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丸山蘭水楼の遊女たち1-21

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   21 茂木屋の潮風呂から対岸の明かりは漁火《いさりび》のように見えた。稲佐に点在する民家の灯にまじって、時折火花を散
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 茂木屋の潮風呂から対岸の明かりは漁火《いさりび》のように見えた。稲佐に点在する民家の灯にまじって、時折火花を散らすのは大方飽《あく》ノ浦の製鉄所か。湯槽《ゆぶね》を離れた場所に坐って、半ば乾きかけた裸身を窓の桟から入ってくる潮風にさらしながら、井吹重平の脳裡《のうり》は、半刻《とき》程前博多商人の口からでた長州騒動の火の粉をもろにかぶっていた。
 主人の仲立ちで、宵の酒席をともにした彼杵《そのぎ》屋番作と名乗る男の言葉は、旅行者の見聞を遥《はる》かに越えた、馬関の砲撃戦に関する通りいっぺんの知識を焼きつくすような内容を持っていたのである。
 長崎来訪は三度目だという彼杵屋番作自身、ただものとは思われず、話しぶりのひとつひとつに、並の常識や見通しを拒否する強靱《きようじん》な判断力を備えていた。年の頃は四十七、八。これまで話をかわした何人よりも、刺激的なもののいい方をする商人であった。
「……奇兵隊だけじゃなかとですよ。とにかくペムブローク号というアメリカの蒸気船に砲撃をしかけてからこっち、長州の人間はもう戦争一本に固まっとりますと。敵はアメリカとフランス、それにオランダとイギリス。異国の黒船という黒船が相手ですけん、まあいうてみれば日本にきとる異国全部を敵にまわして戦うとることになります。そういう状態ですけん、さっきもいうたように侍や士卒だけじゃとても間に合いまっせん。間に合わんだけじゃのうして、アメリカやフランス艦隊の仕返しで木端微塵《こつぱみじん》にやられて手も足もでんやったことを、その眼で、目《ま》の当たりに見とりますけんな。武士だ何だちゅうても何ひとつものの役に立たんし、信用もできん。みんなそう考えとるから、みかたによっちゃ無茶苦茶な有り様になっとりますと。そいでも無茶苦茶というのは、これまで百石とか二百石とか、身分のある人間からみればの話で、下の方に行けば行く程、その無茶苦茶のところがかえって当たり前というふうにもなっとりますけん、まあいうてみれば気風の一揆《いつき》というか家柄や身分より小銃一丁の方が大事というか、下手にお役所風吹かさるっと忽《たちま》ち食いついてしっぺ返しをしてしまう、そういう風潮ですたい。……
 現にあなた、ついひと月前の六月二十一日にゃ、〈草莽《そうもう》間の者にて苦しからざるに付〉という藩令のおりとりますと。算盤《そろばん》でん猟銃でんよか、腕に覚えのある者は支配支配に申しでろという触れまででとっとですけんな。こりゃもう下の方からだけじゃのうして、上の方でも才腕だけが大事だというふうになっとるとでっしょ。家柄だけようして能もなかくせにただ家禄だけを後生大事にしとる者からみれば、それこそ気違い沙汰でっしょが、塾にでも通うとって、海の向こうはどげなふうになっとるか、少しでも考えてみたことのある者にとっちゃ、何処でもよかけん火ばつけろというてけしかけられとるようなもんですと。……
 実際に猟銃を抱えて集まった者に撃ちくらべをやらせて褒美《ほうび》ばだしとるかと思えば、能役者に洋式軍楽の演習までさせとるとですけんね。よその藩じゃちょっと考えられんことでっしょ。お台場作りでもそうですたい。お寺さんから百姓町人まで、一切合財、金をだす者は金、手足のある者は手足、その者たちがわっと集まって土塁ば築きよっとだから、そりゃもう忽ちのうちにでき上がってしまう。誰かが人夫の賃銀を百人分だすかと思えば満願寺は砂糖三百斤という具合で畳から縄までそりゃもう山のごと集まっとりますと。そのうち何とかの婆さんが鏡を一面持ってきたのが伝わると、誰かはまた膏薬《こうやく》をわざわざ作ってくる。こいじゃ幕府と戦争しても勝ちますばいと、けろっとしてそげな話を口にする者もおるとですけんな。……
