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丸山蘭水楼の遊女たち2-1

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   1 この年殊更喧騒《けんそう》を極めた諏訪《すわ》神事の後、十日ばかり経った頃、季節風を利用する蘭船《らんせん》出
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 この年殊更喧騒《けんそう》を極めた諏訪《すわ》神事の後、十日ばかり経った頃、季節風を利用する蘭船《らんせん》出帆の定日、丸山寄合町の楼家はかすかに前ぶれの街灯をふるわせていた。替わりの銚子《ちようし》と小ねぎを添えた冷《ひ》や奴《やつこ》を盆に載せ、てずから運ぶつねよ。階段を踏み終えた途端、危うく禿《かむろ》の小藤とぶつかりそうになって思わず吐息を洩らす並女郎の目と耳に、廊下を斜交《はすかい》に区切る光と影は、淡く名残の囃子《はやし》と重なる。
 万屋町の魚問屋で働く男で、裏を返しにきたばかりの客は、泊まりとも遊びともまだ腰を構えておらず、もうひとりまわしを取ってもおり、なんとしても朝まで引っ張っていたい。ちょうど戌《いぬ》の刻(午後八時)になったばかり、今度くる日の口約束を守った男に、つねよは何時《い つ》になく引かれるものを感じていた。
 部屋に戻ると、窓際に寄りかかって、ぼんやりと思案気な様子をしていた客が、浅黒い顔をつねよの方に向けて、拍子を打つようにパンと掌を鳴らした。
「大分待ちながかったとでっしゅ。豆腐ばこしらえて貰おうと思うてあれこれしとったら遅うなってしもうたと。ご免ね」
「まあ慣れとるけんな、何時でん」客は答えた。名前を和助《わすけ》といい、二十七歳だと自分でいう年よりは老けて見える。
「憎まれ口ばっかり叩きなはるとだけん」つねよは客の方に膳を寄せて、新しく運んだ銚子を傾けた。「あんしゃまに食べさせたか一心に、おがむごとして冷たか豆腐ば貰うてきたとよ。ひどう気ば入れとるじゃなかね、と板場のあんね(下女)にまでからかわれてきたとだから」
「そんげんいえば、丸山で豆腐ばだされたことは、これまでなかったな。珍しか」
「お客にだすとじゃなかったと。……そいでも、煮魚のごたるとよりましでっしょうが。何時でんぴんしゃんしとるとば食べるひとに、しょんだれたとはだされんもんね」
「ぬしゃ気のつくおなごたい。この前からそう思うとった」
「昔からだいでも、うちは好いとるひとに豆腐ば食べさせとうなると。どんげんしてかわからんばってん、自分で豆腐好きやからそがんふうな気持ちになるとかもしれんね」
 和助はひょっとこの面相を作って盃《さかずき》を口にした。
「ひゃぁはちが何ば喋《しやべ》りよるかと、心の中では思うとんなさっとでしゅ。大方そうにきまっとる。そいでもうちは口先だけのことはいうとらんと。……何ばいうてみても、あんしゃまには通用せんかもしれんばってんね」
「まあだ酔いも廻っとらんとに、あんまり真正面からうまか文句ばきかされると、答えようもなかけんな。……かあっと頭の熱うなって、何ばいおうとしとったか、考えとったことまで忘れてしもうたたい」
「あんしゃまの考えとんなはることは、うちには丸見えじゃけん」
「そりゃ千里眼の易者たい」
「当ててみまっしょか」つねよはいう。「あんしゃまのいま、いちばん気にかかっとること」
「気にかかっとるもの。そんげんこつのあったろうか」
「当たったら、褒美《ほうび》にうちのいうことばきいてくれにゃいかんよ」
「まさか鯨だんじり(祭礼の山車《だ し》)ば買うてくれというとじゃなかろうな」
「あんしゃまと一緒に朝までおりたかと。ほかには何もいらんけん、もしうちのいうことの当たったら、頼みばきいてくれるね」
「難しかな、そりゃ……」
「どんげんしても晩のうちに帰らにゃいかんとへ」
