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小説日本芸譚3-6

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   6 利休が雪の中を大徳寺から帰って半月ほど経った二月十三日、処断の前触れとして、先《ま》ず堺に引取って蟄居《ちつき
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 利休が雪の中を大徳寺から帰って半月ほど経った二月十三日、処断の前触れとして、先《ま》ず堺に引取って蟄居《ちつきよ》するようにとの秀吉からの命令が来た。
 利休は明日を待たず、その日の夕刻、聚楽第の不審庵を出て淀川を下った。誰も見送る者は無いと予想していたのに、思いがけなく舟本で、こっそり見送ってくれる細川忠興と古田織部の姿を発見した。
 利休は堺で閑居して次の命令を待っていると、十五日目に再び上洛の命が来た。彼はまた堺を出て、淀川を上った。
 利休は故郷の堺も、これが見納めだな、と思った。年齢も七十である。背の曲りも前よりはひどくなったようである。もう死んでもいい、と思った。
 舟の中で辞世の頌《じゆ》を考えつづけた。舷端《ふなさき》に伏見が見えるころ、ようやく想案がまとまった。
  人生七十 力囲希咄《りきいくとつ》
  吾這宝剣《わがこのほうけん》 祖仏共殺《そふつぐせつす》
  提《ひつさ》ぐる我得具足《ぐそく》の一つ太刀今此《こ》の時ぞ天に抛《なげう》つ
 利休が伏見に着くと、武装した兵士が彼をとり囲んで、京の葭屋町の屋敷に護送した。これは折から上洛していた上杉景勝の兵が命をうけたのであった。
 利休は、わが屋敷を同じく上杉の兵隊三千人に包囲されたまま、早春の底冷えする居室で二日間を待った。待つのは秀吉の使いの携えてくる断罪の書であった。
 二十八日は朝から空が鬱陶しく曇り、室内は夕時のように暗かった。巳《み》の刻から雨が強く降り出した。その中を雷鳴が遠くから近づいてきた。
「今日あたりは来るかも知れぬな」
 利休は何だかそういう気がした。今日のような天気の日に死の使いが来なかったら、来る日は無いくらいに思われた。或いはそれは秀吉の性格からぼんやりそう予想したのかもしれなかった。
 最後の用意は、すべて出来ていた。家屋、田地、地子銭《じしせん》、家賃に関するこまごまのこと、道具の贈呈先、みんな出来ていた。いつかはこのことを半ば空想的に考えたこともあった。まだ堺に蟄居を申し渡されない前である。あのときは現実を考えながら、実は実態から浮き上っていた。間に遊べるだけの隙があった。が、今はなまの現実が感覚に氷のようなきびしさで逼《せま》っていた。表からは人声がする。それは警備している上杉の兵たちの声である。そういう聴覚からくる現実感は仮借が無かった。が、奇妙なことに、利休は最後の瞬間までには、まだ一枚の紙が入るだけの間隔を何となく意識していた。
 三人の上使が到着したのは、午《ひる》すぎであった。雨はますます強い。室内はいよいよ暗い。雷鳴はやんだが、雨にまじった霰が烈しい音を立てた。
 検使尼子三郎左衛門は、懐ろから白い紙をとり出して罪状をよみはじめた。大徳寺山門に自らの木像を置いたこと僭上不遜《ふそん》であること、道具周旋に曲事を働いたこと——そういうことを三つ四つならべて、一つ一つ箇条をよんでゆき、最後に少し声を高めて、よって死を命じる旨をよみ聞かせた。死——ときいたときに、利休のそれまで漠然と感じていた間隔は急速に縮まり、それこそ紙一枚の隙なく現実が密着した。それまで心のどこかに賭《か》けていたのは、秀吉が死を投げつけてくるか、それを躊躇《ちゆうちよ》するかの二つであった。秀吉は、遂に死を抛ってきた。とうとう秀吉は敗北した! 七十歳の利休は、眼に満足げな、翳の多い笑いを泛べた。彼はそのまま身を起して、座敷の床に腰かけることが出来た。
 検使の一人、蒔田《まきた》淡路守がすすみ出て、介錯《かいしやく》は手前が仕《つかまつ》りとう存じます、といんぎんに利休に申出た。彼は利休の弟子の一人であった。
「忝《かたじけ》ない」
 利休は、礼を述べて、用意の小刀の柄を握った。炉の上の自在鉤《かぎ》には霰釜が湯をたぎらせて音を立てている。利休が長い生涯に聞きつけてきた音であった。隣室からは、こそとも気配が無い。しかしそこには妻の宗恩が、夫の骸《むくろ》に掛けるための白小袖を持って待っている筈であった。この妻にも、すぐに死が逼るであろう。利休は腹に短刀を突き立てて、左から右に引いた。血はあふれ出たが、齢とって腕に力が無く、息をつくばかりで、思うように引けない。そこで一旦、刀を置いて、下腹の切った口に手をさし込んで腸をつかみ出し、滴る血のまま自在の蛭鉤《ひるかぎ》にかけた。憤怒《ふんぬ》のあまりであった。
 再び短刀をとったが、もう腹に突き立てるだけの気力がない。後に廻って待っていた蒔田淡路守が刀を下ろした。
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