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異域の死者5-4

时间: 2019-04-27    进入日语论坛
核心提示: 翌十月六日、木曜日。 浦上伸介は、食事もとらずにビジネスホテルを出た。仙台駅で鮭はらこめし弁当を買い、缶ビールを一個だ
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 翌十月六日、木曜日。
 浦上伸介は、食事もとらずにビジネスホテルを出た。仙台駅で鮭はらこめし弁当を買い、缶ビールを一個だけ付けた。
 乗車した東北新幹線は、仙台発午前七時の�やまびこ102号�である。
 仙台を出ると、福島、郡山、宇都宮、大宮と停車して、上野に着いたのが、九時ちょうどだった。仙台では空席が目立ったが、列車は途中から込み始め、終着上野では座席は完全に埋まり、通路に立つ乗客もでた。
 昨日と同様に、風もなく穏やかな日で、秋の空はよく晴れている。
 浦上はもう一度不忍池へ足を向けた。殺人現場へ行くのは、一昨日の夕方以来二度目だが、今回は所要時間の測定という目的を持っていた。村松が犯人である場合は、その持ち時間に幅を持たせるための実験である。
 浦上はかつて、京浜東北線のホームから東北新幹線の地下ホームまで、構内を走って、乗り換え時間を測定したことがあるけれど、今回も、京浜東北線の1番線ホームが出発点となった。浦上は最短コースを選び、しのばず口から、京成上野駅の前を通って、目的地へ向かった。
 道路が込んでいないせいもあってか、小走りの浦上は、四分を切るタイムで、柳の木の下に到着していた。
 実験結果は、可も無く、不可も無いというところだった。
 朝の上野公園は、当然なことに、夕方とは別な貌を見せている。宵闇の中でアベックがたたずんでいた場所には、犬を散歩させる老人がいた。
 一昨日の夕方は気付かなかったが、淑子の刺殺された場所に、ひな菊の花が置かれてあった。コーラの空き瓶に差した白い花である。
 取材帳に名前が出ている四人(宮本、村松、真理、手塚のうちのだれか)が、供えたとは思われない。
 恐らく、事件とは何の関係もないが、下町の人情が手向《たむ》けさせたものだろう。
 この池畔が殺人現場に選ばれたのは、しかるべき人間に、逃亡を目撃させることだけが目的だったのだろうか。
 浦上は白い花を見下ろしながら、三日前の宵闇を思った。目撃させるだけなら、場所は、ほかにもあるだろう。
 夫である宮本は、一昨日、上野西署の捜査本部からの電話に対して、
『淑子は、横浜で生まれ育った人間です。東京へなど、滅多に行きません』
 と、口走り、その後、面と向かった刑事には、こうこたえている。
『淑子を地理不案内な東京へ呼び出して殺したのは、村松の女房ではないでしょうか』
 そうしたやりとりの細部を、もちろん浦上が承知しているわけではないが、白い花に目を向けて考えたのは、
(被害者《がいしや》の生活圏からいって、場所は横浜の方が自然だな)
 ということだった。
 それこそ、『ホテル・サンライズ』に近い山下公園でもいいし、港の見える丘公園でもいいだろう。鶴見から京浜急行を利用して呼び出すなら、野毛山公園だってある。
 それぞれに、不忍池同様に、デートを楽しむ若者たちがいるだろうし、散策する人間もいただろう。逃亡姿を目撃させる相手には困らないはずだ。
 なぜ、横浜市内ではなくて、東京都内を犯行現場としたのか。
 横浜は、犯人にとっても生活圏だ。逃亡を目撃させるだけならまだしも、実際に顔見知りのだれかと擦れ違う危険が、あるかもしれない。
 犯人は、万一を警戒したのだろうか。日々、生活している場所であるなら、ことばを交わしたり、あいさつするような仲でなくとも、どこのだれ、と、顔だけは承知している人間がいるものだ。こっちは記憶していないのに、一方的に知られている場合もある。
(しかし、それは考え過ぎかな)
 浦上はキャスターをくわえた。
 犯人が万一を警戒したのかもしれないということを、含みに残すとすれば、
(狙いは、やはりアリバイ工作か)
 浦上は、ゆっくりとたばこを吹かした。横浜に偽アリバイを用意し、横浜にいたのだから、都内の殺人には参加できないという主張。
 手塚も、村松も、そして宮本も、�横浜�を無実の根拠としているのである。
(ほかにないか)
 浦上はたばこをくゆらしながら、人影の少ない砂利道を、上野駅へ戻り始めた。
