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丸山蘭水楼の遊女たち1-5

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   5 内からの声はかすかに、井吹重平の胸を打ち寄せる波のごとく嬲《なぶ》った。五島へ 五島へ皆行きたがる 五島はやさ
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   5
 
 内からの声はかすかに、井吹重平の胸を打ち寄せる波のごとく嬲《なぶ》った。
五島へ 五島へ皆行きたがる 五島はやさしや 土地までも
 隠れ切支丹の絶望的な営みを歌ったものであることを百も承知の上で、中徳利二本の酒は無性にそれを口ずさませる。遊びと捨てばちを兼ねたような気分に浸りながら彼は平たい石段を踏んだ。
 歌は唐津にいた頃、川岸の鰻《うなぎ》屋で夫婦連れの流しからきいた。同じ窯場で働く同席者の細工人が「いうちゃわるかが、気の滅入《めい》る歌じゃな、オランダか何処かのお経のごたる」というと、三味線を弾く男は視線をそらして答えた。
「そういわるっとそがんふうですね。あたしたちゃ平戸で覚えたとですよ」
「五島ちゅうと平戸から行くんか。おりゃ長崎辺りから行くと思うとったぞ」細工人は言葉の方向をずらした。その男も何かを感じ取ったのだ。
「平戸の峠にあがると、晴れた日にゃ五島が見えますけん」三味線弾きはいった。「そん時々の天気で、霞《かすみ》のごと見えたり、風のごと見えたりします」
「霞のごと、風のごとか。そりゃなんともいえん見晴らしやね」彼はいった。「そがんよかところならみんな行きとうなるはずたい」
「そうか、平戸から五島が見えるとか」と、もうひとりの男。
「景気直しにおもしろかとを歌いまっしょ」
 話題を避けようとする女の口調で、井吹重平はふっと気が変わった。
「もういっちょ、おなじものをやってくれんね。今の歌をききたか。五島はやさしやとかいいよったな」
「陰気臭かぞ」
 細工人が口を挟《はさ》んだが、彼は再度の所望を押した。するとばちを持ち直した男は、自分で先程の歌ばかりか、それにつづく節をも加えたのである。
五島へ 五島へ皆行きたがる 五島はやさしや 土地までも
風か霞か 川内《かわち》から漕《こ》げば 五里も十里も船次第
「心のこもっとるね、その歌にゃ」彼はいった。「行ったことはなかが、五島はよっぽどよかところじゃろう」
 伴天連の信仰が思わずあらわれたというより、隠れることに飽きたような風情とも見えた夫婦者の流しは、その後どういう行く末を辿《たど》ったろうか。井吹重平は誰もいない溝端《みぞばた》の縁台に坐って、心持ち涼しくなった風を懐に入れた。
 唐津といえば、女房と名のつく女と世帯を持った町である。弘化四丁未《ていび》年から嘉永と改元された年までほぼ一年余り、彼は民窯の工人として轆轤《ろくろ》を廻しながらそこでくらしていたのだが、素姓が露見すると忽《たちま》ち追われるように去らねばならなかった。そして同棲《どうせい》していたむらは京都に着いた途端、風邪をこじらせて死んだ。
「鍋島《なべしま》藩の御道具山で御細工人だったひとの一統を働かせたとあっちゃ、申しわけなかし、こっちに意図でもあったと考えられちゃそれこそ大事になりますけんね」
 唐津で三指に入る窯元の主人はそういういい方をした。
「いろいろ事情がありまして……現在ではもう大川内とは切れとります。わけというのは……」
「それはいいなさらんがよかでしょう。きいてしまうと、いまもそういうたように、こっちまで妙なことになりかねんし……」
 井吹重平が十五歳を迎えた天保十二辛丑《しんちゆう》年の正月、肥前鍋島藩の藩窯として栄える大川内山に発生した事件によって、それまでの生涯は根底よりゆさぶられることになったのである。
