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異域の死者5-9

时间: 2019-04-27    进入日语论坛
核心提示: 結局、昼食は昨日と同じことになった。 浦上と谷田は横浜駅で落ち合い、慌ただしくカレーライスを食べて、昨日と同じように相
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 結局、昼食は昨日と同じことになった。
 浦上と谷田は横浜駅で落ち合い、慌ただしくカレーライスを食べて、昨日と同じように相鉄電車に乗った。
 二俣川《ふたまたがわ》までノンストップの急行は、買物帰りの主婦の姿が多かった。電車は二俣川から各駅停車となり、それから二つ目の駅が三ツ境だ。
 浦上と谷田は昨日と同じように、三ツ境でバスに乗り換えた。二人は、バスの一番後ろの座席に座った。
 今日もよく晴れており、郊外の空は、抜けるように蒼い。
「大分振り回されたけど、とどのつまりは、亭主が、不倫妻を刺したって、筋書きに落ち着くのですかね」
「手塚ならともかく、宮本って男が人を殺すようには思えないんだが、オレが、こんなこと言うのもおかしいか」
「決まってるでしょ。人は見かけによらないってのは、新聞記者《ぶんや》としての、先輩の持論でしょうが」
「そりゃそうだ。顔で犯人《ほし》が分かれば、アリバイ崩しも何もあったものじゃない」
 谷田は前言を笑声で取り消し、
「コンビニエンスストアへかけてきた呼び出し電話も、宮本なら辻褄《つじつま》が合うか」
 と、真顔になった。
「確かに、きみが考えたように、逆用という場合もあるかもしれないが、村松か手塚なら、午後開かれることが少ない営業会議を、まず、口実にすることはないと思うよ」
「そうですね。淑子は浅野機器でOLをしていたのだから、営業会議の開かれるのが、夜間に多いことを知っていたはずです」
「それと、休憩時間に、淑子が向かいのハンバーガー店で喫煙する習慣だ。亭主なら、当然女房の習慣を承知しているだろう」
「宮本が真犯人《ほんぼし》なら、あの電話は、宮本本人がかけたことになりますか」
「もちろんそうだろうな。村松の名前を出せば、淑子は言いなりだ」
「それで、自分と悟られないよう、休憩時間の留守を狙っての�伝言�ですか」
「淑子にしてみれば、翌日に控えていた、夫婦四人の談合に対する心配もあったのではないかね。村松からの�伝言�なら、淑子が呼び出しに応じるのは当たり前だ」
「呼び出された場所は、上野という、言ってみれば遠方なのに、淑子には、�伝言�を疑問視する姿勢などなかったってことですか」
「談合を前にして、それだけ追い詰められていたのではないかな。二組の夫婦四人は、四人とも、きみが感じたように、絶壁から足を滑らせた状態だったと思うよ」
 距離を置いて何かを判断する余裕など、すでに持ち合わせていなかったに違いない、と、谷田は言った。
「問題の電話がかかってきたのは、午後三時過ぎだな」
「その時間、宮本がどこにいたか、ということでしょう」
 浦上もそれを考えたところだった。
「宮本の主張通りなら、横浜へ帰ってくる列車の中ですね」
「列車の中なら、東海道新幹線からかけた電話か」
「恐らく、そういうことになるでしょうが、と、すると、宮本は、例の�ひかり350号�に乗車していなかったことを、別の形で証明してしまう結果になります」
 浦上はショルダーバッグから取材帳を取り出し、昨日、宮本から言われるままに書きとめた、帰浜のルートを、谷田に示した。
「これでいくと、午後三時過ぎの宮本は、山陰本線普通列車の車中です。普通列車に電話は付いていません」
「それでいいんじゃないか。宮本が真犯人《ほんぼし》なら、もっと早い新幹線で東京へ到着しなければ、犯行に間に合わない」
「しかし宮本は、船岡駅で、十四時三十二分発の上りへ乗る直前に、真理からの電話を受けています。と、いうのは、少なくとも、それまでは、船岡にいたってことでしょう。分からないなあ」
 浦上は取材帳に目を落とした。
「宮本が言っている、この普通列車に乗ってくると、京都からのもっとも早い接続新幹線が�ひかり350号�なのですよ。これより前の新幹線には乗れません」
「おいおい、電話もかけられなければ、犯行現場に立つこともできないというのでは、宮本までシロになってしまうじゃないか」
