葛葉は坂の上で夕日に見とれた後、水道で足を洗っていた。
ふと、人の気配を感じて振り返った。
そこに、中年の男性が立っていた。黒い帽子を目深《まぶか》くかぶって、どこか惚《ほう》けたような表情で。
葛葉は驚いた。この島にはだれも住んでいないと思っていた。それとも、葛葉たちと同じで、船に乗り遅れてしまった人なのだろうか。
とりあえず、挨拶《あいさつ》した。
「こ、こんにちは」
男はなにも言わず、葛葉に飛びついてきた。彼女を地面に押し倒し、そして、ワンピースの裾をまくり上げた。
恐怖で声も出なかった。下着を押し下げられようとしたとき、やっと震える声で言えた。
「やめてくださ……」
男は笑った。さも、おもしろそうに。
そのあとのことはよく覚えていない。葛葉は必死になってもがいて、暴れて、気がつけば、男が倒れて呻《うめ》いていた。
両手で右目を覆って、身体を折り曲げて、苦しそうに。
葛葉は自分の右手を見た。血がついていた。
激しい恐怖を覚えて、葛葉は駆け出した。みんなのところに向かって。