夜が明ければ、彼は警戒をはじめるだろう。そうして、暗すぎれば動けない。
だから、今だ。この夜が明ける瞬間しか時間はない。
ユンジャは走った。これは賭だ。負けるわけにはいかないけど、ある意味、負けてもともとなのだ。矛盾しているけど、今はそうとしか思えない。
どうせ、無事に船に間に合っても、事故で死んでいたのなら、今、ここに生きていることがおまけみたいなものだ。でも、どんなことがあっても、葛葉と桃子を死なせるわけにはいかない。
だから、必死になって走った。少しずつ闇が薄まってきて、視界がはっきりとしてくる。
砂浜に辿り着き、そこから林の中に入る。昼間、テントを見つけた方向に向かって歩き続けた。
足下は露でぐっしょりと濡れていて、ひどく冷たかった。聞いたことのない、鳥の声がする。
ユンジャは額の汗を拭った。
ふと、足が止まる。そこだけ、土の色が変わっていた。わざと、落ち葉を掻き集めてあるのが、よけいに不自然だ。
ユンジャはしゃがみ込んで、土を撫でた。明らかにそこだけ軟らかい。
深く息を吐く。心でつぶやいた。
(聖……見つけた)
たぶん、ここに彼女が埋められたのだろう。ユンジャはそう確信した。可哀想な聖。でも、あなたをここで眠らせたままにはしない。
ユンジャはビーズのブレスレットを外して、そばの針葉樹の枝に留めた。
(あとで絶対、迎えにくるからね)
土の中で眠っている聖に、ユンジャは約束した。ユンジャは約束を破らない。絶対に。
今は時間がないのだ。
そうして、また走り出す。遠くの方にテントが見えた。
だれかに呼ばれたような気がして、葛葉は目を覚ました。
夜はうっすらと明けかかっている。全身が汗でびっしょり濡れていた。
横では桃子が身体を丸めるようにして、眠っていた。
嫌な予感がした。声に出して呼んでみる。
「ユンジャ?」
返事はない。