私が選手たちに本書の趣旨、狙いどころを話すと、彼らの反応はさまざまであった。ぽーんと返事のはねかえってくる者、30秒ほど考えてから、ぽつり、ぽつりとしゃべり出す者、うなりながら記憶をよびおこそうとする者——。
しかし、これだけははっきりいえると思った。すらすらと、しゃべる男でも、脂汗を浮かべながら、記憶をたどる男でも、みんな他人にはいえない、自分だけの悲しみ、自分だけのよろこびを持っていた。
スター選手になると、その資料は数冊分の本と同量になる。だが自分だけが知っている悲しみ、自分だけが知っている感動などは、その資料に書いてない。
資料に書いてない部分を、私は取材し、光を当てたというよろこび、満足をいま感じている。
私は数十人の選手を取材し、痛感したことがある。とくにベテランになればなるほど、この傾向は強かった。
——一番、忘れられない、運命的な試合はどんなものだったか。
と質問すると、70%〜80%の選手がつらい試合をこたえてくれた。
さよならエラーした試合、優勝を賭けた試合でのエラーや三振、みんなつらく、苦しい思い出の試合ばかりだった。
人間は嬉しい思い出よりも、つらい思い出の方が、心に焼きついているのだろうか。また私自身も、ヒーローになった試合よりも、そういう切ない思い出の原稿に、情熱が湧いた。
なお本書は昭和57年2月から8月まで、『タ刊フジ』運動面に「運命を変えた1球」というタイトルで連載したものを、一部修正、編集しなおしてまとめたものである。
取材に協力してくださった数十人の選手には心から御礼を申し上げます。だが残念なことには、編集の都合上、全員を紹介することはできない。そこで一部割愛させていただいたが、まことに申しわけないと思っている。なにとぞ御了解いただきたいと思います。