 伊万里《いまり》からほぼ一里半、峻険《しゆんけん》な山塊を背にした皿山の部落は、代々御道具山として、御細工場で働く三十一名の直属陶工を中心に、細工方、画工、捻細工、下働、さらには御手伝窯焼、本手伝、助手伝等々、厳然とした職制によって支えられており、夫々与えられた住居を一帯に構えていた。その中に御細工人として押しも押されもせぬ腕を誇る井吹養之助こそ彼の父親であった。
 そしてまだ松の内の飾りも取れぬ日の早朝、御道具山詰所役人のもたらした有田皿山代官(皿山番所)の召喚状こそ、彼の一家を逆巻く闇の波浪に沈めたのである。
 父親井吹養之助にかけられた嫌疑は伊万里津で漆器と陶器の定期的な交易をしていた紀州商人を仲立ちにして、九谷焼の細工人に藩窯の技法を通じたといわれ、さらには親の代から潜入した御道具山の秘法窃取を目的とする幕府の隠密ではないかとの疑いも添えられていた。
 それより数年前、和蔵という二十二歳の画工が許嫁《いいなずけ》と世帯を持つばかりになって心中し果てた事件もそれには絡まっていたのだ。二人の相対死《あいたいじに》は上方からきた行商人によって代々の隠密であることを知らされたのを苦にした結果であり、それだけに皿山番所の父親に対する追及は余計にきびしかったのである。
 百日余りに及ぶ取り調べの間、ついに罪状を認めなかったと伝えられた井吹養之助の獄死が伝えられると、さながらそれを待っていたかのように母親のさよは息を引き取った。皿山から追放されて伊万里津河口近辺の借家に身を寄せてからおよそ二カ月、これという具体的な病因をつかめぬまま。
 井吹養之助に真実藩窯に対する罪科があったかどうか、彼は知らぬ。年間の禄米三百六十石と金壱千両。苗字帯刀はもとより一切の課税を免ぜられた御細工人が、すべてを賭《か》けて購《あがな》おうとしたものの是非について、黒白もつけず論じることの不毛をなぞりながら、彼はどうしてももう一枚納得できないのだ。
「凪《な》ぎ凪ぎの晩だけん、涼しゅうもなかでっしょ」
「あ」
 井吹重平は声の方に顔を向けた。暗がりの中からぬっと姿をあらわすようにして、見知らぬ女が縁台の端に腰を掛ける。
「みしまじょろしという魚ば知っとるね、おうちは」
「みしまじょろし……」
「三島女郎衆はのうえ、という歌ですたい」
「ああその歌か。いまは魚というとったじゃなかか」
「おうちは地のもんじゃなかとですね。みしまじょろしという魚ば知らんとなら。……頭の太か魚のおるとでっしょが。煮ても焼いてもあんまりうもうなかとよ。……」
 いきなり魚の話をはじめた女の顔を彼はしげしげと見た。近所に住む女房でもあろうか。別に派手だというふうでもない身なりと口調が妙にそぐわない。
「こんげん時刻に、みしまじょろしを二匹ぶら下げてきて、今から料れといわれたら誰でも腹かく(怒る)とでしょう。昨日ん晩から帰ってもきよらんで、みしまじょろし持って帰んなさったとは、うちにあてつけよるとですか、というてやったと。……ほんなこつうろたえもん(女道楽者)もよかとこだけん。……」
「ごてさん(夫)のことですか」
「もう二年ごし、ぶっつづけにうろたえとっとですよ。……見ず知らずのおうちにしょうもなか話ばして笑われるかもしれまっせんが、ほんなこつ世の中にはびっき(蛙《かえる》)のごたる人間のおっとですね。いくらなじっても水をかけられたごとけろっとして、あげくにみしまじょろしをぶら下げてきよるとだから」
 井吹重平は口許《もと》をゆるめた。
「かいしょのある人間ならうちもいわんとですよ。仕事はそっちのけ、うろたゆることは十人前。そいじゃどうにもならんけんね」
 相槌《あいづち》の打ちようもなく、彼は溝《どぶ》川に映る窓明かりに目を移した。
「みっともなか話ばきかせてすみまっせん」
 自分の上ずった声に気付いたらしく、女はちょっと頭を下げた。