「昨日までは全員アリバイがあいまいだったのに、今度は三人、いや四人そろって、しかと現場不在が証明されるってことですかね」
「本気でそんなこと考えてるのか」
「宮本が一泊したという友人宅を当たれば、何か、ヒントが得られるかもしれませんね」
「京都には、確か船岡って山があったな」
「ほら、京都府警の元警官が、派出所の巡査をおびき出して殺害、拳銃を奪ったのが、船岡山公園ではないですか」
「そうか、どうも最近どこかで聞いたと思ったが、そういうことだったか。宮本の友人が住んでいるという船岡は、その船岡山に近いのかね」
「さあ、どうでしょうか」
 浦上も谷田も、京都周辺にはそれほど詳しくなかった。
「ところで、捜査本部では、宮本のアリバイをどう見ているのですか」
「淡路警部のさっきの話では、正直なところ、シロともクロともつかず、困っているらしい。それで、オレがゆうべ松見アパートで発見した福島産の鳥取みやげに飛び付いてきたのだが、あの二十世紀梨だって、宮本への疑惑を濃くしても、即、決め手というわけではない」
 宮本に関して、捜査員が徹底して聞き込んだのは、新横浜駅周辺の足取りだ。すなわち、宮本が東海道新幹線�ひかり350号�に乗車していたか、否かということである。
「刑事《でか》さんたちは、手塚のアリバイを当たったときと同じように、ひそかに、宮本を隠し撮りしたんだな。隠し撮りした写真持参で、十八時二十八分に、宮本が新横浜で下車しているかどうかを、聞き込んだ」
「シロクロがはっきりしないというのは、少しは、それらしき影がちらついているってことですか」
「そうなんだな。新幹線の車掌も、新横浜の駅員も、明言は避けているものの、三十前後の背の高い男性が下車したことを記憶している」
 宮本が乗ってきたと主張しているのは、禁煙車ではない自由席だったというから、3、4、5号車のうちの、どれかということになる。
 刑事は、車掌のほかに車内販売員にも当たった。車内販売員も、新横浜で長身の男性が下車したことを認めているという。
「宮本なら、同伴者はいなかったはずですよ」
「ああ。連れのいない背の高い男が、前の客を押しのけるようにして、横浜線への連絡改札口を通って行った、と、そうした証言も出ているそうだ」
「その駅員は、写真を見せられて、宮本かもしれないとこたえているのですか」
「そうじゃないんだな。淡路警部はその辺りをぼかしていたが、警察手帳にメモされているのは、どうやら、三十前後で背の高い男、という一点のようだ」
 それはそうかもしれない。�ひかり350号�の乗務員にしても、新横浜の駅員にしても、ちらっと見ただけの相手を、それほどはっきり覚えているわけのものではないだろう。
 ただ、ここで問題とすべきは、確証はなかったにしろ、三十前後の長身が、当該列車に乗っていたという事実だ。
 しかも、男は(宮本の主張と同じように)横浜線へ乗り換えているのである。
 その男が、宮本とは別人であると確認されない限り、宮本の主張は生きている。浦上がそのことを言うと、
「しかしねえ」
 谷田は、もうひとつ整理できないままに言った。
「確かに、その長身は宮本であったかもしれないが、一メートル八十を超えるくらいな男は、そう珍しいわけじゃない。人込みで注意すれば、必ず、一人や二人は目につくだろう。珍しくないから、当然、見逃される例も多い」
 事実、新横浜駅以降の聞き込みでは、長身を特に意識した証言は出ていないという。新横浜—東神奈川間の横浜線。東神奈川—鶴見間の京浜東北線。
「同じ時間を狙って、一課では捜査員を相当に注ぎ込んだようだ。車掌や駅員ばかりではなく、同一時間帯に帰宅するサラリーマンにも的は広げられたのだが」
「宮本は出てこなかったわけですね」
「はっきりした証言が得られたのは、鶴見へ行ってからだ。佃野町の酒屋の店員が、かご詰めの梨を手にした宮本を見ている」
「アパート近くの目撃では、価値はありませんね」
 浦上は取材帳をしまった。酒屋の店員の証言は、いうなれば、すでに『松見アパート』の家主から、取られている裏付けと同じことである。欲しいのは、新横浜—鶴見間の証言だ。しかし、そこに、元々痕跡がないのなら、何も出てこないのが当たり前だ。
「やはり宮本は、不忍池経由で、鶴見へ帰ってきたのですかね」
「手塚のアリバイは絶対だし、村松の方も、きみの発見で、犯行に参加できないことが確定した。残るのは宮本だけだ。残る一人、宮本追及の視点をどう変えればいいのか」
