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丸山蘭水楼の遊女たち1-8

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   8 冷ました茶を入れたびいどろ徳利を隣室の寝間において禿《かむろ》が去ると、替わりに遣手のさくが顔をだした。辻野屋
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   8
 
 冷ました茶を入れたびいどろ徳利を隣室の寝間において禿《かむろ》が去ると、替わりに遣手のさくが顔をだした。辻野屋嘉右衛門が体を拭くために湯殿にいることを承知の上なのだ。
「網屋の旦那さんのことで、ちょっときいとることのあるとですと」
 尾崎の気を引くようにいうと、さくはちらと廊下の方に目をやった。いわば遣手の特技のひとつで、丸山界隈《かいわい》を流れるあれこれの風聞を、いち早くきき込んでは水増ししたり削ったりして、それをまた適当に自分の利益と結びつけるのであった。
「網屋の旦那さまの……」尾崎は声を詰まらせて、後の言葉を待った。
「古《ふる》町に宿をとっとんなさるこつはご存じでっしょが、ほんなこつは近所のお寺さんにも部屋ば借りとんなさって、そっちの方でも寝起きをしとんなさるらしかとですと。……どんげんしてそう離れておらん場所に、別々の宿がいるとでっしょかね」
「それは矢張り都合都合のあるとでっしょ。うちたちにはわからんようなふとかご商売をなさっとるとだけん。……その話、おうちは何処から耳に入れなはったとね」
「最初の口はどうも菊あねのごたるといいよりました。うちは門屋の使い走りからききましたと。大方、網屋の旦那さんが寺からでられるところでも見たとじゃなかでっしょか」
「菊あねも口の軽かおひとたいね」
「網屋の旦那さんのこつは、大分評判の立っとりますけんね。太夫《たゆう》のことば大層気にいんなさっとるから、いまに新しか家でも建っとじゃなかかと、みんな羨ましがっとりますと。そんげんこつを知っとるから、菊あねもやっかみ半分にいいふらしとるとじゃなかでっしょか」
「新しか家の建つとは、どんげんことね」
「太夫と旦那さんの二人きりで、くらしなさる家ですたい」
「滅多なことをいうもんじゃなかとよ。おうちもよう知っとってでしょう。網屋の旦那さまは蘭水にゃまだいっぺんもお泊まりになったことはない。そんげんことを口にしてさくさんらしゅうもなか」
「いいえ、うちはよう知っとりますと。口の過ぎたこつは謝りますばってん、網屋の旦那さんが、太夫のことをどんげん思われとるのか、誰がみてもちゃんとわかりますもん。蘭水にお泊まりにならんのは、ちゃんとわけのあるとですよ」
「わけとは何ね」
「自分の気持ちば大事にされとっとじゃなかですか。太夫のことばあんまり好きになられたけん、そこにけじめをつけられとっとでしょ。その晩ごとの遊び相手じゃのうして、本気で何かを考えとんなさるごたる。うちたちにはそれがかえってありありと見えるとですよ」
 さくの追従はかなりこじつけを含んでいるが、別に嫌味はない。しかし尾崎は、遣手にまで網屋友太郎と寝所をともにしない不自然さをなじられている気がした。
「蘭水はただお仕事の上で使うておられるだけ。網屋さまの胸のうちは難しゅうて、うちたちにははかりようもなか。女のひとりやふたり、あんかたには金魚とおなじ。えさ撒《ま》いたり手を叩いたりして、遊んどんなはるとたいね」
「さっきいわれた文句を返しますけん。尾崎さんらしゅうもなか。……太夫を見られる旦那さんの目はごまかしようもなかと。うちが何年遣手ばやっとると思いなはるね。ほかに能はなかばってん、そいしこはちゃんと自信のありますと。……」
 主人の太兵衛が探していると告げた禿と一緒にさくが去っても、嘉右衛門はなかなか部屋に戻ってこず、尾崎は遣手のきき込んできたという言葉を反芻《はんすう》した。
