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運命を変えた一球27

时间: 2019-05-09    进入日语论坛
核心提示:杉浦享 ドタン場で演技は無用 宮本武蔵が佐々木小次郎と船島(巌流島)で決闘したのは慶長17年4月である。武蔵と小次郎が波打
(单词翻译:双击或拖选)
杉浦享 ドタン場で演技は無用
 
 宮本武蔵が佐々木小次郎と船島(巌流島)で決闘したのは慶長17年4月である。武蔵と小次郎が波打ち際でかわす言葉は、吉川英治作「宮本武蔵」によると、こうなっている。
「小次郎っ、負けたり!」
「なにっ」
「きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ」
「だまれっ、なにを以って」
「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てん——鞘は汝の天命を投げ捨てた」
「うぬ。たわ言を」
「惜しや。小次郎、散るか。はや散るをいそぐかっ」
 私は杉浦享外野手(愛知高、ヤクルト)をめぐる話を書くのに、なぜ武蔵と小次郎の名場面を持ってきたのか。実は“逆転・サヨナラ本塁打”を打った杉浦の心理と、打たれた星野仙一投手の心理とが、武蔵と小次郎にあまりにもよく似ていたからだ。
 昭和53年9月20日、神宮球場でヤクルト対中日21回戦が行われた。この時点で首位ヤクルトは2位巨人に1ゲーム差、マジック11であった。
 さて杉浦に話題をしぼろう。杉浦は前日、同球場での対中日20回戦終了時点で打率2割9分7厘、六番打者としては当たっているのだが、どこか精神集中度が足りなかった。
 たとえば20回戦の六回、一番・谷木恭平中堅手の飛球を落球(記録は二塁打)したり、21回戦の七回には四球なのにボールカウント1─3と間違えて、主審・大里晴信に注意されたりしている。
 だが、人間なんて不思議なものだ。そういう杉浦の眠っていたような神経が、ある現象を境にして日本刀のように凄味をおびてくる。
 試合は2対0、中日がリードのうちにヤクルト最後の攻撃に移った。無死、四番・大杉勝男一塁手が左翼線二塁打で出塁すると、五番・マニエル右翼手は中前安打し一、三塁と持ち込んだ。
 ここで杉浦に打順が回ってきた。初球、カーブのストライク。2球目、シュートがボール。カウント1─1になった。
「星野さんは初球、2球目のときグラブの中でボールを握り、それから投球動作に移ったんですね。だから球種は予測できなかったんです。それなのに3球目、グラブを前にだらりと下げ、その外側でストレートの握りをわざと私に見せるわけですよ。星野さんにしてみれば、わざとストレートの握りを見せて、実際はカーブでくるのか、あるいはその裏の裏をかいて、ストレートでくるのか、ずい分と演技しているわけです。私はその星野さんの顔と(ボールの)握りを見た瞬間、“星野さん、迷っているけれど、間違いなくストレートで勝負してくる”と直感し、ストレートに的をしぼっていたんです」(杉浦享)
 吉川英治が杉浦対星野の名勝負・名場面を書けば「仙一、なんでそんな演技をするのか。仙一、はや散るをいそぐかっ」となるのか。
 杉浦の予測は当たった。わざとストレートの握りを見せ、その裏の裏をかいて、星野は内角にストレートを投げてきた。杉浦はそれを右中間に逆転・サヨナラ本塁打し、マジック10とした。
「夜中にふっと目をさましたとき、あの場面をよく思い出すんですよ。でも、あの3球目のとき星野さんが握りの演技をしなかったら、果たして本塁打を打てたかどうかと思うと、ぞっとしますね。あの一発で、プロで飯が食って行けるという自信みたいなものがついたんですから」(杉浦享)
 男はぎりぎりのどたん場では演技するな、“裸一直線”で勝負しろという話なのか。
 さて、感動的な本塁打を打った杉浦は、ダイヤモンドを夢中で走りながらこみ上げる熱い思いとは別に、一人の人物を思い出していた。杉浦が愛知高2年生のとき、脳出血で他界した父親秀夫さんである。
 杉浦は愛知高1年生で野球部に入部すると、すぐ投手になった。「お父さん、オレ、投手だ」と伝えると、秀夫さんはさびしそうな表情で、杉浦が一生忘れられないような名文句を吐いた。杉浦はダイヤモンドを走りながら、その名文句を思い出していた。
「お前、投手なのか、打者じゃないのか。それなら、お前のサヨナラホームランは見られないなあ」
 これには杉浦も参った。投手でも打てる場合があると、いくら説明しても秀夫さんは納得しない。その秀夫さんも杉浦が愛知高2年生のとき、脳出血で他界した。
「おやじが生きていれば、ひと目見せてやりたかった——」
 そう思うと、杉浦は熱いものがこみ上げてくるのである。当日、神宮球場にやってきた3万1000人の観客のうち、「ダイヤモンドを走る杉浦が、おやじのセリフを思い出して涙ぐんでる」などと想像した者が、一人でもいたか。プロ野球は反射神経の天才児がやっているのではない。人間がやっているというのは、ここらあたりなのだ。
 話題を変えよう。美津子夫人の出産予定日が、ちょうどこの20日にあたっていた。
「杉浦が逆転サヨナラ本塁打を打ち、病院にかけつけると美津子夫人が産気づく」
 こうなれば都合よいのだが、現実はそうはいかない。「まだか、まだか——」といっているうち、9月23日、広島市民球場での広島対ヤクルト22回戦のため、杉浦は出かけて行った。
 当日の試合開始は午後1時である。それが昼すぎ、東京・文京区の日本医大病院で美津子夫人は2780グラムの男の子を産んだ。試合直前、杉浦は佐竹一雄広報担当から連絡を受けた。
「杉浦、いま球場事務所に電話が入った。奥さん、男の子を産んだ。やったなあ」
 杉浦は本当にダグアウトのすみで涙をポロポロ流した。女房がこれほど愛しく思えたことはなかった。
 杉浦はこの試合でまた本塁打でも打ったのか。とんでもない。四回無死、三塁走者に大杉、一塁走者にマニエルをおく場面で投飛。そればかりではない。六回、三番・ライトル右翼手の打球を目測を誤って二塁打としてしまい、試合は7対4で負けた。プロ野球は人間がやっている、としみじみ思う。
 杉浦は男の子になんという名前をつけたのか。
「ずっと前から、ヤクルトの担当記者になんという名前つけるの、と質問されていましてね。当時は“優勝”のことしか頭にありませんでしたから、男でも女でも、どちらでもいいように“|優《ゆう》”とつけると返事していたんです。約束通り“優”にしました」(杉浦享)
 優ちゃんはいま、もう保育園に通っている。
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