日语童话故事 日语笑话 日语文章阅读 日语新闻 300篇精选中日文对照阅读 日语励志名言 日本作家简介 三行情书 緋色の研究(血字的研究) 四つの署名(四签名) バスカービル家の犬(巴斯克威尔的猎犬) 恐怖の谷(恐怖谷) シャーロック・ホームズの冒険(冒险史) シャーロック・ホームズの回想(回忆录) ホームズの生還 シャーロック・ホームズ(归来记) 鴨川食堂(鸭川食堂) ABC殺人事件(ABC谋杀案) 三体 失われた世界(失落的世界) 日语精彩阅读 日文函电实例 精彩日文晨读 日语阅读短文 日本名家名篇 日剧台词脚本 《论语》中日对照详解 中日对照阅读 日文古典名著 名作のあらすじ 商务日语写作模版 日本民间故事 日语误用例解 日语文章书写要点 日本中小学生作文集 中国百科(日语版) 面接官によく聞かれる33の質問 日语随笔 天声人语 宮沢賢治童話集 日语随笔集 日本語常用文例 日语泛读资料 美しい言葉 日本の昔話 日语作文范文 从日本中小学课本学日文 世界童话寓言日文版 一个日本人的趣味旅行 《孟子》中日对照 魯迅作品集(日本語) 世界の昔話 初级作文 生活场境日语 時候の挨拶 グリム童話 成語故事 日语现代诗 お手紙文例集 川柳 小川未明童話集 ハリー・ポッター 新古今和歌集 ラヴレター 情书 風が強く吹いている强风吹拂
返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 作品合集 » 正文

