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異域の死者3-2

时间: 2019-04-27    进入日语论坛
核心提示:『浅野機器』の本社ビルを訪れた浦上と谷田は、二階の応接室に通された。 昼間でも、それほど人通りの多くない小路が、窓のすぐ
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『浅野機器』の本社ビルを訪れた浦上と谷田は、二階の応接室に通された。
 昼間でも、それほど人通りの多くない小路が、窓のすぐ下に見え、斜め前方には、大きな中華料理店があった。
 浦上と谷田は、小さい応接室で、十五分ほど待たされただろうか。
 やがて中廊下に靴音が聞こえ、
「お待たせしました」
 と、応接室に入ってきたのは、間違いなく昨夜の男だった。くわえたばこで、ベンツのハンドルを握っていた細面のハンサム。
 手塚は、いまも、薄茶色の、メタルフレームの眼鏡をかけている。優に、一メートル八十を超える長身だった。
 手塚はソファに腰を下ろすと、長い脚を組んだ。
「岸本《きしもと》くんも、とんだことになりました」
 手塚は名刺を交換すると、先回りをして言った。岸本というのは、淑子が『浅野機器』経理課に勤務していた頃の旧姓だった。
「岸本くんは化粧は派手だったけど、仕事のできる子でした。あの岸本くんが」
 と、手塚は淑子の旧姓を繰り返し口にしたが、浦上たちの視線に気付いたのか、
「あ、失礼しました。その宮本さんですがね」
 と、結婚後の名字に言い直した。
「今日のお通夜には、私も伺うつもりですが、こうしたことになるなんて、どうにも信じられません」
 昨日は報道関係の取材も相次いだし、刑事も聞き込みにやってきた。
「社長の命令もあって、私がそうした場合の窓口になっているのですがね、社内全体が、何となく落ち着かなくて困っています」
 と、手塚は一方的にしゃべった。
 新聞記者と週刊誌記者がそろって現われたことで、昨日の取材とは違う、と、警戒を強くしている感じが、ありありと見て取れた。
 前日の取材陣の中には、もちろん、谷田配下の『毎朝日報』の若手記者もいた。だが、その時点での取材は、(刑事の聞き込みとは異なり)被害者のOL時代の職場として、『浅野機器』を当たったのに過ぎない。
 谷田が複雑な男女関係をキャッチしたのは、その後、捜査一課の淡路警部に食い下がった結果なのである。
 新しい質問を用意してきた浦上と谷田は、単刀直入に切り出した。
「手塚さん、あなたは、宮本淑子さん殺害犯人を、だれだとお考えですか」
「何ですって?」
 手塚は、なぜそうした質問を受けなければならないのか、というように、むっとした顔をしたが、表情の変化は一瞬だった。
 手塚は、二人そろってやってきた記者を前にして、虚勢を張ることの無意味を悟ったのだろう。
 手塚はゆっくりとラークに火をつけ、深々と煙を吐いてからこたえた。
「記者さんたちは、岸本くん、いや、宮本淑子さんと、我社《うち》の仙台支社の村松課長との関係をご存じなのですね」
「その村松課長の奥さんと、手塚常務が、相当に親しくしていらっしゃるということも、耳にしています」
「ちょ、ちょっと待ってください。ぼくと高峰くんのことは、この際関係ないでしょう」
 手塚は村松真理についても、在社当時の旧姓で呼んだ。
 旧姓では呼んだものの、しかし、手塚は、真理との交際を否定しなかった。恐らくは昨日、刑事にじっくりと突っ込まれているためだろう。
 否定の代わりに、手塚は、哀願とも抗議ともつかない、神経質な声を出した。
「あなた方は、殺人事件の取材にきたわけでしょ」
「もちろん、そうです」
「何で、ぼくと高峰くん、いや、村松真理さんのことを調べたりするのですか。まさか、記事にするつもりではないでしょうね」
