専従の管理人は、五十歳前後という感じだった。中肉だが、肩幅の広い男だった。
この管理人が休みをとったりしたときに、同一経営の、たとえば『中阪ビル』に詰めていた守衛が派遣されてくるらしい。
「お互いに好きな相手がいるのだから、別れて一緒になればよさそうなものだけど、簡単にはいかない事情ってものがあるんでしょうな」
「村松さんが、横浜本社から仙台支社へ転勤になったのは、今年の四月でしたね」
「半年前に、うちのマンションへ引っ越してきたときから、二人の仲は険悪でしたよ」
名ばかりの夫婦ってやつらしい。
「最近になって聞いた話では、村松さんと奥さんは、生活をやり直すために、だれも知人がいない東北への転勤を希望したということです。でも、仙台は、いまじゃ上野から二時間ですからね」
管理人は、ほとほと閉口という顔をした。刑事の質問に対して、住居人の、いわばプライバシーともいうべき内容を、気安く口にしたのも、度重なる迷惑が前提になっていた。
「愛人って言うんですかね、ご主人の彼女、奥さんの彼氏が、それぞれ仙台までデートにやってくるって話だから、ただごとじゃありません」
「トラブルというのは、そのことですか」
「しょっちゅう、けんかが絶えない夫婦でしたが、あまりすさまじいときは、同じ二階の人たちから苦情がきましてねえ」
それで管理人が飛んでいったわけだ。諍いがエスカレートしたときは、決まって、夫婦どちらかの密会に原因があったという。
「両方で好き勝手なことをしているんだから、あれじゃ、不倫なんてものじゃないですよ。都会には、あんな夫婦が結構いるんですかねえ」
「奥さんの真理さんは、派手好みだったそうですね」
「あの奥さんは、いいとこの娘さんらしいですよ。結婚前はご主人と同じ会社に勤めていて、社長秘書をしていたってことです」
「良家の出で、才媛《さいえん》の奥さんですか」
「小柄だが、きれいな人ですよ。社長の秘書をしていただけあって、確かに頭は切れるし、細かく神経も回る。でも気の強い女性でね、何かというと、ヒステリックな声を張り上げていました」
「そうした奥さんとやり合うようでは、ご主人の村松さんも気性の激しいタイプですか」
「旦那も、旦那でしょ。見た目には、物静かなハンサムだけど、奥さん以外に愛人がいるわけですからね」
「それでも離婚しない。夫婦ってのは分からんものですな」
「時間の問題で、必ず何かが起こる夫婦だと思っていましたよ。刑事さんが、こうして調べてるなんて、一体、何があったのですか」
管理人は、刑事の質問が一段落すると、急に、興味をあらわにした顔になった。