テントの中から声がした。桃子は大きく深呼吸をした。
「ねえ、話を聞いてよ」
男が出てきた。包帯を巻き直したのか、赤い染みは消えている。片手には包丁を握りしめたままだ。
桃子は上目遣《うわめづか》いに、男を見た。必死で訴える。
「お願い、殺さないで。なにもしないから。なんでも言うことを聞くから」
「もうひとりはどうした」
「あんな子知らない。だって、さっきはじめて聞いたんだもの。あの子が、あなたを傷つけたんだって」
少し男のまわりの空気が緩んだ気がした。
「ねえ、悪いのはあの子でしょう。わたしは関係ないんでしょう。だったら、わたしは助けてよ」
男が低い声で笑った気がした。包丁を握りなおして、桃子にゆっくり近づいてくる。
「手を挙げろ。いいと言うまで絶対に下ろすな」
桃子の背中に包丁をつきつけたまま、身体中を探った。思わず息を呑んだ。見つかりませんように、と祈った。だが、虚《むな》しくジーンズのポケットに潜ませた、サバイバルナイフを見つけられた。
「ふん、小娘のくせに、油断も隙《すき》もないな」
「だって、あなたが話を聞いてくれるかどうか、わからなかったんだもの」
サバイバルナイフを、手の届かないところに投げられた。桃子はさりげなく目で追う。なんとしても取り戻さなければならない。
「服を脱げ」
男は包丁をつきつけたまま言った。桃子はぎゅっと唇を噛んだ。でも、これはもともと予測していたことだ。むしろ、こうならなければ、桃子に勝ち目はないのだ。
素早くTシャツを脱ぎ捨てた。ジーンズのファスナーを下ろして、脱いだ。
その潔さに男は驚いたようだった。
「恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいに決まっているじゃない」
包丁を持っていないほうの手で、胸をゆっくりと撫で回され、鳥肌が立つ。
男の手が、薄いコットンのブラジャーを剥《は》ぎ取った。
「そこに横になれ」
湿った土の上に、裸で横たわるのは気持ちが悪い。不快感を押し隠しながら、言われたとおりにする。
男の手がショーツを引き下ろした。吐き捨てるように言った。
「おまえらなんか、みんな一皮|剥《む》けば淫売《いんばい》だ。金さえもらえば、簡単にパンツを脱ぐんだろう」
心で答える。そう、淫売になることなんて、本当に簡単だ。だけど、あんたにはその本当の意味なんてわからない。
男は乱暴に突き込んできた。身体の柔らかい部分を突き破られる激痛。
歯の間から、苦しげに息をもらす男を見上げる。彼の顔はひどく歪んでいた。
なんとなく、急に可哀想な気がした。彼はもしかして、桃子たちのことがとても好きなのかもしれない。
痛みに、気が遠くなりそうなのを必死で堪《こら》える。隙をみて、包丁を奪わなければならない。
彼は何度も自分勝手に突き込んでくる。桃子は歯を食いしばった。
ふと、目を開けた桃子は、男の後ろに葛葉の姿を見つけた。
葛葉は大きな石を抱えていた。それを思い切り、男の頭に振り下ろした。
鈍い音が響いて、男の身体が桃子の上に崩れ落ちた。桃子はその下から這《は》いだした。
葛葉は泣き出しそうな顔で、それでも笑った。