 そいでも、ほんなことをいえば、そげな能役者の軍楽なんかみせかけのものはどうでもよかとかもしれん。問題はいまさっきいうたように、侍がもう侍だけじゃ通らんごとなったことでっしょ。奇兵隊もほかの百姓町人を集めた何々隊も、さあ戦争は終わって落ち着いたけん、元の仕事に戻れというても、そうは問屋が卸しまっせんけんな。いっぺん崩された土台はとても元通りにはなりまっせん。景気不景気で物の値段がどうなるちゅうことじゃのうして、人間の値打ちは、一旦秤《はかり》にかけられると、それでもう極まってしまう。金か銀か、それともただの泥瓦か知ってしもうてから、あん時のことはあん時で、といくら昔に戻そうとしてもどうにもなるもんじゃなか。あたしらからみると、そこんところがとてものごと、大胆に激しゅうみえますと。……」
「各地に自発的な農兵隊のできとるという話ですばってん、そんひとたちの武器はどんげんこつになっとるとですか」井吹重平はきいた。
「大方、鉄砲の行き渡っとりますと」彼杵屋番作はこともなげに答えた。「自前で鉄砲を購《こ》うとる豪商もおるし、献金を集めて、それで藩から下げ渡して貰うた者もあるという具合です。……その辺が幕府やよその藩と違うところで、町人や百姓に勝手に武器を持たせたら反乱や一揆の原因になるという、そこのところを取っ払ってしもうとるとですたい。初めに土台ば崩してしもうとるから、何でも思うごとできるとじゃなかですか。何というても目の前で、アメリカの黒船にやられて沈没したり火の海になったりしとるさまを見せつけられとるから、武士の面目がどうとか、百姓に鉄砲持たせたらどっちを撃ちよるかわからんというような文句は吹っ飛んでしまう。高杉さんの話じゃなかばってん、異人の領地になっちゃ元も子もなかとだけん、何のかんのいうちゃおられんとでっしょ」
「彼杵屋さんは高杉さんと会いなさって、大分昵懇《じつこん》にしとんなさるとですよ」主人の竹蔵が井吹重平の盃《さかずき》に銚子《ちようし》を傾けながら口を添える。
「昵懇というわけじゃなかとですが、馬関の商人であの方をよう知っとんなさる白石正一郎というひとがおんなさって、そのひとと行き来のありますけん、そのつながりで何度か話ばきいたことがありますと。……そういえば、上海《シヤンハイ》かから帰ってすぐ茂木屋で食べたきびなごの刺し身は忘れられんと話のたびにでとりましたたい」
「きびなごの刺し身じゃのうして、東明屋の刺し身じゃなかとですか」竹蔵は小鬢《こびん》を掻《か》いた。「今でん、浦里さんは何かといえば、晋作さんのどうしたこうしたというとらすそうですけんね」
「上海に行かるる便のあるとなら、おれも行きたか」井吹重平はいった。「アメリカやオランダがどんげんふうに考えとるか、上海にはみんな、それば証拠だてるものが並んどるとでっしょ」
「証拠じゃのうして、実際そげなふうになっとるそうですたい」彼杵屋番作はいった。「ああたは租界という言葉ば知っとんなさいますか」
「いいえ」
「何でも、自分たちの思う通りに法を定むるとが租界といいますと。よその国ん中で、もうひとつ新しか藩ば作ったと考えればよか。藩の中の藩ですけんね。どっちみち、後からできた藩の方が力の強かとでっしょう。そんげんふうに力の及ぶ区域ば名付けて租界というとですたい。その中に入れば、鑑札を下げとる犬の方が、清《シン》国の人間よりかえって大手をふって歩いとるらしかですばい」
「馬関がそんげんふうになるかもしれんといわるっとですね」
「馬関だけじゃなか。長崎も薩摩もことと次第によっては上方一円に江戸、横浜までそうなるかもしれんと、それを高杉さんは心配しとんなさるとですよ。……」
