爪を噛む癖など、もうとっくに治ったと思っていたのに。
夜はとっぷりと更けている。解熱剤を飲んだ葛葉はもとより、桃子も疲れ切ったのか、かすかな寝息を立てていた。
ユンジャはずっと考えていた。眠れなかった。眠たくもなかった。疲れているはずなのに頭が、恐ろしいほど冴《さ》えていた。
たぶん、ユンジャたちの体力はそう続かないだろう。もう二日もまともに食べてはいないのだ。おまけにこの暑さだ。
でも、彼は違うだろう。テントを用意しているということは、食料もそれなりに運び込んでいるのだと思う。たぶん彼は待っているのだ。ユンジャたちが衰弱するのを。
運がよければ、明日の朝、また連絡船がここにやってくるかもしれない。そうすれば、ユンジャたちは助かるだろう。でも、こなければ?
もし、ほかにすることがなにもないなら、そのわずかな運に賭《か》けて、眠ってしまうのもいい。でも、本当にすることはなにもないのだろうか。
ユンジャは思い出す。
オモニは誇りを持って生きなさい、と言った。そうして、仲間を大切にしなさいと。
(ねえ、オモニ。こんなとき、わたしはどうすればいいと思う?)
葛葉はまたうっすらと汗をかいている。ユンジャはハンカチで、それを拭った。
葛葉がユンジャのことを好きでいてくれることは、ずっと気づいていた。葛葉はあまりことばや態度で、そういうことを示すほうじゃないけど、それでもわかる。
最初はなんだかくすぐったかったけど、うれしかった。自分はなんにも間違っていなかったんだ、と信じられたから。
名前のことだってそうだ。ユンジャはときどき不安になった。もしかして、呼ばれるままに、みんなと同じ響きを持つ名前にしていればよかったのかもしれないと。
小学校まではそれで通していた。金村《かねむら》潤子《じゅんこ》と言う名前で。それに戻したほうがいいのかもしれない、とときどき思った。
そう思わなくなったのは、葛葉の一言のおかげだった。
高二で同じクラスになり、お弁当を一緒に食べるくらいに仲良くなったあるとき、葛葉は話してくれた。ユンジャのことを、高一のときから知っていると。
その、美術室の出来事をユンジャは覚えていなかった。そんなこともあったかもしれない、とは思ったけど、そのときの女の子が葛葉だったかどうかなんて覚えていない。
正直にそう言うと、葛葉は傷ついた様子もなくこう言った。
「あのとき、だれかがユンジャの名前を呼ぶのを聞いて、いいな、と思ったの」
「いいってなにがよ」
笑いながらそう尋ねると、葛葉は急に赤くなってこう言ったのだ。
「なにって、響きとか……そういうのが」
ただ、それだけのことだ。本当にそれだけ。でも、人が強くなれるのは、こういう些細《ささい》なことのおかげではないのだろうか。
ユンジャはゆっくりと立ち上がった。
時間は三時をまわっている。バッグの中身を全部出して、肩にかけた。折った竹箒を片手で持つ。
最後に振り返って、葛葉と桃子の顔を見た。