「プライバシーの侵害で訴えますか」
「訴えるも何も、関係ないことじゃありませんか」
「刺殺された淑子さんと村松課長は愛人同士だった。村松夫婦の間には、当然、諍《いさか》いがつづいている。そうした夫婦の、もう一方の愛人が、手塚さん、失礼ですがあなたということになれば、無関係なんてものじゃない。あなたはより太いロープで事件とつながっている、そう言ってもいいのではありませんか」
「愛人なんて目で見られるのは、迷惑です。私は確かに、彼女が社長秘書として、我社《うち》で働いていた当時から憧れていました。しかし私も、小なりとはいえ、百人の従業員を抱える会社の常務です。常識は、わきまえているつもりです」
「後ろ指を差されるようなことは、していないとおっしゃる?」
「そりゃ、そうです。村松課長の浮気の件で、悩みを聞いて上げたことはあります。しかし」
 手塚は吸いかけのたばこを、もみ消した。
「彼女との交際は、飽くまでもプラトニックなものです。彼女は部下の妻ですよ。亭主の浮気に悩んでいる部下の妻を不倫に誘うような、そんな真似《まね》は絶対にしていません!」
 手塚の語気は強くなった。しかしそれが、どこか空転しているのを、浦上は感じた。
(プラトニックだと? この色男が、そんなタマか)
 谷田も、そうした視線を、浦上に送ってきた。
 しばらく、沈黙が生じた。
 手塚は、沈黙が我慢できないかのように、
「最初の質問ですけど」
 と、口を切った。
「確かな証拠もなしに、言うべきことではないかもしれませんが、犯人は、淑子さんのご主人ではないでしょうか。最近も、富山と福島で、似たような事件がありましたね」
「うん、夫婦どちらかが、不倫に走ったケースですがね」
 と、谷田が、ことばを選ぶようにして言った。
「確かに、浮気したのが夫の場合、妻は夫ではなく、夫の浮気相手を襲う。そして妻が背信したときは、夫は妻の情事相手ではなくて、妻自身に憎しみの刃を向ける。そういった事例が圧倒的に多いのは事実です。富山と福島の事件は、いずれも、夫が不倫妻を刺したわけですが、今回の場合はどうでしょうか」
「どうとは、どういうことですか。犯人は長身だったというではありませんか。淑子さんのご主人を想定しても、不自然ではないと思いますが」
「真理さんが、村松さんと離婚したがっていたことは、ご承知ですね」
「あなた方は、高峰くんを疑っているのですか」
「そのことについて、刑事さんはどんな質問をされましたか」
「まさか、まさか警察が、他人のプライバシーに触れることを、新聞や週刊誌に漏らすとは思えない。あなた方は、かまを掛けているのですか」
「真理さんとあなたは、お互い結婚の意思を持っているのではありませんか」
 谷田は、委細構わずにつづけ、浦上がそれを受けて、核心に迫った。
「一昨日《おととい》の午後六時五分頃、真理さんがどこにいたか、手塚さんはご存じではないでしょうか」
 手塚の所在を質《ただ》すべきところを、真理と置き換えたのは、手塚の口を閉ざさせぬ配慮だった。
 目的へたどり着く道程は、どのような形をとっても構わない。確認すべきは、手塚の、アリバイの有無だ。
 誘導は、うまくいった。
 手塚は、それを証明するのは当然、といった面持ちで、浦上の質問にこたえた。
「犯人が男性と分かっているのに、高峰くん、いや、村松真理さんを疑うなんて、ばかげています。第一、彼女は不忍池になど出かけてはいません。一昨日の夜、彼女はぼくと食事をしていました」
「手塚さんがご一緒だったのですか」
「ディナーをとったのは、東京のレストランではありませんよ」
 と、手塚の上げたのが、横浜港だった。山下公園に面した『ホテル・サンライズ』のレストランで、手塚と真理は、午後七時前から、フランス料理を食べていたというのである。
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