 古町の宿のほかに、近所の寺を借りている話は、誰かに身の廻りの世話をさせているという謎《なぞ》か。もしかするとさくはそれを伝えにきて、尾崎の口ぶりの重さを感じとり、急いで裏返したのかもしれない。
 寺にそのような女が待っているとすれば、蘭水に泊まらぬわけはすべて合点が行く。
 しかし、あの遣手がそれを知っていて、それらしきことを洩らさぬという器用な真似ができるはずもない。するとやはりそれだけの事実に過ぎないのか。丸山ではかなり古株でもある芸子の菊は、果たして何を見、何を喋《しやべ》ったのであろうか。
 網屋友太郎が二度目に登楼した時、尾崎は蘭水で初めて接したのだ。が、その時のやりとりをなぜか生々しく思い浮かべる。連れの客は確か阿蘭陀《オランダ》通詞《つうじ》であった。
「太夫の生まれは長崎ですか」
「いいえ、生まれは平戸、それもお船のなかで生まれましたと」
「ほう、船のなかで……。それじゃ親御さんは船頭でもあんなさったのかね」
「漁師だったらしかとです。両親とも小さい時分になくなって、親類の者に後でそうききました。お船のなかで生まれたことも……」
「平戸か。楢林《ならばやし》さんは平戸をご存じでしょう」
「はい。二年前に、五十日ばかり滞在したことがございます」
「此処から近いし、一度是非見ておきたいと思っているんですよ。何でも珍しい橋があるとかききましたが、町の様子は矢張り長崎に似ていますか」
「はい、長崎よりよっぽどこぢんまりとしておりますが、住む人間が長崎とは較べものにならんごと、親切かように思いました」
「ほう、長崎親切と較べて一層親切だというと、一体どういうふうになりますかな」
「こういっちゃ何ですが、長崎親切のなかには、矢張り何処かに利害の匂いが絡んどります。誰も彼もというのではございませんが、何といいますか相手によっちゃ、何とのう最初に見分けてしまうというふうでございますね。そこに行くと、平戸は違う。ほんとにまるごと、道を行く人のひとりひとりが懐をあけとるみたいな感じで、事実付き合ってみればその通りです。そうだね、尾崎さん」
「うちはようわかりまっせん。石橋のあったことはぼんやり覚えよりますばってん……」
「長崎親切よりも懐が暖かいのですか。それは是非直接味わいたいもんだな」
「旦那さまはもう、長崎のおなごに飽きなさったとですか」
「どうして、どうして。しかと見定めもしないうちにどうして飽きたりしますか。丸山ではもうたじたじの仕放し。大分度胸はつけてきたつもりだが、手もだせんような始末で……」
「手もだせんのは、きっとお口にあわんとでしょう。花のお江戸で散々ご馳走を食べてきた方には、丸山の卓袱《しつぽく》はちっと油のきつかとですよ」
「これは手厳しい」と通詞。
「食べたくとも食べさせてくれんのだから、何をかいわんや。卓袱が天下の滋味だということは先刻存じていますよ。長崎の海に泳ぐいちばん美しい魚を集めて、しかもそれを南蛮流と唐《から》流の味つけで煮込む。それだけきいてもよだれがでようってものさ」
「蘭水でだす卓袱はそんげん、よだれのでるごたる味はついとらんとですよ。折角楽しみにしとんなさるとに、がっかりしなはると」
 足音がしたので、尾崎はそれが近づくのを待った。だが嘉右衛門はあらわれず、彼女はふたたび想いを追う。
 当然、尾崎を相方に一夜を過ごすと思われ、それだけの金を積みながら、ごく自然な振る舞いで網屋友太郎が通詞ともどもそう更けてもいない時刻に帰った後、主人の太兵衛はわけ知り顔にいった。
「江戸の辺りじゃ、あんげんふうにするとが遊び上手で粋《いき》じゃといわれとるとじゃろう。何でも初手はさらりとしたふうにみせるとたい。今度の時ゃけつの穴までしゃぶられるかもしれんぞ」
 しかし、今度の時どころか、蘭水楼にあがる回数が如何に重なっても、網屋友太郎の尾崎に対する態度は変わらない。
