村松は思い詰めたように、じっとある一点に目を向け、しばらくして顔を上げると、改めて浦上を見た。
村松の説明は、昨日、不忍池の殺人現場で、上野西署の清水部長刑事にこたえたものと、全く同じ内容だった。
「なるほど。奥さんの主張は、すべてうそですか」
浦上は細かくメモを取った。
「あなたは、奥さんの真理さんと、奥さんの愛人である手塚常務によって、殺人犯に仕立てられようとしている、と、おっしゃるのですね」
「真理は、今度の事件を刑事さんから伝えられると、その場で、犯人はこのぼくであると名指したそうです」
「奥さんの目的は離婚ですか」
「亭主が愛人を殺したとなれば、これはもう立派に離婚が成立するでしょう」
「ところで、あなたは、奥さんがご主人を殺人者呼ばわりする、このような状況になっても、なお、奥さんと別れる気持ちはないのですか」
「こうなったら意地です。聞いてください記者さん。そりゃ、ぼくも悪かったかもしれない。しかし、夫婦以外の異性関係を持続させてきたのは、真理も同じではありませんか。なぜ、ぼくだけが糾弾されなければならないのですか。こうなったら、愛情でも未練でもありません。意地です。意地でも、ぼくは真理を自由にはさせません」
「あなたの推察通りなら、殺人犯は奥さんと手塚常務ということになる。すると、奥さんは、いずれ刑務所へ入ることになります。それでも、あなたは、離婚届に捺印しないとおっしゃるのですか」
「当然です。いかなる事態が生じようとも、離婚には応じない。それが、ぼくをこんな目に遇《あ》わせてくれた真理への仕返しです」
村松は、怒りをあらわにしてつづけたが、�仕返し�の奥底には、真理の実家である高峰家の、財産に吸い寄せられた視線があるのかもしれない。
浦上は当然それを考えた。だが、いま、何よりも確認しなければならないのは、村松が真犯人《ほんぼし》であるか、否かということだ。すなわち、一昨日午後六時前後、村松がどこにいたか、という問題だ。
浦上がそれを質問しようとしたとき、二本の大徳利と、かき料理が運ばれてきて、会話は中断された。
五十近いテーブルが並ぶかき料理屋は、ほとんど満席だった。客は、大半がサラリーマンのようである。OLと覚しき、若い女性も交じっている。
広い座敷は衝立障子でいくつかに区切られており、浦上が、長身の村松とテーブルを囲んだのは、一番奥のコーナーだった。
浦上の方が壁を背にしているので、村松は壁と向かい合う形になっている。
最初に出されたのは、殻に入った生《なま》がきのカクテルソースであり、つづいて、卓上ガスコンロにかきの土手鍋が載った。
「ま、どうぞ」
浦上が徳利を差し出すと、
「そうですか」
村松は逆らわず、猪口《ちよこ》を手に取った。
将棋愛好者同士は、相互の職業も年齢も知らない初手合いでも、どこか通じるものがあるけれど、酒飲みの場合にも、一種共通したことがいえるかもしれない。
辛口の地酒は、ぬるめの燗《かん》だった。
「お酒がお好きだそうですね」
「記者さんも、強そうじゃないですか」
そうしたやりとりがあって、話は本題へ戻った。
「記者さんに聞いて欲しいのは、ぼくのアリバイのことです」
村松は、自分の方からそれを切り出してきた。
「もちろん刑事さんにも訴えましたが、ぼくはアリバイを消されてしまったのです」
「アリバイを消された?」
「ぼくを嵌《は》めた人間が、犯人に決まっています。犯人は真理に間違いありません」
村松はそうした言い方で、昨日、清水部長刑事に告げた�不審�を繰り返した。
「分かりました。あなたが岡野ホテルへチェックインする前に、淑子さんの名前を騙《かた》ってメッセージを電話してきた女性が犯人であり、それが奥さんの真理さんだというのですね」
「ほかに考えられますか。事情を詳しく知っている人間でなければ、あのような伝言はできません」