「心のうちばあてるとが難しかとたい。ほんなこついい当てたら、泊まって行ってもよかぞ」
「わあうれしか。そいじゃちゃんと約束するね」
「約束する。そいでもちゃんと当てにゃならんばい。易者のごとてれんぱれんいい抜けようとしても、そりゃ駄目じゃけんな」
「あんしゃまの方こそ、ぴしゃっと当てられて、そんげんこつは思うとらんやったというちゃいかんとよ」
「よかよか。そんならいっちょきいてみようか」
 つねよは片方の手で胸元をおさえると、男のおいた盃を持った。
「一杯飲ませてくださりまっせ、なんか胸のどきどきしてきよると」
 和助の注いだ酒をひと息で飲むと、つねよは「当たるとよかばってんね」と呟《つぶや》く。廊下を伝わる小節は船方会所衆の宴席からのものだ。
「そいじゃ、染田屋平八の易ばいまから披露しますけんね。万屋町魚文の働き者、和助さんのいまいちばん気にかかっとることは……蘭水の格子、くら橋さんの行方。見事にいい当たりましたところで拍手ご喝采《かつさい》。……」
「違うというてもよかが……たまげたな」和助は咽喉《の ど》につまる声をだした。「いわれてみればそうかもしれん。なしてそれがわかった」
「種ばあかすと、去年うちはあんしゃまとこん二階で擦れ違うたことのあったとですよ。そん時くら橋さんも一緒やった。この前ん時は思いだしもせんやったのに、さっき豆腐のでくるとを待っとった時、ふっとそれを思いだしましたと。ああ矢張りそうか、何処《ど こ》かで見たことのある顔ばってんね、と考えとったことのすっとでてきよりました」
「たった一度きり、こん家で擦れ違うたとを思い出したというとか」和助はいう。「そいがほんなこつなら、ぬしはよっぽど頭のよかおなごたい。くら橋とは格別馴染《なじ》みじゃったわけでもなかとに、ちゃんと覚えとるとだけんな」
「こんげん家に住んどると、なんか口ではいえんごたる間《ま》のあっとですよ。なんというてよかかしれんばってん、自分の前を通り過ぎるお客が間を抱えとったり、そいば見とる自分の方に間が生まれたり、そんひとと自分と何のかかわりあいもなかとに、ああこんげんひとのおらすとたいね、と思うたりしますと。……」
「馴染みになろうと思うたらいくらでもなれたとに、何時でんあんひととは遠慮の挟《はさ》まっとるごたった。どがんしたわけかわからんやったが、おいは何時もそいば気にしとったとたい。それでこん家にきて、しょっちゅうあんひとにあがるかというと、そうでもなかったとだけん、おかしな気持ちやった」和助はいった。「そいでも妙なことのあるもんやね。くら橋のおらんようになってから、以前よりちょくちょく染田屋に通うごとなって、今んようなことまでぬしにいわれるとだけんな。なんかよう、自分でも気持ちば勘定することのできん」
「あんしゃまは正直かね。あんまり正直すぎて、今度はうちの胸まで動悸《どうき》の打ってきよる。あんしゃまからそんげんふうに好かれとる位なら、くら橋さんもあんげんふうにうろたゆることはなかったとにね。うちはもうなんかあじけのうなってきた」
「うろたえたというと、くら橋はどんげんふうにうろたえたと」
「目の前に、自分ば好きで好きでたまらんおなごのおるというのに、心は全部違う場所に飛んでしもうとるとだけんね。うちはもう知らん。……」
「くら橋のことをいいだしたとはぬしばい。見事に当てられて、たまげとるとじゃなかね」
「褒美の約束は約束ですけんね。たがえさせちゃなりまっせんばい」
「わかっとると」
「よかった。……そんならあんしゃまにとっておきのことば教えてあげますけん、ほら、こんげんいうたらもう顔の赤うなっとらすと。……」
「だいも顔なんか赤うなっとらんよ」
「ほら、いっちょん酒は減っとらんじゃなか。……くら橋さんのことはみんな、何から何まで朝までかかって教えてあげるけん、楽しみにしとんしゃい」
「稲佐にやられたというとはほんなこつな」
「ちゃあんと知っとらすとだけんね」
