高一の二学期、美術の準備委員だった葛葉は美術室の後片づけをしていた。準備委員はほかにも三人いたのだけど、三人で示し合わせて、葛葉に押しつけて去っていってしまったのだ。
人と言い争うくらいなら、たったひとりで机を並べ替えるくらいなんでもない。葛葉はそう思って、抗議しようとはしなかった。
三分の一くらいまで机を元に戻したときだった。
「ひとりでやっているの?」
透明感のある声がして、振り返ると、そこに髪の長い少女が立っていた。強い視線と彫りの深い顔立ち。まったく着崩していない制服がすがすがしかった。
絵の具を持っていたから、次のクラスの生徒だということはわかった。
「ごめんなさい。今片づけます」
彼女はそれにはなにも言わず、質問を浴びせた。
「ひとりなの? ほかの人は?」
「準備委員の子がみんな休みだから……」
葛葉はうそをついた。その子はにこりともせず、絵の具を置いて、机を並べ替えるのを手伝いはじめた。
葛葉はひどく驚いた。
「あ、あの……わたしがやるから……」
「ひとりでやるより、ふたりでやるほうが早いでしょ」
そう言いながらがたがたと手際よく、机を片づける。彼女は力持ちだった。葛葉がやるよりも、ずっと速いスピードで片づけていった。
片づけ終わると、彼女はさっさと自分の席に絵の具を置いて座った。ぽつぽつと、次のクラスの女の子たちがやってくる。
葛葉は彼女のところに小走りで行った。
「あ、あの、どうもありがとう」
彼女ははじめて笑った。どういたしまして、とも、気にしないでいいわよ、とも言わなかった。ただ、にっこりと笑っただけだった。
同じクラスの子がやってきて、彼女を呼んだ。
「ユンジャ」
葛葉はその、異国めいた響きを心にしまいこんだ。そうして、いつかそんなふうに彼女を呼んでみたい、と思ったのだ。