村松と淑子のことを詳しく承知していなければ「午後五時三十分」という時間の指定も、「横浜駅西口高島屋一階噴水付近」という待ち合わせ場所も、思い浮かばないだろうというのである。
五時半なら、『浅野機器』横浜本社退社後、無理なく行ける時間だし、高島屋は、村松と淑子が時折り利用してきた待ち合わせ場所だった。
「そうしたことを勘案し、なおかつ、ぼくを無条件に呼び出せる相手といえば、淑子、いえ淑子さんしかいないわけです」
村松が、偽メッセージは真理と手塚が仕掛けた罠ではないか、と、考える要因はほかにもあった。
「これは今朝、横浜から仙台へ引き返してくる車中で、ふっと気付いたのですが」
と、村松は前置きして、今回の横浜本社出張について言った。
「出張は、会社の仕事よりも、ぼくら夫婦と淑子さん夫婦との談合、いわばプライベートな面を優先させたものでした。いずれにしても、出張の用事はあったのですが、日程も決めたのは、本社の意向ではなく、ぼくの方でした」
もちろん、二組の夫婦の話し合いに積極的なのは真理であり、日程を実質的に決定したのも真理だった。
すなわち、真理の意思で、十月二日の日曜日に仙台を出発して、五日の水曜日に帰ってくる予定が立てられたのだった。
村松が改めて問題とするのは、その出張のことだった。
これまで、支社サイドが立てた出張計画を、本社がすんなり受け入れる例は少なかったというのである。
今回、支障もなく予定が通ったのは、なぜか。
「そりゃ、こっちの計画に、本社がいちいちクレームをつけてくるわけではありません。でも、こうなってみると、今度の場合は、陰で、共犯者である常務の力が動いていたような気がしてなりません」
と、村松はつづけ、
「さらに、いまにして問題となるのは、事件当日のことです」
上半身を乗り出してきた。
出張初日は、細かい打ち合わせなどが重なり、どうしても残業になることが多いのだが、一昨日は違った。藤沢工場に急用が出来《しゆつたい》したという理由で、突然、残業は中止されたのである。
「記者さん、これも手塚常務が動いた結果だとしたら、どうなりますか」
「手塚さんには、それだけの権限があるわけですか」
「そりゃ、そうです。常務は営業担当の最高責任者です」
「村松さんを、問題の時間に高島屋へ行かせるために、残業を中止した、と、そう考えるのですね」
「本社の営業部会議が遅くまで開かれていて、ぼくが出席していたら、それこそ明確なアリバイが成立してしまいます」
村松は手酌で、酒を飲んだ。
「ぼくだけじゃない。常務にとっても、営業会議は中止しなければならなかったでしょう」
「手塚さんが犯人であるなら、そういうことになりますね」
「そうです。淑子さんの心臓に刃を突き立てた実行犯が、横浜にいるわけにはいきません」
「村松さんの推理が事実なら、手塚さんは、少なくとも夕方から、本社にはいなかったことになりますね。この点はどうでしょう」
浦上は『ホテル・サンライズ』のレストランで、フランス料理を食べる一組の男女を思い浮かべた。
村松は、手塚の所在に関しては、
「常務とは部屋が離れているので」
よく分からないとこたえ、
「大体が常務は、社内にいるかいないのか、はっきりしない男でしてね。仕事か遊びか知らないけど、しょっちゅう、くわえたばこでベンツを乗り回しています」
と、憎悪と嫉妬が入り交じったような、複雑な表情を見せた。
かきの土手鍋が煮え始めたこともあって、また、話が途切れた。
広い店内は、大分騒がしくなっている。
「村松さん、あなたも、手塚常務も、殺された淑子さんのご主人である宮本さんも、皆さん背が高い。三人とも一メートル八十を超えているのではないですか。そこで、お尋ねするのですが」
と、浦上が質問の角度を変えたのは、鍋を突っつき、地酒を追加したときだった。
質問の核心は、替え玉のことだった。真理とテーブルを挟んでフランス料理を食べた男が、手塚の代役であるなら、似たような体型の男が、どこかにいなければならない。
