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丸山蘭水楼の遊女たち1-1

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   1 その夜、寄合町通りの石段を飛び飛びに映しだす遊女屋の明かりは何時《い つ》もより生々しく感じられた。花街の入り
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 その夜、寄合町通りの石段を飛び飛びに映しだす遊女屋の明かりは何時《い つ》もより生々しく感じられた。花街の入り口に向かって傾斜する坂の中央に、幅三尺程も敷石をつめた歩道を降りて行きながら、卯八《うはち》は幾度か後を振り向いた。
 門屋をでた直後から、背後に揺れ動く影を察していたが、尾行の真意をはかろうとすると、彼の思いは錯綜《さくそう》した。井吹重平の制作した版画とそれを大浦居留地に運ぶ自分の関係を探索し、或いは密告を受けた奉行所の手先か。それとも他の理由で井吹重平の動静を窺《うかが》う者かもしれぬ。とすれば、誰がどのような目的を持っているのか。
 今、所有する物が物だけに、卯八は体をかたくして紙挟《かみばさ》みを被《おお》う風呂敷包みをしっかりと小脇に抱え込んだ。
 半刻《とき》程前、彼は眼の前にひろげられた一枚の版画に思わず固唾《かたず》を飲んだ。十字架の火刑に処せられている切支丹伴天連《きりしたんばてれん》を背景にして、肉の交わりを重ねる三組の信徒たち。漁師の風態《ふうてい》をした男の下であえぐ女房のはだけた胸元には金色のクルスが輝いており、恍惚《こうこつ》の表情を浮かべる娘の両股《もも》を肩まで持ち上げた若者の懐中には祈祷《きとう》書らしい書物がのぞいている。しかもあろうことかもう一組の姿態は、絵踏みの銅版に口を寄せる遊女のむきだした尻に、紅毛の宣教師が巨根をあてがっているのである。並の春画ではなかった。
「これは……」
 卯八の咽喉《の ど》にかかった声をきいて、井吹重平は口許《もと》の辺りを親指の腹でなぞった。
「変わった図柄じゃろうが」
「変わっとるというても……」
「あんまりだといいたいか」井吹重平はいった。「これでも相当に手加減しとる。初手はもちっとたまがる図柄を考えとったとぞ」
 その時、相方付きの禿《かむろ》(遊女小使)が部屋の敷居に両手をついた。
「もうちょっとな。話はすぐすむ」
 井吹重平は禿の方に一旦向けた顔を元に戻すと、青銅の絵踏みを指差した。
「これはうまくち(接吻)になっとるが、初めは女の尻に敷かせるつもりだったとよ。相当の日和《ひより》見《み》になってしもうた」
 どっちみちおなじでっしょ。卯八はその言葉を口にださなかった。
「おとろしか(恐ろしい)顔ばして、どうした」
「そんげん、顔のおかしかですか」
「おかしか、おかしか。肝の坐っとる卯八さんらしゅうなかね」井吹重平はいった。「どっちみち番《つが》い絵たい。いくらハンタマルヤにすがって、オラショ(祈祷)を唱えとる人間というても、やっとることはひとつ。それをいいあらわしとるとやから、文句をつけられる筋合いはなかとよ。誰からも……。ひょっとしたら、これまで考えもせんことによう気づいたというて、褒美《ほうび》の沙汰んなるかもしれん。そうするとさしずめぬしはコンプラ仲間(長崎出島居住のオランダ人に諸色《しよしき》を売る人たち)やな」
「冗談ばっかり」
「冗談じゃなかぞ。ぬしがコンプラの株を狙《ねろ》うとることは誰でも知っとることさ。狙うてわるかはずもなか」井吹重平はいった。「そのためには銭。銭になるぞ、これは」
「そりゃ、銭にはなりまっしょうが……」卯八の眼は朱と濃淡の紺に彩られた切支丹信者を絡ませた秘戯画を離れなかった。「こりゃあぶな絵ちゅうのあぶな絵ということになりますたい。よっぽど覚悟してかからんと」
