営業部第一課長村松俊昭は、退社したあとだった。出張帰りなので、定時に支社を出たという。
「しかし、村松課長の行き先は分かっています」
と、電話を受けた男子社員は村松の居所を教えてくれた。立町の居酒屋だった。村松は、真理が言っていたように、酒でも飲まなければ、マンションへ帰る気がしないのだろう。
浦上が居酒屋へかけ直すと、少し待たされて、はっきりした声に代わった。
「もしもし、『週刊広場』ですって?」
村松は、まだ、それほどにはアルコールが回っていないようである。
浦上がいま仙台にきていることを伝え、『ハイツ・エコー』で真理に会ってきたことを告げると、
「家内はマンションに帰っていましたか」
村松は一瞬沈黙した。
取材を断わられるのかと思ったら、そうではなかった。
「週刊広場なら一流誌だ」
村松はつぶやくようにそう言ってから、
「一流週刊誌の記者さんなら、お会いして、話を聞いておいてもらった方がいいかもしれません」
と、態度を決めた。
浦上は取材帳を取り出して、ボールペンを握った。
「そこへ行くには、タクシーに乗って、どこを目標にすればいいですか」
「そうですね、この店でもいいけど、支社の同僚が何人か一緒なのですよ」
村松はちょっと言い渋り、
「ぼく、ここを出ます」
別の店を指定した。
「そっちなら大きい料理屋だし、分かり易いですよ。一時間以内に伺います」
仙台駅に近い中央の、かき料理の店だった。
浦上は国道4号線まで出て、広瀬川のほとりからタクシーを拾った。
町は完全に暗くなっており、国道は車の動きが激しくなっている。
仙台駅へ戻ったのは、午後六時過ぎである。
今夜は、仙台へ泊まることに決めた。東京へ帰ろうと思えば、帰れないことはない。東北新幹線上りの最終�やまびこ58号�は、仙台発二十一時二十一分だ。
しかし、無理をすることはない。ここがシングルライフのいいところだ。突然の予定変更で外泊が重なっても、だれに気兼ねする必要もない。
「かき料理で、宮城の地酒でも、じっくりと味わうか」
浦上はショルダーバッグをずり上げて、駅ビルに足を向けた。
駅はラッシュアワーだった。東北本線のほかに、仙山線、仙石線などが入っている仙台駅は、東京や横浜に匹敵するほどの混雑を見せている。
案内所は二階だった。案内所も、込んでいた。浦上は十分ほど待たされたが、駅に近いビジネスホテルを予約することができた。
浦上は歩道橋に出た。広い歩道橋も、駅のコンコースと同じように、一杯の人波だった。
灯が入った仙台の中心部は、さっきとは別の貌《かお》を見せている。しかし、灯はついたが、東京や横浜とは違って、町全体が、どこか暗かった。
浦上は歩道橋の片隅に寄り、ケヤキ並木を見下ろして、キャスターを吹かした。一本のたばこが、いつになくうまく感じられたのは、真理との立ち話で、柄にもなく体が堅くなっていたためだろう。緊張から解放されてのたばこがうまい。
真理は本当に、夫の村松が淑子殺しの犯人であると思い込んでいるのか。いや、思い込みを口にしたにしては、激し過ぎる。
(あれは、やはり、手塚と組んだ自分たちの犯行をカムフラージュするためのアピールかもしれない)
浦上は駅前の雑踏を見下ろしつづけた。
一昨日、真理が、関内のセンタービル前で手塚と待ち合わせたと主張しているのも、現在と同じ時間帯である。
横浜の中心、関内駅周辺は、仙台よりも、もっと混雑していただろう。人の出入りの激しさは、しかし、目撃者が多いことを意味しない。混雑は、逆に、そこへ現われた人間を、かき消す役目を担ってしまう場合がある。
真理が、ベンツを運転するだれかと待ち合わせたのは事実だ。真理は背の高い男性と、『ホテル・サンライズ』のレストランで、フランス料理を食べているのだから。
だが、レストランの取材では、長身男性が、手塚であったことの確証が得られなかったわけである。
では、ホテル以外の場所ではどうなのか。
関内駅周辺とか、中華街の東門付近で、真理と連れ立っていた長身の男を、しかと目撃した人間はいないのか。
犯行時間、手塚が横浜にいたことの、確かな証明は得られない。しかし、いなかったことの裏付けも取れない現状では、案外、夫の村松を犯人視するカムフラージュが、捜査の目を惑わす結果になるかもしれない。
カムフラージュを引き剥がせるかどうかは、村松俊昭のアリバイにかかってくる。
浦上は、たばこを吸い終えると、青葉通りに下りた。