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異域の死者8-3

时间: 2019-04-27    进入日语论坛
核心提示: 成瀬の女房は、成瀬と同じように、素朴な口の利き方をする女性だった。「はい、女の人から、電話がありました。午後二時過ぎで
(单词翻译:双击或拖选)
 成瀬の女房は、成瀬と同じように、素朴な口の利き方をする女性だった。
「はい、女の人から、電話がありました。午後二時過ぎでした」
 と、成瀬の女房は、浦上の電話にこたえて言った。
「そのときは、宮本さんの会社の人だとばかり思っていました。わたしは、その女の人に、宮本さんからの言付けをその通りに伝えました」
「宮本さんは十四時三十二分発の上り普通列車に乗って、夜までには横浜へ帰るという伝言ですね」
「女の人は、それなら結構です、と言いました」
「川から戻ったと言って、宮本さんからも電話があったそうですね」
「それは二時前です。女の人の電話より三十分ぐらい前でした。少し早いけど、もう引き返してきた。予定通りに横浜へ帰るという、お礼のお電話でした」
「おや? あの駅に電話があるのですか」
 浦上はあえて尋ねてみた。成瀬の女房が、無人駅からの電話に不審を感じていないのなら、改めて、別な視点で彼女を見直す必要が生じる。
 だが、それは杞憂だった。
「駅に電話はありませんが、国道まで出れば、酒屋さんに赤電話があります」
 というこたえが返ってきた。
 酒屋というのは、さっき、枯れ田のはるか彼方に、ぽつんと一軒見えた店のことかもしれない。酒屋は、大堰川から駅へ引き返す道筋にある、と、成瀬の女房は言った。
 彼女は、朝七時四十分に出勤する夫の軽乗用車に同乗して行った宮本が、午後まで、園部町にいたことを、疑っていないようだった。
 浦上は、最後に念を押した。
「奥さんはその女の人の電話に対して、船岡駅の電話番号を教えましたか」
「は?」
 成瀬の女房は、一瞬、聞き違いではないか、というような声を出した。
「何をおっしゃっているのですか。いまも話したように、船岡は電話もない無人駅ですよ。電話もないのに、電話番号など、教えられるわけがないではありませんか」
 それは、(浦上の推理を裏付ける)はっきりした口調だった。四日前のそのとき、成瀬の女房が宮本の言付けを伝えると、真理は、
『失礼しました』
 と、手短に電話を切ったという。
「いろいろありがとうございました」
 浦上も、礼を言って受話器を戻した。
 真理が、成瀬宅へ電話をかけてきたところまでは事実だ。これまた、工作に一貫性を持たせるための、筋書きであろう。宮本を追って、鳥取の出張先へまで電話してきたのと同じようにである。
 すべては、「船岡駅十四時三十二分発」乗車を、スムーズに証明するための伏線だ。
 もちろん、真理が呼び出し電話をかけ、宮本が待合室のクリーニング店前で待っていた、東北本線船岡駅の電話番号は、とうに、真理の手帳にメモされてあっただろう。
 ここで、何も知らないまま、偽装アリバイの一翼を担ってしまったのが、事実をその通りにこたえた、本物のJR駅員ということになる。
 浦上はレストランに引き返した。
「共犯は、間違いなく、村松真理です」
 と、谷田に伝えてから、テーブルの上のヒレカツ定食に口をつけた。
「やっぱりね。宮本が、口汚く真理を犯人視したことこそ、本当のカムフラージュだったか」
「敵対する真理の呼び出しであればこそ、他のだれを連れてくるよりも説得力があるし、重みがあるってことでしょう」
「そういえば」
 と、谷田は言った。
『松見アパート』の家主は、谷田の問いかけに対して、何度か、真理から宮本への伝言電話を受けた、と、こたえている。
「あれは、例の夫婦同士の談合のためのものではなく、殺人《ころし》を打ち合わせる電話だったかもしれないな」