 谷田は自問自答する口調になり、すぐに、自らこたえを出した。
「宮本の現場不在証明が、どうしてもあいまいなら、やっぱり、犯行を証明するしかないか」
 十四時三十二分に、船岡から山陰本線の上り普通列車に乗った宮本を、十八時頃までに上野公園へ連れてくることが、すなわち、犯行証明だ。
「それと同時に、宮本が午後三時過ぎに、どこで電話をかけられる状況にあったか、それもはっきりさせたいね」
 と、谷田は言った。
 だが、宮本のこれまで述べてきた足取りが、全部が全部うそというわけではあるまい。
「ポイントは、�ひかり350号�ですね」
「いや、宮本の主張通りの出発では、殺人《ころし》は不可能なわけだろ。やつが真実を語っているのは、午後七時過ぎに、松見アパートへ帰ったことだけかもしれないぞ」
「そうでしょうか」
 そうかもしれないが、浦上は、即座には首肯できなかった。船岡駅に真理からかかってきたという電話。これは動かしようもない事実だろう。
「すると、�出発�と�到着�は不動で、トリックはその間に仕掛けられてあるのかね」
「宮本が真犯人《ほんぼし》なら、そういうことになるでしょう」
「ともかく、もう一度じっくりと、宮本の足取りを聞いてやろうじゃないか」
 県道の先に野菜畑が見え、バスは目的の停留所に近付いていた。
 
 出棺は終えていた。
 葬儀社の人たちが花輪を片付け、祭壇を縮小しているところだった。
 白いかっぽう着姿の近所の主婦たちは、火葬場から戻ってくる参列者を迎える準備に追われていた。縁側から見える座敷に食卓が並び、慌ただしく料理が運び込まれている。
 待たされることを覚悟したが、宮本は火葬場へ同行していなかった。
 宮本は手酌でビールを飲んでいた。昨日、浦上と谷田に相対した玄関奥の上がりかまちに腰を下ろし、宮本はビールを飲みながら、どこかへ電話をかけていた。
 浦上と谷田が土間へ入って行くと、宮本は、
「あれ?」
 という顔で電話を切った。
「横浜でも、この辺りは古い仕来たりが残っているんですよね。夫は目上だから、先立った目下の妻の火葬には立ち合わない習慣があるのだそうです」
 と、浦上と谷田を迎えて、宮本は言った。
「もっとも、籍を抜いて、実家の墓に入る女房ですから、ぼくが骨を拾うこともないわけです」
 宮本は、前日にも増して、憮然とした面持ちだった。
 それでも、昨日と同じように、上がりかまちに来客のための座布団を出してくれた。そして、
「どうぞ」
 と、勧めたものの、すぐに、最初の訝《いぶか》し気な目に戻った。
「ぼくに、まだ用事があるのですか」
「その後、警察から、何か言ってきましたか」
「それですがね、今日は上野西署の清水さんって部長刑事が、ご焼香に見えられましてね、淑子の葬式が終えたら、二、三日中にもう一度ご足労願えないか、というのですよ」
 宮本は昨日とは違って、黒いダブルの礼装だった。しかし、ネクタイはゆるんでいる。いつから飲み始めたのか、不審を宿す目に酔いがあった。
「警察は何をもたもたしているのでしょう。村松の女房と愛人の手塚は、いつ逮捕されるのですか。ぼくなんかを捜査本部へ呼んでも、どうにもならんでしょうに」
 宮本は昨日と同じように、真理を犯人視している。
 憮然とした表情で、アルコールに酔っているとはいえ、鳥取育ちの素朴さを感じさせる雰囲気はどこかに保たれていた。故郷なまりの、ゆるやかな話し方なのである。
(本当に、この男にだけ、アリバイが成立しないのか)
 浦上も、さっきの谷田ではないが、一瞬、そうした目で宮本を見た。
 こんな状況で酒に酔っているというのも、考えようによれば、(妻を殺害してしまった罪の意識を紛《まぎ》らわせるためではなく)どうにも整理のつかない焦燥ゆえかもしれないのである。
 だが、残っているのは、この宮本一人なのだ。
 上野西署の捜査本部にしても、期するところがあればこそ、改めて、宮本を呼ぶのであろう。捜査本部は、どこから宮本を攻めるつもりなのか。
(警察《さつ》より一歩先を行ってやる。それがスクープってもんだ)
 谷田はそのような目で、ちらっと浦上を振り返り、取り出した取材帳に走り書きをした。福島の『吉井果樹園』のことは伏せておこう、という意味のメモだった。
(諒解)
 と、浦上も目でうなずいた。福島産の�鳥取みやげ�は、谷田と浦上にとって、唯一の切り札なのである。確かに、迂闊《うかつ》には口にできない。
「用件を、早く言ってください」