「おうちは何処からこらしたとね」
 それには答えず、彼は別のことをいった。そしてそれをしおに縁台を離れた。
「ああたのごたるきれかおかっつぁんを持っといて、ごてさんもぜいたっかね」
 歩きながら井吹重平はふふっと笑った。びっきのごたる人間のおっとですね、という女の悪態を反芻《はんすう》したからである。蛙の面に水か、なるほど。
 明かりの灯《とも》らぬ提灯《ちようちん》を手にした二本差しの老人が前かがみになって行く手を横切る。結局門屋に戻るほかはあるまいと、そちらの方角に体を向けようとした時、彼のなかに突然思いがけぬ顔が湧いた。
 井吹重平はかなり急ぎ足で本石灰《もとしつくい》町から出来鍛冶屋《できかじや》町へ抜け、さらに万屋《よろずや》町に通じる橋を渡った。そこに目差す古書店があるのだ。確か唐人の混血児だとかいう顔かたちのはっきりした色艶《いろつや》のよくない娘であった。
 古書店はすでに閉じられており、彼が声をかけると、戸を開けるより先に主人の左内が応答した。
「丸山に火事でも起きよったとですか」
「憎まれ口を叩くな」
 戸を開けると、左内は奥の行灯《あんどん》を店の方に寄せ、家人に茶を用意させた。老けた面態《めんてい》をしていたが、彼よりひと廻りも若く、親の代からの書籍屋だという話であった。
「この間から、待っとったとですよ。ああたの欲しゅうてたまらんものの入ったもんですけん、店にもださんと。……」
「対話集の入ったとか」
 古書店の主人はにやりとしながら、わざと手間をかけるような身振りをして、仕舞棚から取り出した一冊の本を彼の前においた。
『和英商売対話集初編』と上段中央に活字が押され、下段に英語の横文字が並んでいる。
A New Familiar Phrases of the English and Japanese Languages General Use for the Merchants of the Both Countries First Parts Nagasaky Sixth Year of Ansey December 1859
 発行元は長崎下筑後町塩田幸八、年月日は「安政六己未《きび》年十二月」とある。井吹重平は自分のそこにきた目的を忘れて、むさぼるように和英両様の活字の詰まった版本の頁をめくった。
 書かれている通り、四年前に、同じこの長崎で印刷、発行されながら、なかなか入手し難く、存在が知れ渡っているにもかかわらず、実際目にすることのできぬ、いわば幻の対話集であった。
 阿蘭陀《オランダ》通詞として一等の地位にあり、また出島印刷所の監査官として知られている本木昌造の主編集とは知っていたが、「凡例」に記されている注意書きが井吹重平の目を奪う。
「此《コノ》書ハ、英語ヲ習フ者ノ為《タメ》ニ著スニ非《アラ》ス、只和英両国ノ商売使用ノ為ニ編ム所ニシテ、英文モ、雅ヲ用ヒス、簡単ニシテ解シ易キヲ旨トス、其《ソノ》釈文ノ如キハ、俗中ノ俗ヲ採ル、是《コレ》我日用ノ俗語ヲシテ解シ易カラシメンカ為ナリ、其仮名付ノ若干ニ至テハ、実ニ笑ニ堪ヘ難キモノアリ、仮令《タトヘ》ハ、私ハト書クヘキヲ、私ワトスルカ如シ、是専ラ彼商売ノ為ニ設ル所ニシテ、我邦俗ノ為ニスルニ非ス」
「これは願ってもなか本の手に入った。礼ばいうぞ」
「そんげんよろこんで貰えば、甲斐《かい》のあったとですたい。……まあお茶でも飲みなはらんですか」
「おおきに。……いやこれはよかぞ。言葉の通じらん時は、これこれだというて、和文の方を指差せばよか。ちゃんとそうなっとる。これさえあればどがん入り組んだ話も通じるたい。評判通りのものやったな、こりゃ……」
「あたしもこいば見た時、溜息《ためいき》のでるごたったですよ。井吹さんのよろこびなさる顔がすうっと目の前に浮かびよりました」
「上手なこというて。……まあよか。今夜は祝い酒と行こう。ぬしの飲みたかしこご馳走するたい」