 もうひとつ、考えられるのは、
(犯人《ほし》にとって、上野は、犯行が容易だったのではないか)
 と、いうことだ。そう、推理を、横浜の公園の伝で広げれば、(上野まで連れてこなくとも、生活圏をちょっと離れた場所で)もっと鶴見に近い都内、たとえば六郷のゴルフ練習場とか、多摩川園辺りへ、淑子を呼び出してもよかったはずである。
(やっぱり上野は、犯人《ほし》にとって、犯行がたやすかったということかな)
 浦上はたばこを消した。
 と、すると、東京の上野は、だれにとって一番都合がいいのか。
 浦上は上野駅へ引き返した。
 公園の閑静がうそのように、ターミナル駅は混雑している。まだ、通勤ラッシュがつづいているのである。
 浦上は構内のスタンドで、アメリカンコーヒーを一杯飲んでから、カード電話の前に立った。かけた先は『週刊広場』編集長の、杉並《すぎなみ》の自宅である。
「あれ? もう東京へ帰ってきたのか。そりゃご苦労さん」
 編集長の声には、いつものような甲高さがなかった。どうやら、やっと目覚めたところのようだ。
 浦上は仙台の取材結果と、昨夜、谷田が『松見アパート』で発見した�鳥取みやげ�のなぞを報告し、
「谷田先輩は朝駆けで、淡路警部に食い下がっているはずです。ぼくも、これから横浜へ直行します」
 と、伝えると、編集長は、
「ゆんべ、デスクと一杯やりながら話し合ったのだがね」
 と、前置きして言った。
「浦上ちゃん、三人の中から一人を炙《あぶ》り出す方法は、もうひとつあるんじゃないか」
 それぞれアリバイを主張しながら、どうしても、現場不在が証明されない三人。
「だが、繰り返すまでもなく、真犯人《ほんぼし》は一人だ」
「ですから、堂々めぐりを避けて、上野という現場は、三人の中のだれにとって、もっとも殺人《ころし》がやり易かったのか、ぼくはこの一点から切り込んでみようと思うのですが」
 と、浦上が池畔で得た新しい推理を、口にすると、
「被害者《がいしや》の方を掘り下げてみては、どうかね」
 編集長は命令的な話し方になった。編集長が昨夜、酒を飲みながら副編集長と分析した骨子は、いま、浦上を見舞った不審に共通していた。編集長も、淑子が、都内に土地鑑を持っていなかったことを、問題とするのである。
「彼女はどういう形で、不忍池へ誘い出されたのかね。それが分かれば、ベールの向こう側に、犯人《ほし》の輪郭だけでも浮かんでくる。問題は、淑子を呼び出した口実と、さらに言えば、東京不案内な淑子を、現場まで誘導した方法は何か、ということになるね」
 そう言いかけて、
「うん、道案内は不要か」
 編集長は自説を自ら否定した。
「いくら何でも、天下の上野公園だ。口で説明しても分かるだろうし、必要とあれば、事前に略図を渡しておいてもいいわけだ」
 焦点は、淑子を不慣れな場所へ呼び出した口実、その一点に絞られてこようか。
 夫の宮本は、真理を犯人視し、淑子を横浜から連れ出したのは、真理に違いないと言っているのだが、
「愛人の女房ではリアリティーがないよね」
 編集長は笑った。浦上もそう思う。
 では、三人の男の中のだれなのか。
「机上の引き算は、簡単だ。まず亭主だが、宮本ってことはないだろう」
「そうですね、夫婦の仲は冷め切っていたわけです。淑子が宮本の言いなりになるとは思えません」
「真理につながる手塚でも、不自然だろ」
「すると編集長、残るのは村松ってことになるではありませんか」
「そうなるね。ぼくの消去法では、愛人の村松というこたえが出てくる」
「松見アパートで、谷田先輩が発見した福島産の二十世紀梨|如何《いかん》ですね。宮本が、福島産を鳥取みやげと称して家主に差し出した意味が、事件に無関係と判明すれば、村松に集中できるのですがね」
「それと、『ホテル・サンライズ』でフランス料理を食った男か。捜査本部は、どんな具合に的を絞るつもりなのかね」
「どっちにしても、谷田先輩を訪ねる前に、鶴見で途中下車してみます」
「松見アパートへ行くのか」
「今日は淑子の葬式だから、アパートへ行っても宮本はいないでしょう」
「すると、淑子がバイトしていたコンビニエンスストアか」
「あとのことは、横浜へ行ってから、報告を入れます」
 浦上はそう言って、電話を切った。
 犯人が淑子を呼び出した口実。
 編集長の着眼は、この局面での最善手かもしれない、と、浦上は思った。
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