浦上は、替え玉の仮説は伏せて、『浅野機器』社内に、あるいは真理の周辺に、三人に共通する背の高い男性がいるかどうかを確かめた。
これは、しかし、あっさりと否定された。
「我社《うち》は社員百人の小さい会社です。支社勤務も含めて、全社員を承知していますが、一メートル八十を超えているのは、ぼくと常務だけです。その二人が、真理を中にしてこんなことになるなんて、長身であることがいけないのですかね。なまじ背が高いばっかりに、ぼくは、いつまでも疑いの目で見られそうです」
そして、真理の私的な交友範囲に、長身がいるかどうか、ということだが、
「真理がいま夢中になっているのは、常務一人です」
と、村松はこたえ、真理の学生時代の仲間とか、高峰家の周囲にも、長身の男はいないと思う、と、顔を振った。
すると、浦上と谷田の話し合った代役説が事実なら、それは手塚の方の交友関係の中に潜んでいることになろうか。
(もしもそうであるなら、ベンツを乗り回す手塚に、尾行でもつけるしかあるまい)
浦上も手酌で飲んだ。地酒の口当たりはいいし、松島産のかきもうまい。しかし、折角の味を、素直には味わうことのできない浦上と村松の対人関係であり、酒席の話題であった。
事前に『岡野ホテル』へ届いていたメッセージによって呼び出された村松は、昨日、清水部長刑事に向かって、
『午後五時の終業時間を待って、すぐに会社を出ました。関内駅から地下鉄を利用して、約束の時間よりやや遅れて、噴水前の広場に到着しました』
と、語り、現われるはずもない淑子を、
『ぼくは六時半まで待ちました』
と、述べている。
午後五時半過ぎから六時半といえば、デパートも混雑する時間だ。
噴水前の、たばこ売場の陰に一時間余りたたずんでいたとはいえ、人妻との人目を忍ぶ密会なのである。
村松は人込みの中に自分を隠していた。隠そうと努めていた。
「記者さん、ぼくは、正に凶行に該当するその時間帯を、自分自身の手で空白にしてしまったのです。いえ、真理の陰謀に乗せられて、一時間、言ってみればブラックホールの中に閉じ込められていたわけです」
村松は、どうしようもないという顔をした。
「こればかりは、ぼくが百万言費したところで、当事者のことばだけでは、通してもらえないのでしょ? 確かに、デパートには大勢の人間がいました。でも、だれ一人として、ぼくがそこにいたことを証明してはくれないでしょう」
村松が、さっき、
『一流週刊誌の記者さんなら、お会いして、話を聞いておいてもらった方がいいかもしれません』
と、浦上の電話にこたえたのは、自分が置かれた状況を訴え、相談したいためだった。
「記者さん、真理のことも、淑子さんとの関係も、すべて包み隠さずに言います。何とか、力を貸していただけませんか」
村松は、本来の目的を口にし、新しい表情を見せた。無実を訴えるその表情を、もちろん、そのまま受け入れるわけにはいかない。自らアリバイを消されたと主張することが、(真理とは違う形での)カムフラージュであるかもしれないからだ。
「唯一の手がかりは、メッセージを届けてきた電話の女性ですね。彼女が淑子さんでないことだけは間違いないでしょう」
「当たり前です。このぼくを高島屋へ呼び出しておいて、何で、彼女だけ上野公園へ行ったりしますか」
村松の面持ちは、確かに、見たところは真剣だ。
しかし、村松が根拠とするところの、「村松と淑子のことを詳しく承知して」いる人間は、真理のほかにもいるではないか。そう、当の村松自身だ。
最初から存在するはずもない「アリバイを消す」ために、ありもしないアリバイの存在に説得性を持たせるために、電話は、村松自身が、どこかの女性を使って仕組んだ事前工作だった、ということはないのか。浦上が、一瞬、上野西署の清水部長刑事と同じ不審に見舞われたのは、当然である。
