午前の港は船の出入りも少ないし、海岸公園を歩く人影も多くはなかった。
浦上と谷田は、『浅野機器』本社ビルを出ると、徒歩で『ホテル・サンライズ』へ向かった。
「プラトニックラブの相手と、ホテルでディナーか」
谷田は、いちょう並木がつづく舗道を歩きながら、浦上を振り返った。昨日、上野西署の捜査本部が港北区篠原町の高峰家へ問い合わせの電話を入れたとき、真理は前夜外出から帰るのが遅かったのでまだ眠っている、と、母親はこたえている。
谷田は、その情報を思い返したのだろう、
「真理の帰宅が遅かったのは、当然、色男と一緒だったからだろ。ホテルでフランス料理を食ってから、真理と手塚は、遅くまで何をしていたというんだ」
と、いまいましそうにつづけた。
ま、他人の情事はともかくとして、真理と手塚が、一昨日の午後七時前から『ホテル・サンライズ』のレストランにいたのが事実であれば、二人の氏名は、とりあえずリストから消されることになる。
東京の上野公園から、横浜の山下公園まで、一時間を欠く持ち時間でやってくることは、絶対に不可能だ。
浦上と谷田は、柔らかい秋の日差しを背中に浴びて、『ホテル・サンライズ』に入って行った。
レストランは一階だった。
当然というべきか、すでに昨日、ここにも刑事が現われている。淡路警部は漏らしてくれなかったけれど、捜査は、適確に進行しているようだ。
浦上と谷田は、フロントのロビーで、レストランのチーフに時間を割いてもらった。
刑事の聞き込みが完了しているだけに、取材も容易だった。いちいち思い出してもらうまでもなく、要点は、ボーイたちによって整理されていたからである。
「はい、高峰様のお嬢様は、結婚前からよく存じております」
チーフは、ボーイたちの証言を総括、代弁する形でこたえた。チーフはやせ型で、きちんと、ちょうネクタイを結んでいる。
真理の実家の両親は、月に一度は、この一流ホテルのレストランを利用しているらしい。一昨日も、「高峰」の名前で、真理から二人分の予約が入ったのだという。
「予約は六時半ということでございましたが、実際にお見えになったのは、四十五分頃だったと思います」
と、チーフはつづけた。手塚の言う通りだった。
レストラン側は、しかし、真理が同伴した男性客には面識がなかった。
「背の高いお客様でしたが、ボーイたちも、お顔までははっきり覚えていません」
チーフは、浦上の質問に対して、そうこたえた。
「すると、その客を、いまここへ連れてきても、一昨夜の男性であったかどうか、断定できないというのですか」
「つい二日前のことといっても、午後七時前後と申しますと、レストランは満席です。一日の中で、もっとも混雑する時間帯です。とても、初めてのお客様のお顔までは、記憶しておりません」
「『浅野機器』の関係者が、こちらを利用されることはありませんか」
「昨日、刑事さんからも訊かれましたが、手前どもの顧客《おきやく》様名簿に、『浅野機器』という会社はございません」
結局、真理の同伴者が手塚であることの証明は得られなかった。
真理たちが食事を終えて席を立ったのは、午後八時半頃だったという。