「伴天連のすらごと(嘘)を、あばきたかったとですといえば、それですむ。デウス(天主)とか、聖霊とかいうても、みんな行きつく先はこれよりほかにはない。一体煩悩の底に何か見えるか。パライゾ(天国)なんというても、五十歩百歩よ」
「デウスとかパライゾとかの言葉は、何時もきこえんことにしとります」卯八はいった。「わざとふざけていうとりなさるとでしょうが、ああたもあんまりそげんことを簡単に口にしなはらん方がよかとですよ」
 井吹重平は煙管《きせる》の煙草をつめかえると鼻を鳴らした。
「隠れの詮議《せんぎ》がどがんふうにきびしかか、井吹さんはあんまりご存じなかとでっしょ。そげん言葉を知っとるだけでも、怪しまれるとですよ」
「そうかな、隠れの願うとるパライゾは元々こんなものだと知ったら、奉行所は飛び上がってよろこぶと思うがね。いや、奉行所だけじゃなか、徳川も玉《ぎよく》さん方も手を叩いて安堵《あんど》するぞ」
「玉さんちゅうのは誰のこつですか」
「玉さんは菊の字さ。ぬしはまだ知らんのか。玉さん方やから柔らこう扱うてと、その辺の遣手婆《やりてばば》あまでそういうとるたい」
「尊皇攘夷《じようい》が玉さん方か」
「尊皇攘夷も勤皇開国も、徳川に楯《たて》つく連中はみんな玉さんさ」
「ところで井吹さんは玉さんですか、それとも……」
「おれか、おれはさしずめ桂馬《けいま》さん方辺りかな。桂馬の高飛び歩のえじき。どっちみち将棋の駒に違いはなかとよ」
「ああたのいうことは何時も捉《つか》まえどころがのうてわからん」卯八はいった。「右かと思うとると何時の間にか左になっとる」
「ぬしはつべこべいうとるが、ほんとはピストルでも撃たれはせんかと思うて、びくついとるとじゃないか」
「居留地のイギリスやフランス・オランダがよう買う気になるか、それを考えとるとですよ」
「みろ、矢張りおとろしゅうなっとる。……持って行きとうなかならなかでかまわんぞ。いくらでもほかに手はある」
「冷たかことをあっさりいわすとね。これだけの物をどんげんすればよか値で売れるか、その算段もあって迷うとるとですよ」
 先程の禿を連れてあらわれた見せ女郎を迎えて、卯八は慌てて版画を紙挟みのなかに仕舞い込んだ。
「隠しなはらんでもよかとよ。うちはもうせんに見とるとだから」小萩は口を抑えた。
「なんや、もう見とんなはったとね」
 卯八は紙挟みをふたたび自分の膝許《ひざもと》においたが、禿がいるので開けようもない。そのもじもじした手つきがおかしいといって小萩がまた笑い、井吹重平も顎《あご》をなでた。
「じゃあ、あたしはこれで……」
「まあよかじゃないか」
「今日の商いは今日。イギリス・オランダさんはあんまり遅う行くと、タモローきなさいになりますけんね」
「これからまっすぐ行くつもりか。それはまた気の早い」井吹重平はからかった。「どんげんすれば高値で売れるか、算段を考えにゃいかんのと違うか」
「覚悟を決めたとですよ。決めたとなら早い方がよか」
「屁《へ》理屈をひとついうとくばってんね。屁理屈でもないか。……イギリス人はイギリス人、オランダ人はオランダ人、イギリス・オランダじゃなかとぞ」
「フランス人はフランス人というわけたいね」
「そうそう、さすがは卯八さんだ。呑み込みの早か」
「まあお茶一杯。それから行きなはっても転びはしなさらんでっしょ」
 小萩は禿にいいつけて茶の仕度をさせた。太夫《たゆう》を張ってもおかしくないといわれる下ぶくれの格子であったが、客を選《よ》り好みするのが難だと噂《うわさ》されていた。
「一昨日の晩、蘭水《らんすい》で騒ぎのあったことを知っとるね。それはもう大事《おおごと》になるかもしれんような、えらい騒動だったらしかよ」
「ロシヤの水兵でも上がり込んだとか」