「大分もう入っとるとじゃなかですか」
「なんの、まだいくらも入っとらんとよ。……ごてさんをちょっと借りますばい」
 彼は茶を運んできた妻女に声をかけた。
「しょっちゅうお世話になって」
「そいじゃ行こか。今夜はほかにちょっと頼みたかこともあっと」
「話ですか、改まって……」
「まあ、あとの話たい。この本は預かっといて貰わんといかんな」
「よかとですよ。持って行きなはっても」
「汚れでもしたら、それこそ大事になるけんね」
「そんげんこつなら預かっときまっしょ」
「金は明日にでも届ける。吹っかけてもよかぞ、今持っとるけんな」
「これじゃけん、何もいわれんと……」
 そういい残して左内は着替えるために女房ともども奥に去った。井吹重平は対話集の凡例をふたたび繰った。
「仮名付ノ中、ーアルハ、呼音ヲ永ク引ク徴《シルシ》トス、仮令ハ、正ノ字ニ、ショート附ルカ如シ」、「片倚《ヨ》リタルモノハ、呼音ヲ縮テ言フ徴ト知ルヘシ、仮令ハ、貫ノ字ニ、クワント附ルカ如シ」、「・ハ弱クシテ、有カ如ク無カ如シ、▲ハ強ク高ク高調ニ言フ徴トス、此余ノ口調ニ至テハ、紙上ニ述難シ、因《ヨリ》テ之《コレ》ヲ除ク」
 この他、同じ本木昌造編集出島印刷所版のもので、『蕃語《ばんご》小引』と題する本が発行されているらしいが、恐らく似たりよったりのものであろう。ようし、これさえあれば、と彼は閉じた対話集の表紙をなでた。
 待たせてしもうて、といいながらでてきた左内と連れだって、井吹重平は外の空気に触れると、両腕を思い切り天に伸ばした。
「よっぽどうれしかことのあるとですな」
「うれしかとは、今の本たい」彼はいった。
「そいでも、えろう張り切っとるごと見ゆるですばい。本も本でっしょが、ほかにも何かあるとじゃなかですか。さっきも何かいいかけなさったとでしょうが」
「さて、何処にしけこむか」
「勿体《もつたい》ぶらんと、いわんですか。あたしにできるこつなら、どんげん頼みでも引き受けますばい」
「そんげん難しか話じゃなかと」井吹重平は顔をなでた。「ありゃ正月頃じゃったかな、ぬしの店で会うた娘がおったろう。ほら、おいに世話する気はないかとききよったじゃなかか。……」
「ああ、あいの子のきわ。あの娘ばどんげんしなさったとね」
「思いだしたとたい、ふっと。ありゃまだそのまんまになっとるとね」
「たまげたね、こりゃ。何ばいいださすかと思うとったら。……」
 擦れ違う者の挨拶があって、左内の言葉は跡切れた。二人は東浜町へ折れる狭い川岸を歩いていたが、夜更けとも思えぬ位、明かりの濃い家々であった。
「あたしゃまた、何処かの太夫《たゆう》でも呼び出してくれんかと、いわるっと思うとったですよ。……なしてまた今頃、物好きのごたるこつを思いだしなはったとね」
「確か、唐人の間にできた娘やったな」
「そうですたい。あん時ああたは、にべもなかごつ断わりなはったとですよ。自分の趣味にはあわんちゅうて」
「そうやったかね」井吹重平はいった。「なんで今頃気になったとか、おいにもわからん」
「あん娘でよかとなら今からでも会えますばい。丸山で働きよりますけんね」
「年季ば入れたとか」
「年季じゃありまっせんと。土台体の弱かとですけん、じょろし(女郎衆)にはむかんとですよ。居酒屋の下働きですたい」
「そりゃよかった。よし、そこに行くか」
「そいでも下働きですけんね」
「かまわんじゃろう。主人に頼めば娘の顔も少しはひろうなる。なんちゅう店ね、そこは」
「いうときますばってん、子供の時分から血の気のなかごとしとっとですよ」
「わるか病気さえ持っとらんなら、そいでもよかたい。つまらんとなら、また席を変えればよか。どっちみち朝までのつもりで覚悟してきんしゃい」
 暗がりの中の肩が離れるのを遠目に見ながら井吹重平はいう。
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