 堺の商人は濡れた手拭いで首筋を拭きながら部屋に戻ってきた。尾崎はその手拭いを取ると鏡台の脇の衣桁《いこう》に干した。
「湯殿の模様があんまり変わっとるさかい、たまげてしもうた。何や、竜宮の風呂にでも入っとるような気色や」
「冷たか茶のあるとですよ。飲みなはりますか」
「ああ、ちょうど咽喉《の ど》がかわいとるところや」
 寝所からびいどろ徳利とこっぷを盆に載せて尾崎が運ぶと、嘉右衛門は思いついたように浴衣の膝を叩いた。
「初めての客に、嫌な顔ひとつせんとよろしゅうしていただくお礼や、取っておくんなはれ」
 嘉右衛門は違い棚に納められた所持品のうちから、皮細工の巾着を手に持つと、口を開けて青い天鵞絨《びろうど》の小箱を取り出した。
「あけてみなはれ」
「わあ、きれか。……こんげんびいどろのいびがね(指輪)は初めて見ましたと」
 朱というよりも、明るい空にも似た赤を土台にして、緑と黄を交錯させたびいどろの指輪は、尾崎の眼を奪う。それはまるで夕焼けの海に浮かぶ魔法の鏡だ。
「はめてみなはらんか。あんたはんの指にはきっとよう似合いますやろ」
 尾崎はそれをいったん小指にはめ、それを抜いて左手の薬指に替えた。
「たまぐるごときれか。……さっき旦那さまは竜宮といいなさったばってん、ほんなこつ、乙姫《おとひめ》さんのしとるいびがねのごたる」
「気に入って貰うてよろしゅうおました」
「これば、ほんなこつうちにくださるっとですか」
「指輪もよろこんでますやろ。きれいな指にさして貰うて。ほんまにきれいやなあ」
「これまで、阿茶《あちや》さん(唐人)からなんぼか見せて貰うたいびがねもありますばってん、こんげんきれかとはなかったと。わあ、夕焼けのごと光って、きらきらしとる。……」
 嘉右衛門は冷茶をこっぷに注いで飲み、大きな息を吐いた。尾崎はなおも指輪をいろんな角度から眺めすかしていたが、客の様子に気付くと、それを元の小箱にしまい込んだ。
「ちんだ(赤葡萄酒)のありますばってん、飲みなはりますか。おやすみになる前に飲むと、体によかといいよんなさると」
「ちんだ。……たしか葡萄酒でおましたな」
「旦那さまは何でん知っとんなさっとですね」尾崎は立って瓶《びん》詰めの葡萄酒とぎやまんの盃を用意した。どちらも染田屋主人の購入したもので、当時丸山では太夫部屋必携の備品であった。
「こんげんもん、珍しゅうもなかとでしょうが……」
「いやいや、さすがに長崎の太夫はんやと、ずっともうたまげ通し。ほんまのこというと、びいどろの指輪なんぞ百も持ってはるのやおまへんか」
「旦那さまのおひとのわるか」尾崎は葡萄酒の瓶を盃に傾けた。「うちがどんげんうれしかか知っとんなさるとに……」
 堺の商人は物慣れた素振りでぎやまんの盃に口を寄せ、二度の呼吸で飲み干すと、尾崎に返盃《へんぱい》した。
「なんともいえんほど、おいしおますな。こんなうまいお酒、毎日飲んではったら、体がほてって仕様おまへんやろ」
「うちはあんまり好かんとですよ」尾崎はさらりと受けた。「そいけん、いくらも減りまっせん」
「太夫はんは、梶屋という薬種問屋を知ってなはるか」嘉右衛門は意外なことを口にした。
「薬種問屋の梶屋。……ああ、この前おかっつぁま(奥様)の亡くなんなさったお店。ようとは知りまっせんが、そんげん話をきいとります」
「あてもちらと耳に挟みました。何や可哀相な死に方をされたらしいなあ」
「おとろしか毒薬を飲みなさったという話でっしょ、そいでもわからんとですよ。噂はいくらでも変えられますけん。特に丸山でひろがる話は眉唾ですと」
「まあ、薬ならなんぼでも、それこそ勝手知ったる道やさかい、いちばん楽な死に方できますやろうけど、それにしても哀れな話や。……主人の女道楽でもよっぽど過ぎていたんかいな」
「道楽が原因じゃなかとでっしょ。浮いた話もきかんし、梶屋さんの顔は丸山でもあんまり知らんとじゃなかですか」