「そいでも、もうロシヤの士官とは別れたとか、そこにはおらんとかきいとると。それは最初からすらごとで、ほんなことは博多に逃げたという者もおるし、肝心要《かなめ》のことは何もわかっとらんとたい」
「そんげん好いとるとに、あんしゃまはなしてくら橋さんと馴染みにもならんやったとね」
「そいけん、それはもういうたろう。くら橋が蘭水にでとった時分は、なんかようわからんやった。そいでも三度か四度、おれはくら橋のところにあがっとるのに、ようとそん時そん時に気持ちがつかめんやったとやろう。折角染田屋にきとるのに、くら橋とは別のおなごん部屋に泊まったこともあるとだけんな。……」
「ちょうど今んごとね」つねよは男の盃に注ぐ。「こんげんなったらもう構わんとだから、なんでもいうたらよか」
「くら橋というおなごは、会うとる時は何時でん紙のごとしとったと。格別おかしかこというではなし、何時でんしんから笑うとらんごたる顔ばしとったしね。こんげんおなごに何もせっつくことはなか。いくら口先だけと思うとっても、丸山にくるうちの半分はその口先に迷わして貰うためにくるとだけん、その口先もよう使わんおなごに入れあげることはなかろう。そう思うとるくせに、何かしらんしょっちゅう気にかかっとる。……」
「ほんなこつ浮世はままならんとよね」つねよはいう。「針と糸一本の違いで笑うたり泣いたりしてしまう。……そんげん自分を好いてくれる客のことは気もつかずに、くら橋さんはひとつのことしか考える暇もなかったとでっしゅ」
「いいかわした男のあったというとはほんなこつね」
「それはうちの口からいえまっせんと。たったひとついえるとは、くら橋さんの懐の中に何年も仕舞い込んどったいちばん大事か包みが、あけてみたら藁《わら》半紙になっとったとよ。誰でもそげな目におうたら、泣くにも泣けんとでっしゅ」
 和助は手酌で盃を干し、それから豆腐に箸《はし》をつけた。
「すみまっせん」と、つねよは詫《わ》びる。
「それでいま、くら橋はどんげんしとるとな」
「ロシヤの士官のところにはほんのちょっとしかおんなさらんやったとよ。どんげんしたわけかお面ばかぶったごたる顔ばして戻ってきなさって、ワシリエフさんには代わりに若松さんの行きなさったと。そうそう、相手の名前は確かワシリエフというとった。それも、くら橋さんが別れたかといいなさったとじゃのうして、ワシリエフの方から引き取るように申しでてきて、それで旦那さんもそんげんこつなら仕方のなかと思いなさったと、そん時はあれこれ噂《うわさ》もでよりました。……それから何日位経ったとやろうかね。その間くら橋さんは店にもでずに、屋根裏の部屋に押し込められたごとしてくらしとんなさったが、ふっとおらんようになってしもうたとよ。さっきもいうたごと、稲佐から戻ってきなさった時は、他人のごたる顔ばしとって、たまに口をきいてもよそよそしゅうて、以前のくら橋さんじゃなかったし、あれじゃ店にでても仕様のなかったとでっしゅ。……その辺のいきさつはあんじゃえもんしゃんしか知んなさらんとばってん、道尾《みちのお》の家に戻されたという者もおるし、そがんことはなか、道尾にはもう身寄りもおらんとだから帰っても仕様のなかろうと、自分のごといきまく者もおったと。大きな声じゃいわれんばってん、此処《こ こ》のあんじゃえもんしゃんがみすみすたよしひとり分を損するようなこともなかろうし、大方何処ぞに売り飛ばされてしもうたとじゃろうと、蔭《かげ》ではみんなそんげん思うとるのかもしれんね。……」
「何処ぞにというとを、もうちょっと詳しゅういうと、どっちの方角ね」
「そりゃ誰にもわからんと。何処か見知らぬよその町にやられなさったか、ひょっとして、浪《なみ》ノ平《ひら》か戸町にでもおんなさるかもしれんしね。まさかとは思うばってん、身請けでも年季あけでもなかとに、丸山におられんごとなるとだから、どんげん仕打ちば受けても仕様のなかとでっしょ」
「浪ノ平というたら和船相手の惣嫁《そうか》(泊まり船の客を相手にする女)でもしよるというとね。いくら何でも染田屋の格子にそれじゃあんまりの仕打ちじゃろう」