「さむらいか町方の者かわけのわからん身なりの客が、すうっと入ってきたというとんなさった。ちょうどああたみたいじゃなかね」小萩は少ししなを作るような口調でつづけた。「ぬしさんと違うところは銭を仰山持っとるところ。懐からばさっと投げだすと、染田屋の尾崎を呼んでくれと、少ししゃがれた声でいうたそうな」
「見てきたごというじゃないか」
「染田屋の尾崎。いきなり太夫とはそりゃ大した鼠のごたるね」と卯八。
「いくら銭を積んでも初手から尾崎さんは無理な話。それで店の者がなだめにかかると、無理を承知でいうのだと開き直ったので、もつれよったと……」
「この頃は初手も返しもなかとじゃないか、銭さえ積めば」
「それにはそれで、そういうやり方があるとでっしょ。店の面目も立ち、手前の顔も立つような。手続きも何も踏まずに、いきなり尾崎を呼べじゃ、後に引きようもなか。……」
「それで騒動か。猿芝居もよかとこじゃなかか」
「それから先のこつがちょっと、気色のわるうなってくるとですと。そのさむらいか町方の者か曖昧《あいまい》な客は、蘭水の座敷できちんと居ずまいを正しなはると、真っ青な顔ばして、この銭は三年かかって貯《た》めたと、そがんふうに切りだしなはった。……」
「語り口のこまかね」井吹重平は茶々を入れた。
「この銭の一枚一枚には人にはいえん苦労がこもっとる。ただ尾崎に会いたか一心に今日まで貯めてきたとだけん、この気持ちを伝えてくれと、それはもう泣かんばかりに頼みなはったとよ。太夫と首尾を遂ぐるために三年も苦労したといわれてみれば、分限者でもなし、蘭水さんの方でも哀れなごつ、怪しかような気色になって、一体どんげんこつばして三年も苦労しなはったのかときくと、それはいいとうなかという返事。……」
「びんびん、びんびん、びんびん」
「黙ってききなはるとよか。お客からそんげんした返事があったので、とにかく話を通じるだけは通じてみまっしょということになって、店の者が取りあえず尾崎さんに伺いをたてたそうな」
「尾崎太夫へご注進か。きくも涙の物語、汗にまみれたみとせの月日、今こそ晴れて今宵《こよい》の首尾を……で、でん」
「太夫は嫌だというたとね」と、卯八。
「尾崎さんが何と答えたか、それもはっきりせんうちに騒動は起きたとよ。蘭水の客が厠《かわや》に立ったのをふらっと見た者が首かしげていうには、どうもあの客の顔に見覚えがあるといいだして、あれこれと考えとるうちにはたと膝ぼんさん打ちなはった。あれは戸町の船乞食《こじき》だ、それに違いなかとおらんで、それから大事になってしもうたと。……」
「すらごとじゃなかろうな」
「すらごとじゃなかとよ。染田屋のたよし(女郎衆)からちゃんとこの耳できいたこつだから」
「こりゃ赤飯でも炊かにゃいかんぞ。こりゃおもしろか。そんげんひょうげもん(剽軽者《ひようきんもの》)がまだ生きとったか」
「ひょうげもんじゃなか。戸町の船乞食というとるでしょ」
「いや、ありきたりのぜんもん(乞食)じゃなかぞ。そりゃ長崎一の大ひょうげもんじゃ。今年のひょうげ一番はそれに決まった」
「ああたのまたわるか癖のはじまった」
「それで、その船乞食は叩きにでもなったとね」卯八はきいた。「蘭水楼も染田屋も後の損代が大変じゃろう」
「叩きになるかどうか、これから評定のあるとでしょ。船乞食はひとまず番所預けになったそうですけん」
「番所預け。そいじゃその一番のひょうげもんはまだ丸山におるとたいね」
「ああたのごと話をまぜこぜにしてうれしがる人もおらんとよ」小萩は禿の用意した茶を二人にすすめた。
 ひとつには尾行を確かめるため、さらに船乞食の一件もあって、卯八は何気なく足を止めた。染田屋の角を右手に狭い路地を曲がると附属する茶屋の蘭水楼に通じるのだ。しかし、ことさら変わった気配もなく、背後の影も動かない。
 大浦居留地への近道なら大徳寺下の道に向かわねばならぬが、卯八はわざと二重門をくぐり抜けて思案橋の方向へ急いだ。