「そうですか。あてはまた蘭水には顔なじみかと思うてましたが」
「二度か三度、見えられたとでっしょ。そいでもうちは知りまっせん」
「梶屋さんでいま売り出し中の薬、知っておますやろ」
「いいえ」
「そうか、知りまへんか。脚気と心の臓の特効薬。これがいま上方じゃえろう評判でしてな。あては心の臓も脚気も患うていませんよって、そんな薬必要ないけど、そんなんよう効く薬作りなはるのやったら、ほかの薬かてできますやろ。あてはいまそれを考えていますのや」
「旦那さまは、何処か加減のわるうあんなさるとですか」
「いや、あてのことじゃおまへん。……此処までの話やが、これからは何処もかしこも戦争になりよる。ひょっとしたらイギリスやフランスとも戦争するはめになりかねまへんな。とすると怪我人がでる。手術をせにゃあかん。なんぼでも薬がいりまっしゃろ。そのへんのことをな……」
「ほんなこつ、イギリスやフランスと戦争になるとですか」
「いやいや、たとえばの話ですねん。どちらにしろ両方を相手にすることはおまへんのやから、そのへんは何とかなりますやろ。……そんなことよりなあ、何といいよったかな、梶屋の主人、そうそう正輔さんや。その正輔さんにこっそりあてと二人だけで会う手筈はおまへんやろかなあ」
 そうか、目的はそこにあったのか、と尾崎は思う。それにしてもなぜそのように廻りくどいやり方をするのか。堺で名のある商人なら、直接梶屋を訪ねて行けば何でもなかろうに。彼女は首をかしげるようにして、葡萄酒の瓶をふたたび手にした。二人だけというと、網屋友太郎にも隠そうというのか。
「そんげん手筈ならいくらでもつけられるとでっしょ。丸山にできんことはなんにもなかとですよ」
「それそれ、そこを見込んでのことやさかい……」嘉右衛門はいった。「あんじょう手筈を頼まれてくれはりゃしまへんか」
「蘭水じゃわけもなかでっしょが、ほかの手筈というても……」
「いや、蘭水ならなおさら結構。二人きりで半刻《とき》ばかり話し合いをして、後はまたぱっと巳之助はんにでも加勢して貰います。……いや、矢張り巳之助はんは遠慮しといた方がよろしゅうおますな」
「明日、主人に話ば通じときますけん」尾崎はいった。「きっと旦那さまのよろこびなさるごと、梶屋さんのお都合を伺いなさいますでっしょ」
「さすがに太夫はんや、話が早うおますな。……そうと決まれば、こりゃ竜宮に使いをださにゃあかん。ぎょうさん土産を持ってきなはれというてな」
「うちはもう何もいりまっせん。びいどろのいびがねがもう宝物になっとりますけん」
「太夫はんは平戸のことよう知っておますか」
「うちはそこで生まれたとです。お船の中で……」
 かつて、網屋友太郎に答えたのと同じことを尾崎は口にした。
「一度、平戸を見物しようと思うてますのや。どや、一緒に行きなはらんか」
「蘭水を離れることはできまっせん。それに平戸はあんまり好かんとです」尾崎はきっぱりした口調でいった。
「こりゃみごとに振られた」
「そんげんことじゃありませんと。平戸にはあまり行きとうなかし、もし行きたかというても、お店がいうことをきくはずもなか。それでいうとっとですよ」
「わかりました。太夫はんにどうも正面から申し開きされると、何もいえまへん」
「気持ちをこわされたとじゃなかですか」
「なんの。太夫の生一本の心はしかとわかり申した。……いやあ、ほんまに兜《かぶと》を脱ぎますわ」
「平戸には何しに行きなさると」
「別に、何をしにというんじゃおまへん。ただ昔からあれこれきいていましたさかい、なんとのうあこがれていますのや」
「行きなさるとはよかが、玄海灘《なだ》の鱶《ふか》に食べられんごとしときなっせ」
「玄海の鱶。……」
 尾崎は口をすぼめて、ふふと笑い、隣の商人は、あ、そうかという顔をつくる。
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