捜査本部が把握する村松の動機も、決して小さいものではない。その動機が除去されない限り、村松は、真理(手塚)や、淑子の夫である宮本同様に、淑子殺しの、立派な有資格者だ。
「村松さんは、電話をかけてきた女性のことを、岡野ホテルに尋ねましたか」
「もちろんですよ。ぼくだけではなく、刑事さんも当たったようです。しかし、メッセージを中継したフロントが記憶しているのは、女性であるということだけでした」
ことばに地方|訛《なまり》のような特徴はなかったし、年齢の見当もつかない、と、フロントのマネージャーはこたえたという。
それはそうかもしれない。外線電話など、ホテル側は事務的に処理するだけだ。よほどのことでもなければ、覚えていないのが当然だろう。
結局、�電話をかけてきた女�は、含みとして残されることになる。『ホテル・サンライズ』で、真理とディナーを食べた�長身の男の実体�と同じようにである。
長身の男がもう一人いるかもしれないように、電話の女も、村松の周辺に潜んでいるのかもしれない。
が、それはともかくとして、村松のアリバイが成立しないことは分かった。現場不在を証明できないということは、すなわち犯行参加を意味するのか。
「村松さん、これは、あなたのアリバイを確認するために伺うのですが」
浦上はそうした言い方で、テーブルの上に取材帳を開いた。
「会社を出たのは、正確には何時でしたか」
「終業のベルを待っていて、飛び出したのです。ですから、五時ジャストです」
「それは、もちろん証明する人がいるでしょうね」
「当然です。同僚たちへお先に、と、声をかけ、ずいぶん急ぐんだな、と、ことばを返されました」
村松は、『浅野機器』を出ると、地下鉄関内駅へ下りて行ったというのだが、問題は、それから先の行動だ。
会社を一歩出た、そのときから、目撃者は一人もいなくなるのである。
『岡野ホテル』へ戻ったのは、午後十時頃だったという。村松は、(真理が言っていたように)横浜駅西口周辺で酒を飲んで、ビジネスホテルに帰った。
淑子は現われないし、亭主の宮本がいる『松見アパート』へ電話をかけるわけにもいかない。
村松は、念のために『岡野ホテル』の方へ電話を入れてみた。淑子に急な用事ができたのなら、伝言が来ているかもしれないと考えたからだ。
しかし今度は、何のメッセージも届いていなかった。
そこで、酒好きの村松が、夕食を兼ねて酒場ののれんを分けたのは当然だろう。だが、立ち寄った居酒屋とビヤレストランは、いずれも初めての店だったという。これまた、そこにいたことが証明されるのは難しいだろう、と、村松はつぶやき、
「それもブラックホールの延長といえばいいのか。ぼくはついていません」
肩を落とした。
「酒を飲んだのは、どちらも大きい店でしたか」
「ええ、ここのかき料理屋よりもずっと広いし、二軒とも満席でした」
「そのときのレシートは、取ってありますか」
「こんなことになるなら、大事にしておくべきでした。でも、飲み屋の代金など、出張経費から落ちるわけではありません」
村松は、最初からレシートを受け取らなかったという。
村松は午後五時に、関内の『浅野機器』を出た。そして午後十時頃、横浜駅西口の『岡野ホテル』に入った。
存在を証明することのできない空白は、五時間。その五時間の中に、問題の�午後六時五分�が、厳として屹立《きつりつ》している。
「村松さん、その五時間の中から、証人を捜し出すことですね」
「できるでしょうか」
「まだ、二日しか経っていないわけですよ。ご自分がご自分を隠そうと努めていた高島屋の方は無理でも、居酒屋とビヤレストランでどうにかなりませんか」
浦上はそう話しかけながらも、焦点は、やはり高島屋だと考えていた。居酒屋とビヤレストランは、不忍池の犯行後立ち寄ることも、可能だったからである。
