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運命を変えた一球04

时间: 2019-05-09    进入日语论坛
核心提示:西本聖 ドラマはたった一球にあり「たった1球が名舞台より、なお奥行きの深いドラマを生む」 西本聖投手(松山商、巨人)はこ
(单词翻译:双击或拖选)
 西本聖 ドラマは“たった一球”にあり
 
「たった1球が名舞台より、なお奥行きの深いドラマを生む」
 西本聖投手(松山商、巨人)はこの思いに感動した。
 昭和55年5月28日、後楽園球場で巨人対大洋10回戦が行われた。先発は西本と平松政次投手との勝負である。
 この時点の西本は3勝4敗、また巨人対大洋のカードも巨人の4勝5敗、つまり西本が勝ち投手になれば西本自身は4勝4敗、巨人は対大洋戦5勝5敗の五分になる。だから西本にとっては、勝ちたくて勝ちたくて、体のふるえるような試合だった。
 三回終了で0対0。四回表、大洋の攻撃に移った。だが野球なんて不思議なものだ。それほど勝ちたい西本が先に崩れた。
 大洋は四回無死、四番・高木嘉一右翼手が左前安打、五番・田代富雄三塁手が左翼席本塁打して2点。六番・松原誠一塁手は中飛に終わったが、七番・ジェームス左翼手が左前安打して出塁、打席に八番・福島久晃捕手が入った。
 カウント0─2後の3球目、西本は真ん中に速球を投げた。それを福島は左前安打して一、二塁と持ち込んだ。
 すると、この場面で長島茂雄監督がとびだし、西本を加藤初投手に代えた。要するに、西本は打者17人、投球数65球でKOである。そしてこの試合は大洋が3対2で勝ったので、西本は負け投手になった。
 さてその夜、西本は寝つけない。
「田代の2点本塁打は仕方がない。しかし、なぜ福島の0─2後の3球目に、ど真ん中の速球を投げたのか。あれはアマチュアのピッチングだ。あの場面はシュートで併殺打を打たせてこそプロフェッショナルなんだ」
 福島の左前安打が目の前にちらつき、ただ寝返りを打つだけである。
 ここで話題を56年9月15日、横浜球場で行われた大洋対巨人24回戦に移そう。
 この試合前の対戦成績を伝えると、巨人の18勝3敗2分け。「巨人を独走させた責任者は大洋である」といわれていた。
 先発はまたまた西本と平松だった。試合は18勝の巨人が先行した。二回一死後、二塁走者・淡口憲治左翼手をおき、八番・山倉和博捕手が中前安打して1対0、そして問題の二回裏に入った。
 大洋は無死、五番高木が西本の外角球を左翼線三塁打、打席に六番福島を迎えた。大洋ダグアウトからは巨人が二回に1点を入れたとき、「今夜もまたダメか」という、腹立たしさと絶望感が流れ出した。
 それはそうだろう。それまで23回顔が合って、3回しか勝てなければ、人間だれでも腹も立つし、絶望的にもなってしまう。
 そういうところへ高木が無死三塁走者になった。
「とにかく同点にさえすれば、今夜は勝てるかも知れない」
 土井淳監督、大洋ナインはそう思って、打席内の福島に祈るような視線を送った。
 初球、外角の速球が外れてボール、2球目カーブもボール、カウント0─2になった。3球目、西本は福島の殺気に似たものを18メートル44センチ離れた地点で感じていた。
 同時に1年前の大洋戦のとき、カウント0─2後の3球目、福島にど真ん中の速球を投げ、KO負けした場面も思い出していた。
 西本は福島の3球目にどんなピッチングをしたのか。内角ぎりぎりに、えぐるようなシュートを投げた。福島はバットを出して投ゴロ。三塁走者高木はスタートできないまま一死になった。
 大洋は福島だけではない。七番・ピータース中堅手もシュートにつまって遊ゴロ。八番・斎藤巧三塁手は四球だったが、九番平松もシュートを二ゴロ。無得点である。
 このピンチを無得点に抑えた西本は、打者数35人、投球数104球で完投シャットアウト、1対0で勝ち投手になった。その晩、西本はしみじみと思ったそうだ。
「カウント0─2になったとき3球目にシュートがくるだろうとは、当然、福島だって予想したと思う。その予想通りにシュートを投げて成功した。男とはかんじんカナメの勝負どころでは、たとえ相手が予想していたにせよ、自分の得意ワザで勝負するものなんだなあ」
 相手が予想しているからといって、勝負どころで自分の得意ワザを使わないのは、本当の勝負師とはいえない。
 だが西本と福島をめぐる“たった1球”のドラマはこれで終わってはいない。それどころか私が本当に書きたい話は、福島が投ゴロでアウトになった、それからあとなのである。
 福島が投ゴロを打ってアウトになると、土井淳監督は三回表の守備から、恭彦捕手を出した。なぜ福島をに交代させたのか。交代理由はいろいろあるだろうが、要するに頭にきたといっていい。
「スコアは1対0で負けていて無死三塁走者、しかも六番打者がカウント0─2後の3球目に手を出して、投ゴロで無得点とはいったい、どういうわけなんだ」
 なお具合の悪いことには、この試合前の対戦成績が巨人の18勝3敗2分け、土井監督も巨人と聞いただけで、神経がいらいらしていた。
 その翌16日の午後2時50分頃、私は横浜球場三塁側の巨人ダグアウトで大洋の打撃練習を見ていた。時間が早いので巨人選手は一人も姿を現していない。
 すると私服の藤田元司監督がふらりとやってきて、私の隣に座りこんだ。私が雑談しながら藤田監督を観察していると、藤田監督の目はグラウンドの大洋ナインを追っている。
 そのうち藤田監督の視線が一点で静止、一人の人物から目を離さない。きのう投ゴロを打ち、三回からと交代した福島であった。私も福島を見ていると、彼はバッティングケージ後方に立ったまま動かない。
 無死三塁という得点場面に投ゴロを打ち、交代させられた精神的ショックから練習どころではないのである。
 突然、藤田監督がどなり始めた。
「おーい福島、どうしたんだ」
 藤田監督は昭和50、51年の2年間、大洋投手コーチをつとめた。福島はそのときの部下である。そういう意味では、大声で呼んでも不思議ではない。しかし、いまは敵の大将である。福島も返事をしていいものやら、困り果てている。
 すると藤田監督は、なお手招きをして福島をよんだ。それから時間にして10秒ぐらい、話しかけた。
「なあ福島。人生にはいろいろなことがある。元気を出して練習しなければだめじゃないか」
 福島は小さくうなずきながら、引き返して行ったが、その顔はいまにも泣き出しそうだった。
 私は藤田監督と福島のやりとりを見ていて、野球なんて不思議なものだと思った。
 西本は前夜、福島に対して0─2後の3球目、内角シュートを投げた。西本はその1球で「勝負どころでは、得意ワザを使うものだ」という勝負哲学をつかんだ。だが同じ1球でも、藤田監督はかつての部下に愛情をぶちまけている。
 西本も藤田も“たった1球”というところから出発はしている。しかし巨人が勝ったとか、大洋が負けたとかいう次元より、もっと高いところで考えたり、かつての部下に接触したりしているような気がしてならない。
“たった1球”が名舞台より奥行きの深いドラマを生むというのは、ここらあたりの話である。
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