ての細長いビルは、ほとんどが貸しオフィスになっていた。すでに、大方の部屋の明かりが消えている。
二階の『浅野機器』も真っ暗だった。
刑事は急な階段を下り、一階の守衛室に寄った。
無駄かもしれないと思ったが、念のために尋《たず》ねてみると、
「浅野機器の村松《むらまつ》課長なら、河原《かわら》町《まち》のハイツ・エコーにお住まいですよ」
雑居ビルの守衛は、村松|俊昭《としあき》を知っていた。『ハイツ・エコー』は、『中阪ビル』と同一経営の賃貸マンションだった。
守衛は交替でマンション管理に派遣されることもあり、それで、村松の入居を承知していたのだった。
所在地は、仙台市河原町三五九。刑事は『ハイツ・エコー』23号室、と、守衛から聞き出した住所を警察手帳に控え、
「ところで、浅野機器は何を扱っている会社ですか」
質問を変えた。それは、上野西署の捜査本部が要請してきた、チェックポイントの一つだった。
「詳しいことは知りませんが、病院などへ医療設備機器を販売している会社だと聞きましたが」
と、守衛はこたえた。
『浅野機器』の本社は横浜であり、『中阪ビル』の支社に勤務しているのは、支社長以下十人前後、ということらしい。
刑事は守衛室を出ると、いったん、仙台東署へ戻った。
パトカーを出してもらった。
「東京の殺人《ころし》が、仙台に飛び火したのですか」
パトカーを運転する制服の巡査は、刑事の目的を聞いて、話しかけてきた。
『ハイツ・エコー』がある河原町まで、国道4号線を南下して、一キロ足らずだった。国道の流れはスムーズである。
パトカーは、広瀬川にかかる宮沢橋が近付いたところで、国道を左に折れた。
この辺りはこの数年、新しいマンションが次々に建って、町の様相を一変している。
敷地を広くとった、昔からのゴム工場があった。
「この近所だと思うのですが」
ハンドルを持つ巡査は、パトカーのスピードを落とした。
新しいマンションが建ち並ぶ先に、在来の東北本線と、東北新幹線が並行して、走っている。
刑事は、たばこ屋のある十字路で、パトカーをとめた。
聞き込みには時間がかかるかもしれない。
「帰りは、バスか、タクシーを拾うから」
と、刑事はパトカーを帰し、人気のないたばこ屋の店先に立った。『ハイツ・エコー』は、すぐに分かった。たばこ屋から、徒歩二分ほどの場所だった。