 意外な協力といえば、意外だが、淑子殺害に至る宮本と真理、双方の動機は、元々、見事に重なり合っているのである。裏で手を結んでも決して不自然とはいえない、奇妙な人間関係だった。
「真理の方は、飽くまでも、亭主の村松を殺人犯に陥れるのが目的か」
 谷田も皿を引き寄せ、ナイフとフォークを手に取った。
「単にアリバイ工作といっても、犯人の宮本が自分の�無実�を主張するだけではなく、村松という仕立て上げた�犯人�を用意しているのだから、これは、まさに、完全犯罪が成立するところだったな」
「そうですね。宮本と真理が、どう見てもグルとは感じられなかっただけに、一層効果的でした」
 浦上は大きくうなずく。
 真理が宮本の敵対者ではなく、宮本と手を組んだ共犯者であってみれば、なぞの部分は、大方が氷解する。
 村松を高島屋の人込みに誘い出して、アリバイを消そうと図ったのも、当然、宮本と真理の陰謀ということになろう。
「岡野ホテルに淑子を装って電話をかけ、メッセージを届けてきたのは、これはもう真理で決まりですね」
「考えてみれば、淑子が、岡野ホテルにメッセージを頼むのは不自然だ。村松が仙台から出てきてチェックインをしたのは、二日だろ。宮本は、まだ鳥取出張から帰っていない」
「鶴見のアパートに一人でいた淑子は、夜、何度も、岡野ホテルへ電話をかけることができたわけか」
「うん。メッセージを依頼するなんて面倒なしに、直接村松とデートの約束をするチャンスは、いくらでもあったはずだし、二日の夜に落ち合ってもよかったのではないか。もっと早く、そこに気付くべきだったな」
「ありもしない自分のアリバイをでっち上げ、他人の確かなアリバイを壁の向こうに埋没させる。真理はともかく、宮本も、上辺からは想像もできない、相当なタマですね」
「それだけ、淑子の背信に対する怒りが、激しかったと言えるのだろうな」
 こうして、宮本と真理は、村松の名前を早々と表面に出して、疑惑を一点に向けさせる工作をした。すなわち、あて名に、『浅野機器』仙台支社の営業部第一課長、村松俊昭と明記したワープロの郵便はがきが、それである。
 あのはがきは、恐らく池畔での殺害直後に、淑子のポシェットへ忍び込ませたものに違いない。
 宮本と真理の見落としは、仙台から出張してきた村松が、あの日、浅野機器の本社ビルではなくて、関内駅から遠い分室の方に詰めていたことだろう。
「あの発見は大きかったぞ」
 谷田は、浦上の徹底取材をほめた。分室勤務の発見があってこそ、初めて、宮本一人にすべてが集中されてきたのである。
 この浦上の発見は、まだ淡路警部には伝えられていない。
 しかし、上野西署の捜査本部に協力する神奈川県警捜査一課が、そこへ到達するのは時間の問題だ。
 手塚久之、村松俊昭と、二人の名前がリストから消えて、焦点が宮本信夫一人に絞られてくれば、これまた、確実に時間の問題で、東北本線の船岡駅に光が当てられ、必然的に、村松真理が炙《あぶ》り出されてくるだろう。
 事実宮本は、上野西署の清水部長刑事から、もう一度、捜査本部への出頭を求められた、と、昨日浦上と谷田に語っていたではないか。
 捜査は、どこまで進んでいるのか。
「宮本の落ちるまでが勝負だな」
 谷田は食事を終えると、ピース・ライトに火をつけた。『毎朝日報』社会部記者の顔が、急に前面に出ていた。
「警察《さつ》の機動力《パワー》は、オレたちの比じゃないぞ。一度そこへ目が向けば、ぎりぎりの証言で成り立っている偽アリバイが崩されるのは、それこそあっという間だろう」
 週刊誌と違って、日刊紙は時間が勝負だ。スクープが確実となってきただけに、県警記者クラブキャップの顔付きも変わってくるわけである。
