葛葉は立ち上がって伸びをした。
「どうしたの?」
椅子の上で脚を抱えている桃子が尋ねる。
「トイレ行ってくる」
「あ、そ」
里美が所在なげにラジカセのスイッチを入れた。曇った女性ボーカルが流れはじめる。それを聞きながら、葛葉は待合室を出た。
音楽に合わせて、鼻歌を歌いながら、トイレに向かう。
用を足して出てきたとき、はじめて気づいた。海に大きな夕日が落ちていた。
赤い色が海に滲《にじ》んで血のように広がっている。空も鮮《あざ》やかな朱に染まり、なんだかぞっとするくらいきれいに見えた。
待合室の後ろは、高台のようになっている。そこから見ると、もっときれいだろう。
葛葉は駆け出した。ビーチサンダルをぺたぺた鳴らしながら、坂を駆け上がる。太陽が沈む前に、坂の上に辿《たど》り着きたかった。
息を切らしながら、てっぺんまで登った。たぶん、ここがこの島でいちばん高いところだろう。
太陽はもう半分以上、海に沈んでいる。空の上の方が少しずつ暗くなる。
絵が描きたい、と葛葉は思った。青い油絵の具を塗った上に、赤い色を重ねていきたい。鞄の中にスケッチブックと色鉛筆ならある。待合室に戻ったら、この景色を少しでも描きとめておこう。
ふと、高台にも水道の蛇口がひとつだけあることに気づいた。なんの気なしに捻《ひね》ってみると、鉄錆色の赤い水が噴《ふ》き出す。
水はすぐ、透明になる。汗をかいて気持ちが悪かったので、両手にすくって顔を洗った。
ついでに、足も洗う。ビーチサンダルを脱ぎ捨てて、ワンピースの裾《すそ》をめくり上げる。
ひんやりとした水が、縒《よ》れるように足に沿って流れていった。