「出島とか大浦居留地のごたるとば作っちゃいかんといわるっとですか」彼杵屋番作に酌をしながら竹蔵はいう。
「出島と租界はまるっきり逆さまたい」博多の商人はいった。「出島とか居留地は自分勝手に出歩いちゃいかんというて、こっちの方で指定した区域。租界はちょうどその逆ですたい。長崎でいえば丸山や寄合町は自分たちが住んだり遊んだりする場所やけん、お前たちは勝手に入っちゃならんと、向こうがきめてしまうとですけんな。こりゃ高杉さんの請け売りですばってん、上海じゃ、イギリス人やフランス人が旦那で清国の人間はみんな下男か下女と思うとけばよからしか。もののたとえじゃのうして実際、その国の人間が土下座せんばかりにして歩きよるし、アメリカ人から犬にでもいいつけるごと命令されても、言葉ひとつ返されん。威《おど》しじゃのうしてそれが事実だというとんなさった。長崎や博多でもそうですたい。大体、海ば渡ってきとる人間の腹ん中は、口先とは大分違いますけんな。商売しとってもわかるが、犬にしちゃちょっとしゃれたことばいいよるみたいな、そげな目付きをすることのありますもんね」
「菊の葵《あおい》のというとる時代じゃなかとですね」井吹重平はいった。「長州の空気ば直接自分で吸うてみとうなりました」
「何なら手づるのありますけん、お世話させてもよかとですよ」彼杵屋番作はいった。
「おおきに」
「井吹さんの行かるっとなら、あたしもお供ばしますばい」竹蔵は身をのりだした。「長崎辺りでやきもきしとってもどんげん仕様もなかとでっしょが。いっちょう天下の形勢ば眺めてこようじゃなかですか」
 住職の持ちだした地図の件もあるしな、と井吹重平は思う。長州に連れて行くといえば、きわはどれだけよろこぶかしれぬが、竹蔵と同行する旅に矢張りそれは無理だろう。
 脱衣所からの戸が開いて、竹蔵が顔をみせた。
「まあだ入っとんなさったとですか。きわさんも気ばもんどんなさるごたるし、海にでん飛び込んどらすかと思うとりましたばい」
「凡人は考えにゃならんことの多かけんな」
「あんまりよか掘り出し物ばして、ぽうっとなっとられたとでっしょ」竹蔵はいった。
「そりゃそうと、いま、卯八さんというひとの訪ねてみえられとるとばってん、どんげんしますか。まだおられるともおられんともいうとりまっせんが」
「此処《こ こ》におるのがようわかったな」彼は首をかしげた。「何か用事のできたとやろう。とにかく通して貰おうか。……あ、別の部屋がよかばい」
「わかっとりますたい」
 井吹重平は急いで体を拭きながら、妙に胸騒ぎがした。茂木屋を探し当てたのは、何か方途があったとして、この時刻にわざわざ訪れる卯八の用件は……。
 きわにその旨を告げて、階下の小部屋に行くと、卯八が居ずまいを正した。そこに女中が銚子や肴《さかな》をのせた膳を運ぶ。竹蔵が気をきかせたのだ。
「ようわかったな、此処が」
「小萩さんにききましたと。ひょっとしたらあそこかもしれんちゅうて」
「勘のよかおなごじゃな」井吹重平はいった。
「よんべはずっと待っとんなさったごたるですよ」
「まあ飲まんか。あ、そうか、ぬしはいけん口じゃったね。こりゃ気のつかんことをした。そいじゃなんか冷たかもんでも持ってこさせるけん。……何なら飯ば運ばせようか」
「いやもう飯はすんどりますけん。何もかまわんどいてくんなっせ」
 井吹重平は席を外して小女に西瓜《すいか》でもあればと頼み、部屋に戻った。
「そいで、ぬしがきたことは小萩の言伝《ことづ》てでも持ってきよったとか」
「あんげん井吹さんのことばっかり想うとるおなごしば夜通し待たせちゃいかんですばい。そいでん、あたしがきたとは別の用事のありましたと。明日でもよかったとかもしれんばってん、どうも気持ちの落ち着かんことの起きとるとですよ」
「気持ちの落ち着かんこと、何ね、そりゃ……」
 卯八は昨夜からの出来事を有り体に話した。相当の練達者と考えられる尾行のこと、マックスウエルとの取引と持ち込んだ絵だけではなく、版画を全部購入したいという主張。そして、井吹重平になるべく早く会いたいという咲の希望と、それに関する彼自身の推測。峰吉に誘われた話だけを抜いて。