「事件が解決して、上野西署の捜査本部で記者発表が開かれる頃、すでに我社《うち》の紙面では、�もう一つの船岡駅�が大きい見出しとなっている、と、こういきたいね」
「もう京都に用事はありませんね。だったら新幹線に飛び乗って、宮本の足取りの検討は横浜へ帰る車中で、ということにしますか」
 浦上も食事を終えて、キャスターをくわえた。
 東北本線船岡駅から、上野駅までのコースは、それほど複雑ではない。足取りの検討といっても、「十四時三十二分」を起点として、時刻表から乗り継ぎ駅での発着時間を書き出すだけの、簡単な作業に過ぎない。
(終わったな)
 谷田も浦上も、余裕の感じられる表情で、ゆっくりとたばこをくゆらした。
『毎朝日報』のスクープは約束された。『週刊広場』は、
(殺された宮本淑子と、殺人犯の偽アリバイを陰で支えた村松真理。不倫妻二人が主役の特集になるかな)
 と、浦上は編集長への報告内容を、考えていた。
 浦上と谷田はレストランを出ると、エスカレーターで、一階へ下り、混雑するコンコースを横切って、電話コーナーへ行った。
 新幹線へ乗る前に、それぞれ東京と横浜へ、連絡電話を入れなければならない。だが、さらにその前に、いまこの場でできることで、必ず片付けておかなければならない�前提�があった。船岡の若い駅員、上田邦夫の確認である。
 谷田も、そうそれが先だ、という顔をし、
「今度は間違いなく、自分の指でダイヤルするんだな」
 機嫌のいい笑い声を立てた。
 浦上は改めて一〇四番で問い合わせ、〇二二四−五四−二〇〇一、と、東北本線船岡駅のプッシュボタンを押した。
 昨日と同じように、電話は少し待たされた。そして、昨日と同じ太い男の声が、最初に出た。
「JR船岡駅です」
 先方は、間違いなくそう言った。太い声の駅員は、助役のようだった。
 浦上が昨日の礼を言い、目的を告げると、
「お待ちください」
 先方はいったん受話器を置いた。その電話機を通して、「上田君、電話だ」と、呼ぶ声が聞こえ、駅事務室に特有のざわめきが伝わってくる。
 それも、昨日、淑子の実家からかけた電話で聞いた雰囲気と同じものだ。
 間違いなく、それが、つい三時間前まで、山陰本線と錯覚させられてきた、東北本線の船岡駅である。
 そして、その事実を、より一層はっきりと裏付ける若い男性の声が電話を代わった。
「お待たせしました。JR船岡駅の上田です」
 聞き覚えのある声だった。正《まさ》しく、昨日の純朴な声だった。
 浦上は受話器を持ち直し、
「お忙しいところを、またお呼び立てして申し訳ありません。昨日の質問に関連したことで、もう少し伺わせてください」
 と、話しかけながら、横の谷田に向かって、「オーケー」というように、親指と人差し指で丸を作って見せた。
 谷田はそれを待って、目の前のグリーン電話に、テレホンカードを差し込んだ。
 横浜支局と県警記者クラブへ電話を入れた結果、上野西署の捜査本部にも、神奈川県警捜査一課にも、目下のところ、表立った動きのないことが分かった。
「宮本はどうした? シッポをつかまれてはいないのか」
「警視庁記者クラブの取材によりますと、出頭は明日のようです」
「宮本から捜査本部へ、連絡が入っているのか」
「淑子の葬式は昨日終えたといっても、今日はまだ、後片付けで、ごたごたしているようです」
 と、若い記者はこたえた。
「明日か。明日ねえ」
 谷田は、しばし自分に向かってつぶやいてから、
「特ダネは、明日が勝負になるぞ」
 と、京都で発見した要点を伝えた。
「そんなわけだから、これまでのデータと突き合わせて、予定原稿を書き始めてくれないか」
 谷田は若い記者にそう命じると、
「オレは夜までには横浜へ引き返して、支局へ上がる」
 力を込めて言った。
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