 宮本は飲みかけのビールをあけた。
「実は」
 浦上も取材帳を取り出し、まず手塚のアリバイの、裏付けが取れたことを伝えた。
「何ですって?」
 宮本は、音を立てるようにして、コップを盆に戻した。
「村松の女房の愛人に、アリバイなんてあるわけがないでしょう」
「証人は五人も、そろっているのですよ。しかも確証をつかんできたのは、捜査一課の刑事さんたちです。手塚常務のアリバイは、完璧です」
「それじゃ、犯人は村松ってことになるじゃありませんか。あの男、さんざ淑子を弄《もてあそ》んでおいて、挙げ句の果てに生命まで奪ったというのですか!」
 宮本は、浦上と谷田の顔を交互に見た。
「何で、そうまでしなければならないのですか! あの男、夫のぼくのことを何だと思ってるのでしょう。これじゃ、文字通り、踏んだり蹴ったりじゃありませんか!」
「宮本さん、実は村松氏も、あの日、犯行現場へ立つことはできませんでした」
 浦上は、自らの実験を、詳しく説明した。
「村松氏の場合、手塚常務のアリバイのような目撃証人はいません。しかし、浅野機器の本社ビルならともかく、扇町の先の分室を五時に出発したのでは、絶対に、犯行時間までに池畔へ到着することは不可能です」
「村松は本社ビルではなくて、分室に勤務していたというのですか。間違いないのでしょうね」
「五時まで分室で執務していたという証人なら、何人もいます」
「待ってください。あなた方は、それじゃ、このぼくを疑っているのですか」
 宮本の横顔を、さっと険しいものが過ったかのようだった。
「まさか、さっきの清水って刑事さんも、それでぼくを呼ぶわけではないでしょうね」
「それは知りません。少なくとも、村松氏のアリバイを裏付けたのは、このぼくです。捜査本部も別の形でウラを取ったのかもしれませんが、ぼくの方からはまだ何の連絡もしていません」
 浦上は事実をその通りに告げ、
「もう一度、松見アパートへ帰ってくるまでの足取りを詳しく話してくれませんか」
 と、取材帳片手にボールペンを持ち直すと、
「刑事でもないあなた方に、なぜ何度もこたえる必要があるのですか。すべて、昨日言った通りです」
 宮本の声が徐々に高くなってきた。
「それは越権ってものではありませんか」
「分かってください、宮本さん。われわれは臆測で記事をまとめるわけにはいかないのです」
 と、谷田がことばを挟み、浦上が姿勢を変えてつづけた。
「殺人事件の関係者は四人。そのうち三人の犯行不参加がはっきり証明されたとあっては、残る一人の容疑が深まるのは自明の理ではありませんか」
「なぜ、ぼくが疑われなければならないのですか。ぼくは被害者です。村松という男によって女房を奪われ、村松夫婦の勝手な事情によって、女房を殺された被害者です」
 宮本の声が、更に高くなって、震えた。怒りが演技なのか、真実なのか、咄嗟《とつさ》には識別できない。
 だが、それが、あまりにも激しかったため、座敷と勝手の間を慌ただしく出入りしている、かっぽう着姿の近所の主婦が何人か、顔をのぞかせたほどだった。
 宮本は、主婦たちに気付くと、何でもありません、というように手を振り、改めて、浦上と谷田に向き合った。
「そうですね。週刊誌や新聞に、おかしなことを書かれても困る。しかし、昨日話した通りですよ。付け加えることは何もありません」
「京都からの新幹線車中で、だれか、お知り合いに出会っていると文句なしなのですがね」
「それも、昨日、お話したじゃありませんか。だれにも会いませんでしたよ。ぼくは、横浜支店へ勤務になってから、何度も鳥取へ帰っていますが、往復の車中で、知人と顔を合わせたことなど一度もありません」
 宮本は、あなた方はどうか、と、逆に質問してきた。
「あなた方は仕事上、取材旅行も多いでしょうが、旅先で知り合いと擦れ違ったことがありますか」
「ま、それはそうですが」
「そうでしょ。だれにも会わなかったからって、いちいち疑われたのでは、かないません。旅先で、知人と出会う方が珍しいのではありませんか」
 宮本は、そこで一息入れると、
「村松はどうなのですか」
 と、矛先《ほこさき》を転じた。
「手塚と違って、村松を目撃した証人はいないと言いましたね。だったら、ぼくと同じではありませんか」
「しかし、村松氏には、午後五時まで分室に勤務していたことを証明する人間が何人もいます。五時に分室を出たのでは、いまも申し上げたように、犯行時間までに、不忍池へ行くことはできないのです」