「わかった。そのお咲さんには明日の昼でん会う手筈にして、問題は尾行されとる狙いが何かということやな。……ぬしには何も心当たりはなかとか」
「まああるとすれば、大浦居留地に出入りしとるこつでっしょが、ほかに思い当たることはなかですもんね」
「そうするとおれの方にも紐《ひも》のついとるのかもしれんな」井吹重平は考え込むようにいった。「さあ、冷えとるうちに食べんね」
 卯八は黙っていわれた通りにする。
「それならそれで対策ば講ぜにゃならんが、なんにしても明日のこったな。相手の狙いのわからんけん、何ともいえんが、どんげんしたらよかか、とにかく手口ば考えとくけん、ぬしは心配せんでよか。ひとつだけきめとくことは、万一手入れを受けても、マックスウエルに頼まれたことのあって出入りしとったというとけばよか。こんことは向こうとも口裏を合わせとかにゃならんが、珍しか陶器ば世話しろといわれとるが、なかなか見つからんとでもしとくたい。おれとは以前からの友達で、やきもののことば相談しとったことにでもするか。……とにかく明日詳しかことば全部きめとくことにするけん。……まさか今夜しょっぴかれることはなかじゃろう」
「明日は何処に行けばよかですか」
「九ツ、中津で一緒に飯でも食うたい」
「ああたに会えたけんよかったですばい。今夜も行方知れずならどがんしゅうかと思うとったとですよ」
「いうとくばってん、此処におったこつは、小萩にゃ内緒じゃけんね。ふらっと魚釣りにでん行かしたとじゃなかか位にいうとけばよか」
「そいじゃ、今夜も門屋には行きなさらんとですか」
「博多のひとと約束のあっとたい」
「博多のきれかひとでっしょ」
「そんげん浮いた話じゃなか。明日はぬしにも話すばってん、ひょっとしたら長州に行かにゃならんかもしれんから、そいで相談のあっと」
「長州に行きなさるとですか。そりゃまた大事ですたい」
「大事じゃなか、ただ行って帰るだけたい。……おれがついとるとだけん、ぬしは大船にでん乗った気持ちでおればよか」
「そりゃもう、あたしの運は井吹さん次第ですけんね。……」
 卯八の言葉に日頃の余裕がないのは、矢張り狙いの不明な尾行におびえているのだ。寺の住居もすでに探知されているのかもしれず、すぐにでも帰宅して住職に知らせておいた方が賢明であろうという思いを一方に引きずりながら、決してそうしない自分を、井吹重平は知っていた。今宵《こよい》はきっと、きわと二人の夜を過ごさなければならないのである。
「案ずることはなか。いくら後をつけても手も足もでんごと、明日までにゃちゃんと策ば立てとくけんな」彼は自分にいいきかせるようにいう。
「そいじゃあたしはこれでおいとましますばい」卯八は頭を下げた。「明日は気ばつけて、つけられんごと中津に行きますけん」
 きわの待つ部屋に井吹重平が戻ると、酒の仕度をした膳と水差しの盆がきちんと並べられていた。隣室にはすでに夜具も用意されているはずだ。
「待ちくたびれたじゃろう」
「はい」きわは素直に返事をした。「なんか急に用事でも起こったかと思うて、心配しとりました。……それで、こいから何処にも行きなさらんでよかとへ」
「ああ、何処にも行かん。用向きはみんなすんだ。こいからは明日まで二人きりたい」
 何を思ったかきわは俯《うつむ》き、手酌で盃に注ごうとする彼を見ると、慌てて膳の方に擦り寄った。
「ぬしも飲むとよか」
「あ、そいから……」
 二人の声は絡み合うようにでた。
「なに」
「さっき、此処のご主人のきていうとられましたと。こいから先はもうお邪魔ばしまっせんけん、酒の足りん時は下にきて代わりば持って行かれるとよかし、肴でも何でんあるものば食べなはるとよか。そんげん言伝てのあって……」
 消えた語尾を恥じるように、きわはまた白い項《うなじ》を見せる。
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