 それにしても、異人たちの住む大浦居留地に幾度か赤絵の陶器や和紙に刷った春画を持ち込んだことが、わざわざ奉行所から尾行者を差し向けられる程の犯罪であろうか。井吹重平との関係は、それ以上のものではないのである。卯八は弁解でもするように、これまでの経過を考えたが、水を撒《ま》きすぎてできたらしい溜《たま》りを避けて草履の爪先《つまさき》に弾みをくれた途端、ふっと、ひょうげ一番という声が脳裡《のうり》をよぎった。
 そうか、矢張り誰かが井吹重平の所業振る舞いを差したに違いない。博多の辺りからきた、というだけで素姓も曖昧なら生活の基盤も定かでない男の、自由奔放な悪たれ振りをねたむ者がいたのだ。金品の出所も自分こそ知ってはいるが、他の者には皆目見当もつかぬはずである。
 卯八は小さい溝《みぞ》を飛び越え、反物屋の店先で危うく通行人にぶつかりそうになった。金品の出所を知っているといっても、限られた部分にしか過ぎず、考えてみれば、井吹重平が現在何処《ど こ》に住んでいるのかさえつかんではいない。何時も連絡先は門屋か行きつけの小料理屋であり、自宅の方角さえ見当もつかなかった。
 彼はちょいと振り向くと、さっと横手に身を翻した。消えかかった蝋燭《ろうそく》の赤い提灯《ちようちん》。
 出会ってから数えてみると、まだ一年余にしかならないのに、まるっきり操り人形と化した自分に、黒子は決して本態を見せないのである。
 井吹重平。卯八がその男を最初に知ったのは、文久二壬戌《じんじゆつ》年(一八六二年)の五月、船大工町の空き地で行われた馬場芝居(街上演劇)の観客席であった。
 それは変哲もない廓《くるわ》の人情を物語にした演《だ》し物で、役者が台詞《せりふ》を吐くたびに、げらげらと大口をあけて無遠慮に笑う男がおり、その者こそ井吹重平だったのだ。
 博多からきたというのは嘘で、実際は有田の出らしい。茶碗や皿の売り買いが本職、とまことしやかにいいふらす者がいるかと思えば、事情あって筑前藩を追われた医者らしいぞ、と遊女屋の主人に耳打ちする地役人もいた。噂にまた尾ひれがつく。
 あのひとの本業はおいしか知らん、と思いながら、卯八はさっきから気にかかっていることにこだわった。誰にも金輪際明かすな、という約束を、井吹重平はなぜ自分から破ったのか。見せてはならぬ絵を小萩はすでに知っていた。
 そこからしばらく暗い軒並みがつづき、質屋の灯に照らしだされた用水桶《おけ》の前を過ぎると、ふたたび浜風で残暑をしのごうとするそぞろ歩きが目立つ。このまま大浦まで突っ走るか、それとも家に引き返して明日にするか、ようやく迷いはじめていたが、踏ん切りのつかぬまま、卯八はさらに橋を渡った。
 絵柄が絵柄だけに、これまで取引している相手の反応をはかりかねたし、いきなりひろげて見せた後では、何かしら思うような商いができぬ気もしたのである。
 尾行は撒いたはずだが、要心のために卯八は堀脇に身をかがめた。居留地のマックスウエルを訪ねるためには、もう一軒寄り道しての段取りを必要としたが、それも今となっては少し気鬱であった。
「ひゃぁはち(平八、安女郎)もひゃぁはちなら、それを真にうける惣さんも惣さんさ。……本気で大村行きの銭作って渡したというから、ざまあなかとよ」
「その何とかいうひゃぁはちは、それで大村に行ったとね」
「行くはずなかとよ。一体大村に家があるというのも眉唾に決まっとるさ。おっかさんが病気なんちゅうて、今時そがん手口を使うひゃぁはちが何処におる。それにまんまと引っかかりよって……」
「相当のっぽす(背ばかり高い実の入らぬ人間)とはきいとったがね」
「引っかかっとるひゃぁはちがまたどてかぼちゃのごとしとるとよ。……」
「やっぱりあれかな。年とってから覚えた遊びはなんとのう落ち着かんね」
 声高な二人連れの足音をやり過ごして、卯八は立ち上がった。居留地行きは明日。
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