上野—横浜間の所要時間が、京浜東北線で正味四十三分であることを、浦上は承知している。昨日、浦上は、上野—関内間を実際に乗車したばかりだ。
犯行後、大雑把《おおざつぱ》に見ても、午後七時半なら、横浜駅周辺の店に現われることができる。と、いうのは、七時半過ぎの存在証明は意味を持たないことになる。
そこで絞り込むべき問題は、村松が主張する�アリバイを消された時間�を、犯行に活用できるかどうか、ということだ。
村松の目の前で、時刻表を広げるわけにはいかない。しかし、いちいちダイヤを確認しなくとも、関内—上野間が正味四十八分であることを浦上は知っている。
(四十八分)
浦上は土手鍋を突っつきながら、自分自身へ刻みつけるように、つぶやいていた。声には出さない自分の中のつぶやきは、
(そうか、この男も、殺人現場に立つ余地を残しているぞ)
という具合に変わっていた。
浦上は、『浅野機器』本社から関内駅まで、急げば一分で行けることを、これまた体験的に承知している。上野駅から池畔まで走って五分と計算すれば、待ち時間なしの正味五十四分で、『浅野機器』本社から不忍池へ到着可能だ。
ちょうど、ラッシュアワーである。朝夕はJRの本数も多い。
電車待ちの時間を、仮に五分と見ても、五時五十九分には、柳の木の下に立つことができる。
(途中、湘南電車を利用する手段もあるが、これは、「横浜」と「東京」二つの駅での乗り換え・待ち時間を加算すると、必ずしも時間を短縮できるとはいえない。また、京浜東北線には�快速�が導入されているけれども、この時間帯には走っていない)
ぎりぎりだが、殺人だけが目的なら、六分あれば十分だろう。いや、�六分�を、別な形で短縮することが可能かもしれない。これは、実地に当たってみなければならないが、(リハーサル済みなら)関内駅で、待ち時間なしで、電車に飛び乗ることができるはずだ。すると、持ち時間は、十一分ということになる。
上野駅と池畔の間も、実際に走ってみれば、五分かからないかもしれない。
(この男も、手塚と同じように、二重丸か)
浦上は、思わず顔へ出かかる不審を隠すようにして、もう一杯、手酌で、猪口をあけた。
(黒い糸は解けるどころか、こんぐらかってきたな)
浦上の、目の動きが複雑だった。
手塚久之、宮本信夫、そして村松俊昭。浦上は今日、この順序で、三人に会ってきたわけである。確かな動機を持つ�容疑者�は、三人とも一応のアリバイが用意されているようでいながら、もう一つ、第三者の証明を欠いている。
すなわち、�午後六時五分�不在の、絶対的な証明を、三人は備えていないのだ。
『ホテル・サンライズ』で食事していたことをアリバイとする手塚は替え玉の可能性を残しているし、東海道新幹線�ひかり350号�経由で、午後七時過ぎに『松見アパート』へ帰ったという宮本と、高島屋での待ちぼうけを無実の基盤とする村松は、時間的に犯行に立ち会える余地を残している。
実行犯は、一体だれなのか。
本格的な取材に着手してから丸一日。わずか一日ではあるが、真理を含めて、四人の関係者全員に当たることができた取材は、それなりに順調だったといえよう。
だが、一人ずつ消して、決定的な最後の一人を残すはずだった消去法は、結果的に何の進捗《しんちよく》も見せていない。�三人�は、結局三人なのだ。
(背の高い男か)
浦上は、改めて、目の前の村松を見た。確かに、殺人後の犯人の逃亡は、目撃されたのではなくて、目撃させたのだと、浦上は繰り返し思った。三人の中に一人でも背の低い男がいたら、それこそ有無を言わせぬ消去法で、容疑者は二人に絞られるのである。
絞り切れないままに、動きを封じられるのか。
上野西署の捜査本部には、進展があっただろうか。
仙台に帰った村松夫婦をこのままにしてあるところから見ると、捜査は停滞しているのかもしれない。
「ま、やりませんか」
村松は、黙りこくってしまった浦上を見て、徳利を差し出してきた。