「だったら、ぼくも同じだ」
 と、宮本は切り返してきた。
 浦上と谷田の検討で、そのまま未解決な問題として残っている壁。船岡発十四時三十二分の上り普通列車。
「村松と同じように、よく調べてくださいよ。ぼくが乗ったこの上り列車に、京都で接続している上り新幹線が�ひかり350号�です。犯行時間に間に合わせるためには、もっと前の新幹線に乗車しなければ、駄目なわけでしょう」
「ですから、それを証明したいのです」
「あなたたちも、話が分からないな。あの日、村松の女房が、船岡駅へ電話をかけてきたと言ったはずですよ」
「それは聞いています」
「あのときは、村松の女房のしつこさに腹を立てたけど、ひょんなことで、あの呼び出し電話が、役に立ってきたものです」
 納得がいくように、船岡駅へ確認したらどうですか、と、宮本は言った。電話がかかって、若い駅員に呼び出されたとき、
「ぼくは待合室のJRクリーニング店の前に立っていました」
 とも言い添えた。
 京都のように大きな駅と違って、ごく小さい駅なので、三日前の確認など簡単だろうというのである。
 浦上もそう思う。浦上はすでに、別の形で、その裏付けを取っている。昨夜、仙台の『ハイツ・エコー』で、浦上は真理に尋ねている。
『宮本さんが横浜へ帰る途中の、駅へまで、呼び出し電話を入れたそうですね』
 これに対して、真理は、
『ああ、船岡という駅のことね』
 と、電話をかけたことを認めている。
 船岡駅の出発時間は、不動だろう。宮本が犯人であるとすれば、バスの中での谷田の発言のように、�出発�と�到着�の間に、トリックが用意されていることになる。
 だが、『松見アパート』の�到着�は確認されているが、船岡駅の�出発�の方は、もうひとつ正確さを欠いている。
�出発�と�到着�の間に、仕掛けがあるのか、どうか、それを浮き彫りにするためにも、�出発�時間の確認は重要だ。
「こんなことで、いつまでも疑われるなんて、心外です。葬式を最後に、ぼくもさっぱりしたいんです」
 と、宮本は浦上を見詰め、
「何でしたら、いまここで、船岡駅へ電話をかけてみてはどうですか」
 と、背後の電話機を引き寄せた。
「船岡駅の電話番号が、分かるのですか」
 浦上は、ずいぶん手回しがいいな、と思い、一瞬、
(アリバイ工作か)
 と、不審を感じたが、そうではなかった。
 宮本が手帳を開き、メモを見ながらプッシュボタンを押した先は、二日の日に一泊した旧友宅だった。
 受話器を手にした宮本は、浦上や谷田から横を向いて、
「もしもし、奥さんですか。このたびは、ご香典を、わざわざご郵送くださってありがとうございました」
 というような、あいさつを交わしてから、船岡駅の電話番号を聞いた。
「じゃ、成瀬《なるせ》が会社から帰ったら、よろしく言ってください。ええ、また寄せてもらいます」
 宮本はそう言って電話を切ると、いま聞き出したナンバーを押して、
「船岡駅が出ます」
 と、受話器を浦上に差し出してきた。浦上は固い表情で受話器を取った。
 京都府下とあって、呼び出し音が鳴るまでに、多少の間があった。
 呼び出し音が鳴っても、すぐには先方が出なかった。五、六回コールされたところで、
「お待たせしました。JR船岡駅です」
 太い男の声が出た。
「お忙しいところを恐縮です。実は、三日前の午後のことで、お尋ねしたいのですが」
 浦上が身分を名乗り、用件を切り出すと、
「あ、そういうことがありましたね。あの日、電話を受けた駅員は、いまホームに出ています。下りの発車まで、お待ち願えますか」
 と、太い声の駅員はこたえた。
 駅員は受話器を机の上に置いたのだろう、駅の騒音が、電話機を通して伝わってくる。
 間もなく、列車の到着する音が響き、
「船岡ぁ、船岡ぁ」
 と、連呼する駅員の声が聞こえた。列車の到着から発車まで、一分とはかからなかっただろう。ホームを離れる列車の音は、すぐに遠ざかって行く。
 浦上は、もちろん実際に下車したことはないが、山陰本線の小さい駅が、目に見えるような気がした。
 列車が発車すると、小走りの足音が受話器に近付いてきた。そして、
「遅くなりました」
 と、いかにも純朴そうな声を返してきたのは、若い駅員だった。
「はい。よく覚えております」
 若い駅員は、浦上の質問にこたえて、話し始めた。
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