たった、船で三十分ほどきただけなのに、昨日の海岸と繋がっているなんて思えないほど、海の色が青い。
「きてよかったね!」
聖がはしゃいだような声を出した。クラスでいちばん背の高い彼女は、脚《あし》もまっすぐで長い。ショートパンツから伸びたふくらはぎが太陽を反射するように光っていた。
週末以外は一日に一往復するだけだ、という連絡船には、意外にもたくさんの人が乗っていた。二十人くらいだろうか。けれども、みんな釣りをするためにその島に行くらしく、葛葉たち五人みたいに、バスケットを持った女の子たちはいなかった。
島に着いて、宿のおばさんが教えてくれた裏の海岸にまわってみると、やはりそこにはだれもいない。葛葉たちは、そうして貸し切り状態の海を手に入れたのだ。
中国|更紗《さらさ》のテーブルクロスを、ビーチマット代わりに敷いて、四隅を石で止めた。里美がラジカセを出して、音楽をかけた。セイントエチエンヌの物憂《ものう》げなメロディは海に合っているとは言えなかったけど、まあそんなものだ。
昨日の海水浴場のスピーカーから、大音量で流れていた量産型のポップスよりもずっといい。
もちろん、着替える場所などなかったから、ビーチタオルで身体を隠しつつ、素早く水着に着替えた。
シャワーもないので帰りは少し気持ち悪いだろう。けれども、船着き場のそばには、待合室代わりの小屋があって、その裏にはトイレと水道があった。砂で汚れた脚を洗って、体を拭《ふ》くくらいはできる。
白い肌によく映《は》える真っ赤な水着で、まっさきに海に飛び込んだのは、里美だった。ユンジャと聖が後に続く。
葛葉は横に立つ桃子を見た。桃子は、少し物憂げに煙ったような瞳《ひとみ》で笑った。
「葛葉は行かないの?」
「桃子こそ」
「わたしは浜辺にいる。気が向いたら行くわ」
いつも通りの大人びた口調。葛葉は少しどぎまぎして、照《て》れ隠しのように海に向かって走った。
桃子はどうして、いつもわたしたちと一緒にいるのだろう。
葛葉はよくそう思った。葛葉たち五人はクラスのはみ出し者みたいなグループだった。要領の悪い自分はもとより、我の強すぎるユンジャや、極端に内弁慶《うちべんけい》な聖、そうして、うそばかりつく癖《くせ》のある里美。みんな、なんとなくクラスのほかのグループからあぶれるように集まった。もちろん、それだけでなく、みんなのことが好きではあったのだけど。
葛葉の学校は、お嬢さん学校と呼ばれるような高校だったから、みんなどこかおっとりしていて、新聞や雑誌で読むようなひどい苛《いじ》めはない。けれども、精神面ではたしかにクラスの中に、明確な序列というかヒエラルキーがあった。
明るく活発な少女たちのグループが、いつもその頂点に立っていた。彼女らは明らかに葛葉たちを見下しているみたいで、不快な気持ちにさせられることもしばしばだった。
でも、彼女たちも、なぜか桃子のことは莫迦にしなかった。桃子が特に、人気者だとかそういうわけではない。彼女はどちらかというと無口だし、あまり自己主張をしない。風に揺れる柳みたいにそよそよと、どこへともなくなびいていく。
葛葉がどうしても苦手な、不良っぽいクラスメイトとも普通に話をするし、向こうも桃子を気に入っているみたいだった。彼女さえその気になれば、どのグループも桃子のことは受け入れるだろう。
だれにでも好かれる、というのとは少し違うような気がする。むしろ、だれにも嫌われない、というのが近いが、桃子が人から嫌われることを恐れているとは思えない。
桃子はどうでもいいみたいだ、と葛葉は思う。人から好かれようが、嫌われようが、自分がどう思われようが。
葛葉には想像もつかない。人の目はなにより恐ろしい。別に無害なことはわかっている、クラスメイトたちの視線でさえ、避《さ》けるように身体を縮《ちぢ》めていることしかできない。
葛葉は一度ユンジャに尋《たず》ねてみたことがある。
「桃子はどうして、わたしたちと一緒にいるのかな」
ユンジャは目をぱちくりさせた。どうしてそんなことを尋ねるのかわからない、といった様子で答える。
「わたしたちのことが好きだからじゃないの?」
ユンジャはいつも明快だ。