駅の周辺はにぎやかな商店街だし、商店街を過ぎると、しばらく新興の住宅地がつづいたが、バスが十五分も走ると、風景は畑地が目立つようになった。
淑子の実家、岸本家も農業である。淑子の両親は健在だが、家は長兄夫婦の代になっている。
「淡路警部の話では、淑子の長兄夫婦は造園業にも手を広げていて、実家はまあまあの生活らしい」
と、谷田はバスの前方に目を向けたまま言った。
畑地のはるか彼方には、丹沢《たんざわ》山塊があった。空がよく晴れているので、大山とか富士山がくっきりと見える。
横浜の中心地から一時間とはかからない距離なのに、港の周辺とは全く異質な風景が広がっている。
岸本家は、野菜畑を挟んで、県道の向こう側にあった。
バスを降りて、農道を横切っていくと、前庭を広くとった農家が何軒か並んでいる。人の出入りが多く、葬儀の準備に追われているのは、一番西側の農家だった。
岸本家の前庭にはテントが張られており、葬儀社が、受付場所を設営中だった。白いかっぽう着姿の、近所の主婦が何人か、食器類とか、座布団運びなどを手伝っている。
そうした主婦の一人に案内を乞うと、彼女は玄関につづく土間へ行き、土間の奥から宮本を連れてきた。
「新聞に週刊誌ですか」
宮本は、谷田と浦上の名刺を受け取ると、
「取材なら、犯人のところへ行ってください」
憮然《ぶぜん》とした表情でつぶやいた。
確かに、手塚に劣らない長身だった。そして、手塚と同じようにメタルフレームの眼鏡をかけているが、宮本は、手塚とは対照的な憔悴《しようすい》を全身ににじませていた。
ぽつぽつと弔問客も姿を見せているのに、宮本はノーネクタイのワイシャツ姿だったし、うっすらと、不精ひげなども伸びたままなのである。
「お焼香させてください」
庭先での立ち話というわけにもいかないので、谷田がそう切り出すと、宮本は何も言わずに、来訪者を縁側へ案内した。
縁側の奥は、十畳ほどもある日本間だった。庭に面して祭壇ができている。
焼香を終えると、浦上と谷田は玄関につづく土間の方へ通された。土間を挟んでいくつかの部屋があり、玄関寄りの場所に電話台があった。
浦上と谷田を案内し、上がりかまちに座布団を出してくれたのは、故人の兄嫁だった。
事情を知らない兄嫁は、浦上と谷田のことを『日東カー用品』関係の人間と勘違いしたらしい。宮本は何も説明しなかった。
勘違いしたまま、それらしきあいさつをした兄嫁が、浦上と谷田の前にお茶を置いて引き下がると、
「何を取材するのですか」
宮本はいかにも迷惑そうな顔をし、
「こんなところへまでやってくるようでは、おおよそのことは、ご承知なのでしょ」
と、事件の背景に、自ら触れた。
「嫁に行った娘が、嫁ぎ先ではなくて、実家で葬式を出す。このことからして、まともじゃありませんよね」
「宮本さん、あなたには、奥さんの葬式を出す気がなかった、ということですか」
「病死ならまだしも、情事の果てに殺されたのですよ。遺体を引き取れと言われても、すぐには心の整理がつくわけないでしょう」
「宮本さんは、奥さんを殺した犯人をだれだと思いますか」
浦上は、手塚に対したのと同じ質問を浴びせて、反応を窺った。
宮本は、手塚と違って、ためらいなど見せなかった。
「だれって、犯人は村松の女房に決まっているでしょう。あの真理って女房の命令で、愛人の手塚が動いたのに違いありません」
宮本のことばには、強い感情がこもっていた。さっき、手塚が宮本を名指した場合とは異なり、宮本は、真理と手塚が犯人であることを、本能的に確信しているような口振りだった。
「村松の女房は、いつまで野放しになっているのですか。こんなところへくるより、あの二人を取材したらどうですか」
宮本は、真理のヒステリックな気性と執拗さを繰り返し口にし、
「何でも自分の思い通りにする女です。一度狙いをつけた標的は、何が起ころうと絶対に見逃さない、そういう性格ですね」
と、つぶやいた。
宮本は真理のしつこさの一例として、今回、宮本の出張先へ、二度も電話をかけてきた事実を上げた。
昨日に予定されていた談合の、念押しの電話だった。
「ぼくは、ともかく同席すると前もってこたえて置いたのに、間違いなく四日には横浜へ帰ってくるのでしょうね、と、出張先へまで言ってきたのですよ」
『日東カー用品』横浜支店へ問い合わせて、鳥取の実家へかけてきた電話だという。
「宮本さん、鳥取へは二十九日に出発して、三日に帰ってきたのでしたね。その短い間に、二度も電話が入ったのですか」
「ぼくは、欠席するかもしれないというような、あいまいな返事は、一度だってしていません。それなのに、このしつこさです」
特に、宮本が問題とするのは、二本目の電話だった。
実家へかけてきたのさえ、やり切れないのに、三日の午後の念押しは、宮本の出先へ追いかけてきたものだった。
「二日の日曜日、ぼくは旧友の家に一泊したのですが」
「ほう、その友人宅へかけてきたのですか」