 つねよは何故《な ぜ》かその言葉を直接には受けず、盃を重ねるよう和助にすすめた。戸町を口にしたので、ふっと桜町の牢《ろう》にいる男を思い浮かべたのだ。何の取り柄もない、ただ気持ちだけ優しかった小悪党。
「藁半紙か。……丸山の格子にもそんげんことのあっとばいね」
「男とおなごが生きとるとですけんね。ひゃぁはちにでん格子にでも、大事かものはあるとですよ」
「自分のことばあんまり、ひゃぁはち、ひゃぁはちといわん方がよかぞ」
「すみまっせん。別にそがん気もなかとばってん、矢張り何処かいじけとっとでっしょね。さあ、機嫌ば直してやらんね」
「ぬしのごたるよかおなごば、なして並のままにしとくとやろうな」
「うちは掘り出し物ですけん」
「掘り出し物。……」
「店女郎はいくら、並はいくらと、初手から揚げ代のきまっといて、お面もからだもそいしこのたよししかでてきよらんと何かしら味気なかもんでっしょが。並の分ば払うて、でてきたとをみれば誰にも真似のできんごと客扱いのよかった。そんげんふうになると店の評判もあがるし、遊ぶ方も儲《もう》かったと思う。いわば掘り出し物ですたい。そいけんうちは太夫《たゆう》にもならずに、何時までも泣く泣く、並の看板ばかけさせられとっとですよ」
「おもしろかことばいうな。ほんなこと、ぬしは掘り出し物かもしれんばい」
「うちばあんしゃまの馴染みにしてくれまっせ。くら橋さんとはくらべものにならんかもしれんばってん、気持ちは倍もつくすとよ。うちは藁半紙なんか懐に入れとらんけん、あんしゃまの思い通り、どんげんことでもいいつけばききますと」
「ほんなこつ、どんげんいいつけでもきくとな」
「申しつけてやんしゃい。何でん全部、あんしゃまのいいなさる通りにしますけん」
「やめとこ」
「なしてやめるとですか。うちはうわべだけのことはいうとらんとですよ」つねよはいう。「うちは見掛け通りのおなごで、そんげん押しかけるとは好かんといわれればそれまでばってん、あんしゃまには手くだや上手はいいまっせん」
「わかっとるたい。わかっとるけん、思いつきをいうとはやめとこといいよると。ぬしとはこいからも、駈け引きなしで付き合いたかけんな」
「思いつきでん何でんいうてみまっせ。うちはそればきいてみたか」
 和助は付き出しの煮こぶをつまみかけた箸を途中でおいて、ちらっと相手をみた。幾分厚目のまくれあがった唇は小娘のような愛敬《あいきよう》を含んでいて、刷《は》かれた口紅が妙に浮き上がっている。
「早ういいなさらんね。うちは待っとるとよ」
「そればいうてしもうたら、ぬしはいっぺんにおるを嫌になるとたい」和助はいう。
「そんげんことならなおききたかと」
 和助は盃を口に含み、そのまま真っ直ぐ試すような視線を走らせた。
「おるは今夜此処に泊まる。そこでの頼みばってん、これから朝までずっとおると一緒におって貰いたかと。小半時も離れずにな。ぬしがまわしを取っとる分の銭は払う。……まあききんさい。ぬしがいいわけすることはなかと。そんげんことは当たり前のことだけんな。そればどうのこうのいう方がおかしか。そいけん思いつきでいいよっとたい。しょっちゅうじゃなか、今晩だけたい。いうことをきかれるならきかれる、きかれんならきかれん。そいだけはっきり返事ばして貰えばよか」
「今晩だけじゃのうして、あんしゃまがきなさることがわかっとる日は、こいから必ずまわしは取りまっせん」つねよははっきりした口調で答えた。「あんしゃまのいわれる通り、ちゃんと断わりますけん、今晩のことはご免して下さりまっせ」
「そいだけきけばよかと」和助はいう。「ぬしの困ることはしとうなかけん、まわしばすませてくればよかたい。おるは此処で待っとる」
 つねよは黙ってすっと立ち上がった。
「何としてでん、向こうのお客に今日は帰って貰いますけん。……」
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