日射しはそれほどきつくはなくて、とても気持ちがよかった。
ほんのちょっとだけのつもりだったのだ。
里美が、眠い、と言い出して、桃子のふくらはぎを枕に寝転《ねころ》がった。ていよく枕にされた桃子も、少し疲れたのか、すぐにすうすう寝息を立て始めた。
聖は身体を焼くのだ、と言って、サンオイルを塗って、浜辺に寝そべった。なんだか気持ちよさそうな三人の様子を見ていると、葛葉まで眠くなってきた。
ユンジャはまだ飽《あ》きずに、ビーチボールを胸に抱いて海に浮かんでいる。
ユンジャが起こしてくれるだろう、そう思って、葛葉もビーチマットの空《あ》いた部分に身体を縮めて、目を閉じた。
砂はほこほこと、身体を芯《しん》から温めてくれるようで、葛葉はすぐに心地《ここち》よい眠りの中に引きずり込まれた。
「ちょっと、起きて!」
いきなり聖の声がして、葛葉は飛び起きた。聖は脚についた砂を払いながら、青い顔をしている。
「どうしたの?」
まだぼんやりしたまま返事する。見れば、ユンジャも葛葉の足下で丸くなるように眠っていた。桃子と里美ものろのろと起き上がる。
「時間、もう四時過ぎてる!」
聖が腕時計を、目の前に差し出した。
みんなで顔を見合わせる。帰りの船は三時四十分に出る、と聞かされていた。
「うっそお、大変!」
すぐさま、ユンジャを叩き起こした。荷物は、押し込むようにまとめて、水着のまま船着き場に走る。着替えている時間なんかない。
息を切らして、船着き場に着いたとき、そこにはだれひとりいなかった。もちろん、船の影もない。
「最低ー」
里美が空を仰《あお》いだ。ユンジャが、帆布のバッグを探《さぐ》って、携帯を出す。
「うう、駄目。圏外みたい」
「そりゃ、そうでしょう」
聖が両手を組んで、不安げにあたりを見回した。
「ここ、人住んでいないんだよね」
「うん、おばさんもそう言っていたよ」
「じゃあ、明日までこのままってこと?」
だれもいない島で、一晩を過ごす。そう考えただけで、葛葉の皮膚に鳥肌が立った。
顎《あご》のあたりでぷっつり切りそろえた髪を弄《もてあそ》びながら、桃子が言う。
「でも……、宿のおばさんはわたしたちがここにきたことを知っているでしょ。今晩も泊まることになっていたから、帰らなかったら不審に思うんじゃないかな」
いつも通りの冷静な口調に、なんとなく緊張がほぐれる。ユンジャも力強く言った。
「きっと、警察に連絡してくれるよ」
葛葉はふいに思う。たとえ、トラブルがあったとしても、桃子とユンジャがいれば大丈夫なのではないか。
真っ青になっていた聖もやっと落ちついたみたいだった。
「うん、大丈夫だよね」
里美が、ただでさえ大きな目を見開いて、口を尖らせた。
「でも、船の人、わたしたちがいなかったことに気づかなかったのかな。ちゃんと人数確認してくれればよかったのに」
もしかして、キャンプかなにかだと思ったのかもしれない。
「どうしよっか」
「とりあえず、着替える?」
葛葉たちは待合室の裏に行った。順番に足を洗って、タオルを濡らして体を拭いた。
ビーチタオルを巻いて水着を脱ぎ、着てきた洋服に着替える。
焼けすぎた肌がひりひりと痛かった。
身支度を整えて、待合室に移動する。プレハブ小屋に、錆《さび》の浮いたベンチが並んでいるだけの場所だったが、室内というだけで少し落ちつく。
「少なくとも、しばらくは船も迎えにこないよね」
「うん、宿のおばさんも、一時間や二時間遅れたくらいでは、なんとも思わないだろうし」
下手《へた》をすると深夜になってしまうだろう。聖が深くため息をついた。
「お腹|空《す》くだろうなあ」
「お菓子、どれだけ残っている?」
ユンジャの提案にみんな鞄《かばん》を覗《のぞ》き込む。ビスケットが一箱残っているほかは、グミキャンディとか、バナナチップスとかが少しあるだけだ。どちらにせよ、五人の夕食には少なすぎる。
「ダイエットだと思えばいいんじゃない」
ユンジャが言って、みんな笑った。少しずつ緊張はほぐれてきたみたいだった。
まあ、深夜か、最悪の場合でも明日の午前中には船はやってくる。それまでこちらからできることはなにひとつないのだ。
少なくとも五人でいれば、お喋《しゃべ》りはできるから、時間を持て余すことなどない。ゆうべだって、明け方近くまで寝ずに喋り続けていたのだ。
話すことなら、いくらでもある。嫌いな先生の話とか、クラスの感じの悪い子の話。新しくできたアイスクリーム屋の話から、里美のバイト先にいる素敵な大学生の話になる。
そのファミリーレストランでバイトしている大学生は、自分のことが好きかもしれない、と里美は遠回しに言う。
(どこまで本当かどうかわからないけどね)
葛葉は少し意地悪なことを考えながら、里美の話を聞いていた。たぶん、ほかの三人も同じことを考えているのだろう。
里美はうそつきだ。里美の話の中では、彼女はいつも素敵な男の子に憧れられていたり、有名な人と知り合いだったり、お洒落《しゃれ》な場所を知っていたりする。
「不幸パターンもあるわよね。心臓が弱いとか、お母さんが倒れた、とか」
聖があるとき、くすくす笑いながら言った。
「あれ、うそなの?」
目を丸くした葛葉の額《ひたい》を、聖がグーで殴《なぐ》るまねをする。
「葛葉、信じていたの?」
聖と里美は、家が近所で小学校からのつきあいらしい。お母さん同士も親しいのだと言う。
「里美のところのおばさんはいっつも元気そうだし、里美だって健康そのものだってさ」
「なんで、そんなこと言うんだろう」
裏切られたような気になって、ちょっと落ち込んだ葛葉に、聖は笑いかけた。
「里美にもよくわからないんじゃない。だって、うそついたって、わたしにはすぐばれちゃうのにさ」
素敵な男の子の顔を見た人は、だれもいなかったし、お洒落な場所の話は、よく聞いてみると少し変だった。
ユンジャなどは最初、真剣に怒っていたみたいだけど、そのうちに慣《な》れてしまったのか、笑いながら聞くようになった。
不思議なのは、里美にはうそつきの癖以外には、小賢《こざか》しいところはなかったということ。自分が中心でなければ満足できない、というタイプでもなかったし、あまり、他人を嫌うこともないようだった。
葛葉には少し、里美の気持ちがわかる。たぶん、里美は自分がどこか欠けているような気がしているんだろう。だから、なんとなく現実だけでは不安で、うそを重ねてしまうのだろう。
その気持ちがわかるのは、葛葉だけではないと思う。聖もユンジャも桃子も、わかるからこそ、里美を責めたり、うそを追及したりはしないのだろう。
里美のうそは、どこか妙にきらきらしていて、少しも聞くのが苦痛ではなかった。