と、若い駅員はこたえた。
「女の人から駅に電話が入ったのは、二時二十五分頃でした」
「宮本さんを、と、はっきり名指して呼び出してきたのですね」
と、浦上伸介は尋ねた。
「そうです。十四時三十二分発の上りを待っている、背の高い男の人を呼び出して欲しいと言われました」
電話を受けた駅員は、出札口から待合室を見た。
「長身の男性は一人しかいないので、すぐに分かりました。はい、待合室には、売店のほかに、JRになってから始めたクリーニング店があるのですが、宮本さんという男性はクリーニング店の前に立っていました」
それは、宮本が説明した通りだった。
その宮本を目の前にした電話で、若干の抵抗はあったが、浦上は、三日前の長身男性の風貌を確かめないわけにはいかなかった。
「ええ、はっきり記憶しています。ソフトな話し方をする人で、メタルフレームの眼鏡をかけていましたね」
という外観は、まさに、その男が宮本であることを示していた。問題は、電話を受けた時間に、駅員の錯覚があるかどうかだ。
しかし、これは、ダイヤ絡みの証言なので、間違いようもなかった。駅員は、正確な時間によって動かされているのである。
「はい。あのお客さんが乗車されたのは、十四時三十二分発の上りに間違いありません。発車時間が迫っていましたので、私は、電話を急ぐように言いました」
と、若い駅員は明瞭にこたえた。
宮本は手短に電話を終えると、上り列車に飛び乗って行ったという。
「どうも、突然お呼び立てして、すみませんでした」
浦上は礼を言い、念のために、先方の氏名を聞いた。
「私は、JR船岡駅の上田邦夫と申します」
若い駅員は無駄なことはしゃべらず、始終、好感の持てる話し方だった。
浦上は電話を切り、受話器を、宮本に返した。
宮本は、それを背後の電話台に置きながら、
「これで、分かっていただけましたね。あとは時刻表をあたってください。ぼくはどこへも寄らずに、真っ直ぐ鶴見のアパートへ帰ってきたのです。このことは、あなた方から、警察へもよく伝えておいてください」
と、浦上へとも、谷田へともなく言った。気のせいか、宮本の態度全体に、落ち着きが戻っている。
(じゃ、福島産の二十世紀梨は、どう説明するつもりなのか)
浦上は、いまこの場で口にできるはずもない詰問を、自分の中でかみしめた。
そして、最後の質問として聞いた。
「船岡のお友達の名前と、電話番号を教えてくれませんか」
夫婦の対立が絶頂に達しているときに、一夜を共にした旧友ならば、何か、宮本の変化に気付いているかもしれない。
「刑事さんよりも、疑り深いんですね」
宮本はそう言いながらも手帳を開いて、成瀬という旧友の、勤務先の電話番号をこたえてくれた。
それは亀岡《かめおか》の、煉瓦《れんが》会社だった。勤務先の電話番号を教えてくれたのは、
「成瀬は、夜七時過ぎでないと帰宅しないのですよ。早く連絡を付けるのなら、会社の方がいいでしょう」
という配慮からだった。
どこをどう探られても、怪しいことは一点もない。それを、宮本はそうした配慮を示すことで主張しているようでもあった。