「それだけでも、常識外れなのに、村松の女房が電話を寄越したとき、ぼくはすでに友人の家を出て、横浜へ帰るために駅へ向かっていました」
その乗車駅へ、真理は呼び出し電話をかけてきたというのである。
「異常だと思いませんか。あの女房、自分のことしか頭にないのですよ。亭主と別れて、手塚と再婚することしか、考えていないのです。自分の目的達成のためには、手段を選ばない女です」
「駅まで追ってきた電話も、内容は同じようなものでしたか」
「そうですよ。間違いなく明日の午後六時、横浜駅西口東急ホテルのロビーにきてくれ、というものでした。さすがにぼくもむっとしましてね。分かった、と一言こたえて、電話を切りました」
「しかし、彼女の執拗な電話を考えると、あなたの推理は矛盾してきませんか」
と、谷田が口を挟んだ。
「彼女は四日の話し合いに対する期待が大きかった。期待するものがあるからこそ、しつこく念を押してきたのではないでしょうか。その彼女が、四日の談合を目前にした三日の夜、なぜ、話相手を殺さなければならないのですか」
浦上も同じことを考えた。
「村松の女房は、自分勝手な女です」
と、宮本はこたえた。
「これは、昨日、上野西署の捜査本部でも話したことですが、四日の話し合いを前にして、淑子と村松の女房との間に、新しい対立が生じたのかもしれません。対立が何であるのか、ぼくには分かりませんが、それが村松の女房にとって不利な問題であったとしたら」
「殺しもやりかねないというのですか」
「淑子と村松の女房との間に、一昨日、何が生じたのか、それは時間の問題で警察が解明してくれるでしょう。真相が解明されるとき、あの二人は手錠をかけられるでしょう」
「これは余分なことですが、これから、あなたはどうなさるおつもりですか」
「どうって、淑子のことですか。記者さんにこたえることではありませんが、淑子の籍は抜くことになるでしょうね。淑子はここの、実家の墓へ入ることになります」
宮本の横顔を、新しい焦燥が過《よぎ》った。
浦上は、妻の背信に対する怒りを、宮本が必死に押さえているのを見て取った。
その宮本を前にして、質問を重ねるのは辛いが、不倫妻に対する怒りは、すなわち、宮本にも殺人の動機があることの、強い証明となるのである。
「一昨日の足取りですが」
と、浦上は口調を改めて、要点に移った。
「駅頭で村松夫人の電話を受け、それから、真っ直ぐ横浜へ帰ったのですか」
「昨日、刑事さんにも尋ねられました。ぼくも、その、アリバイってものをはっきりさせなければいけないのでしょうね」
宮本は、妙なこだわりなど見せず、素直にこたえてくれた。取っ付きは悪かったけれど、元々がそういう人柄なのだろう。
「刑事さんに質問されたので、改めて時刻表を当たりました」
と、宮本は前置きして言った。
「日曜の夜、ぼくが一泊した旧友宅は、京都府下の園部《そのべ》町でしてね。乗り降りしたのは、山陰本線の船岡《ふなおか》という駅です。ええ、一昨日の午後、村松の女房が電話をかけてきて、ぼくを呼び出したのも、この船岡駅です」
「すると、京都経由で帰ってきたわけですか」
「そうです、京都から新幹線に乗りました」
改めて時刻表を当たったという宮本は、利用列車の正確な時間を言った。
船岡発 十四時三十二分 山陰本線普通(上り)
京都着 十五時四十九分
(乗り換え=十三分)
京都発 十六時二分 東海道新幹線�ひかり350号�
新横浜着 十八時二十八分
犯行時間(十八時五分頃)は、�ひかり350号�の車中だ。
この通りなら、宮本のアリバイは文句なしに成立する。宮本は何があろうと、犯行に参加することはできない。
「新横浜からは、そのまま鶴見のアパートへ戻ったのですか」
「はい。横浜線、京浜東北線と乗り継いで帰りました」
「それを、証明してくれる人がいますか」
「証明?」
「宮本さん、あなたを疑うわけではありませんが、犯人を絞り込むためには、シロならシロと明確にさせなければなりません」
「途中、知人にはだれも会いませんでした。しかし、船岡駅で乗車した時間と、松見アパートへ帰った時間は、はっきりしています。それが証明になりませんか」
宮本は当初とは違って、次第に協力的な姿勢を打ち出してきた。浦上と谷田の質問に、通り一遍ではない、誠実さが感じられたせいかもしれない。
「ぼくはアパートへ帰るとすぐに、鳥取みやげを、大家さんに届けました」
と、宮本はつづけた。家主は同じ『松見アパート』の一階に住んでおり、宮本が手渡したのは、パックのかご詰め梨だった。
「おみやげを持って行った時間を、証明できるのですね」
「ええ、大家さん夫婦は、テレビを見ながら夕食をしていました」
テレビは午後七時からのニュースを放映していたというのである。
「ニュースを見て、天皇陛下のご容体が話題に出ました。NHKがニュースを放映していたのだから、午後七時は過ぎていましたが、七時半にはなっていませんでした。間違いありません」
宮本は、相変わらずつぶやくような調子ではあったけれど、説明によどみはなかった。