異域の死者7-5

时间: 2019-04-27    进入日语论坛
核心提示: 翌十月七日、金曜日。 浦上伸介も谷田実憲も、早起きをした。新横浜駅のホームで待ち合わせ、乗車したのは六時五十三分発の�
(单词翻译:双击或拖选)
 翌十月七日、金曜日。
 浦上伸介も谷田実憲も、早起きをした。新横浜駅のホームで待ち合わせ、乗車したのは六時五十三分発の�ひかり61号�だった。
 谷田の時間が、どうしても一日しかとれなかった。日帰りで取材を済ませるための、早出である。
 昨日と同じように快晴で、穏やかな日和だった。
 二人は自由席の座席を確保すると、食堂車へ行った。五車両後ろの8号車。
 早い時間なのに、自由席も食堂車もほぼ満席だった。コーヒーにトーストを頼み、浦上は用意してきた京都の地図を広げた。
「JR船岡駅は、昨日先輩が話していた船岡山とは、全然別方向ですね。船岡山は市内北区の紫野《むらさきの》の近くですが、船岡駅はもっと北方で、ほとんど兵庫県寄りです」
「この�ひかり�は、何時に京都へ着くのかね」
「九時二十一分です」
「このまま、船岡へ行くか。やはり、船岡駅からスタートするのが順序だろうな」
 谷田は地図を引き寄せた。
 浦上はショルダーバッグから、時刻表を出した。三十一分の待ち合わせで、福知山《ふくちやま》行きの普通列車があった。
「結構時間がかかりますね。船岡到着は十一時十七分です」
「繰り返しになるが、飛行機の場合は、大阪空港発十五時三十五分の�ANA30便�に間に合わなければ駄目なわけだな。新幹線はどうなる?」
「東京駅から不忍池まで、余裕を取って四十分と見れば、十七時二十分には到着していなければなりませんね」
 浦上は時刻表を指でたどり、
「こりゃ、全然話になりません」
 うんざりしたように顔を上げた。十七時二十分に東京駅へ着くためには、京都駅を十四時三十七分に出なければならないのである。
「先輩、十四時三十七分といえば、船岡を出発してからわずか五分です」
「五分か」
「宮本を乗せた普通列車は、やっと隣駅園部へ到着したところです」
 味気ない朝食になった。新発見でもあれば、コーヒーをビールに切り替えたであろうが、それどころではない。
 食堂車が込んできて、空席待ちの客が通路に並んできたせいもあって、浦上と谷田は早々にテーブルを立っていた。
 3号車の座席へ戻ると、列車は熱海駅を通過するところだった。車窓左下に、朝の温泉街が広がり、その向こうに見える相模湾が蒼かった。静かな海は、初島を浮かべている。
�ひかり61号�は、新横浜を出ると、名古屋までとまらない。名古屋の次の停車駅が京都となる。
 ほとんど、無言の車中となった。
 時刻表をいくら引っくり返しても、それは、単なる数字の羅列に過ぎない。ダイヤは何のヒントも、与えてはくれない。
 時刻表からの発見は、全く期待できないのである。
 空路が不可能で、新幹線も駄目。他に、いかなる手段があるのか。
 京都へ行けば、本当に何かが見えてくるのか。何かが隠されているのは間違いないであろうが、巧妙に仕組まれた罠を、果たして見破ることができるのか。
 名古屋では、降りる人よりも乗ってくる客の方が多かった。通路に立ったままの客も出てきた。大方が、ビジネスマンのようである。関西への出張に、格好な時間帯なのであろう。
 列車は予定通りに、京都駅ホームに滑り込んだ。
 古都の空もよく晴れている。最初に、新幹線のホームから目に入ったのは、京都タワーだ。
 浦上と谷田は、長い跨線橋を歩いた。新幹線下りホームは14番線、山陰線発車ホームは1番線なので、構内の端から端まで歩くことになる。
 二人は乗り換え時間を利用して、案内所へ寄った。
「そうですね、福知山経由なら伊丹《いたみ》下車で簡単ですが、船岡からでしたら、やはり京都駅八条口でタクシーに乗るのが、一番速いですね」
 と、係員は大阪空港へのルートについてこたえた。
 念を押すための質問であったが、現地で確かめても、新しいデータは出てこなかった。新幹線利用についても同様である。
 宮本の主張しているルートが、最短であり、もっとも速いという結論しか出てこない。
 1番線ホームに行くと、福知山行きはすでに入っており、何人かの客が乗り込んでいた。朱色の古い五両連結は、いずれも手動式のドアだった。
「福知山経由なら、大阪空港に近い伊丹駅があると言ったね。船岡から、京都へ出るのではなく、福知山を回る逆行は無理なのかね」
 谷田は、やがて列車が走り出したとき、古都の町並へ目を向けて、つぶやいた。しかし、そうつぶやいたものの、大して期待はかけていない横顔だった。
 浦上にしても同様である。だが、無為に列車に揺られていても仕様がないので、時刻表を開いた。
�逆行�が、思いもかけない解決を運んでくることもある。が、この場合は論外だった。船岡発十四時三十二分の上り列車は、次の園部で、タイミングよく二分の待ち時間でUターン、下り列車に乗り換えることができるけれども、福知山着が十五時五十七分なのである。
 さらに、福知山から伊丹までは、一部特急利用で計算しても、正味一時間四十一分もかかる。とてもではないが、大阪空港発十五時三十五分に搭乗することはできない。
「駄目ですね」
「そうだろうな」
 と、短いことばが交わされて、ふたたび沈黙が、浦上と谷田の間に距離を作った。
 二条、花園と過ぎると、車窓に竹林が見えるようになり、嵯峨野だった。
 嵯峨駅からは、十人ほどの船頭が乗り込んできた。
 日焼けした船頭たちは、いずれも地下足袋に半天姿であり、半天には「保津峡《ほづきよう》下り」と染め抜かれてあった。保津川を下ってきた船頭が、船はトラックで返し、自分たちは列車で亀岡まで戻って行くわけである。
 嵯峨を発車して、嵐山隧道《あらしやまずいどう》を通過すると、列車は鉄橋を渡った。
 車窓右手に、保津川峡谷の景観が広がってくる。川を挟んで、山頂と山頂を結ぶ大きい吊橋があった。
 雨が少ないせいか、十月の川は流れがゆるやかだった。水かさの少ない流れを、観光客を乗せた屋形船が下って行く。
「山は、まだ紅葉には早いか」
 谷田はそう言って浦上を見たが、返事を求める問いかけではなかった。
 亀岡を過ぎると、乗客はぐっと少なくなり、沿線の駅も、駅周辺も、ごく小規模なものに変わった。
「おい、これでも禁煙しなければいけないのかい」
 谷田は普通列車に乗って一時間が過ぎる頃、三、四人しか客のいないがら空きの車内と、山と畑しか見えない窓外に目を向けて言った。浦上も、そろそろ、たばこに火をつけたいところだったが、京都から園部までは禁煙区間となっている列車なのである。
 その園部を過ぎて、浦上と谷田はようやくたばこを取り出した。
 一本のたばこを吸い終わらないうちに、列車は短いトンネルに入った。
 トンネルを出ると、目的駅船岡だった。
 小さな駅で降りたのは、浦上と谷田の二人だけである。
 下りの殿田《とのだ》方面にも、前方に短いトンネルがあった。トンネルとトンネルに挟まれた盆地が水田になっており、いまは稲が刈り取られ、すっかり水を落とした枯れ田が小さいホームから見下ろせる。
 田圃を二分する単線鉄道は高い土手の上を走っているのである。
 土手のすぐ下、駅の片側に何戸か民家が並んでいたけれど、商店は一軒も見当たらない。酒屋らしい店は、枯れ田のはるか彼方に、ぽつんとあるだけだった。
 そして、その酒屋の横手に伸びる斜面には、土塀をめぐらした、昔の庄屋ふうの立派な構えの屋敷が、二、三、点在していたが、全く人影のない風景が、ひっそりとそこにあった。
 上りと下りが共用しているホームにも、浦上と谷田以外には、だれもいない。
「列車が着いたとき、駅員も、必ずホームに出るってわけじゃないのか」
「それにしても、寂しい山間《やまあい》ですね」
 白砂利の敷き詰められたホーム中央に小さい待合室があり、その先に、出口へ下りる階段が、ぽっかりと口を開けている。
「おい!」
 谷田が、怒鳴り付けるような声を発して、浦上を振り返ったのは、一足先に階段を下りたときである。
「おい、ここには駅がないぞ!」
「駅がない? どういうことですか先輩」
「ここへ来てみろ!」
 谷田は、自分でも整理が付かない口の利き方をした。
 しかし、次の一瞬、浦上も、谷田と同じような、虚《うつ》ろな表情に変わっていたのである。
 こんなことがあろうか。
 短い階段は途中で右折しており、右に下ると、そこはもう土手下の道路なのである。どこにも駅舎がない。谷田が「駅がないぞ!」と、吐き捨てたのは、そのことだった。
 出札口も改札口もない、無人駅だったのである。
 階段の途中、右折個所には、次のような掲示があった。
 
  当駅は綾部《あやべ》駅が管理しております ご用の方は下記へご連絡ください 電話〇七七三—四二—〇四〇一 綾部駅長
 
 掲示板の下には赤い小箱が置かれてあり、「使用済みの乗車券はこの中へお入れください」と記されてあった。
「きみは、いったいだれと、電話でしゃべったのかね」
 谷田はホームと階段だけの駅を出ると、土手の上の線路を見やって、もう一度、
「この船岡駅の、どこに電話があるんだ!」
 いらだちをぶちまけるようにして、怒鳴り声を上げていた。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%