殺すつもりはない。もちろん、向こうがその気なら、こっちだって躊躇はしないけど。でも、できることならそれは避けたい。
少し大きめの石を探して、あたりを見回した。ちょうど、片手でつかめる大きさの石を見つけて、それを手に取った。竹箒は、とりあえず足下に置く。
テントの中の様子を窺う。中で、人が動いている気配はなかった。ユンジャはそっと、入り口から中を覗いた。
男は眠っていた。ユンジャの考えたとおりだ。
音をたてないように中に入る。
男の顔を見ながら、ユンジャは少し迷った。殺すつもりはない。でも、殺してしまうかもしれない。ユンジャは犯罪者になるのだろうか。
大きく息を吐いて、葛葉と桃子のことを考えた。だとしてもしょうがない。ユンジャは負けるわけにはいかないのだ。
石を男の頭に叩きつけた。
「ぐうっ!」
妙な声を出して、男の身体が弛緩《しかん》した。
息が止まりそうだった。震える手で男の手首を探った。
脈はまだある。死んではいない。男の額からすうっと血が流れ出す。赤い血が、顔の上部を覆った包帯を濡らした。
意識が戻ることを恐れて、ユンジャはハンカチで男の両手を縛《しば》り上げた。
拘束してしまうと、少し安心する。男の顔を覗き込む。若くはない。たぶん、四十代か五十代だ。
ユンジャはテントの中を見回した。大きなスコップを発見して、それを持って帰ることにした。聖を迎えに行かなければならない。
テントの片隅にリュックを見つけた。その蓋《ふた》を開ける。中には乾パンやドライフルーツなどの保存食があった。缶詰もいくつかある。
それを詰められるだけ、自分の鞄の中に移した。ついでに缶切りを探す。
リュックには小さなポケットがたくさんついていた。それを片っ端から覗いていく。
あきらめかけた頃、缶切りのついた小さなサバイバルナイフを見つけた。
ほっとする。これで帰ろう。少なくともこれだけ食べ物があれば、しばらくはしのげるだろう。
狭いテントの中で立ち上がろうとしたとき、背中にどん、となにかがぶつかった。
痺《しび》れるような感触があって、それが掌《てのひら》を返すように激痛に変わっていく。
反射的に飛び退《の》いた。
男が起き上がっていた。血で染まった包帯の間から、狂気を含んだ目がこちらを見ている。
彼の拘束された両手には、血染めの包丁が握られていた。
刺されたのだ。
そう思うと、急に全身から力が抜けた。
だが、ここで負けるわけにはいかない。ユンジャは傍らのスコップをつかんだ。