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丸山蘭水楼の遊女たち2-2

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   2 川岸には珍しいざくろの枝葉を指先で弾《はじ》くと、卯八は何時も唾を流れ淀《よど》む水面に吐く。橋ひとつ渡った場
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 川岸には珍しいざくろの枝葉を指先で弾《はじ》くと、卯八は何時も唾を流れ淀《よど》む水面に吐く。橋ひとつ渡った場所に峰吉の待つ家の明かりが見え、そこを通るたび鳩尾《みぞおち》の辺りに気泡でもたまるような心持ちになるのであった。
 戸を開けると、顔を見せた女はものもいわずに引っ込む。土間から真っ直ぐ二階に上がる階段を踏んで卯八は半ば開いた障子の手前で膝《ひざ》をついた。六畳の部屋には峰吉の他《ほか》にもうひとり侍がいる。
「あ、これは」
「奉行所からおいでになったとたい、わざわざ」
 峰吉がそういうと、侍は自分の方から名乗った。
「目安方の清瀬内記と申す。今日は直接おぬしの話をきこうと思うてな」
「卯八といいますと。よろしゅうお願い致します」
 挨拶を終わると峰吉は階下に行き、自分で盆に乗せた茶碗を運んできた。卯八は礼をいって、ただ前に坐る男の言葉に備える。
「塩辛売りの探索で、何か目ぼしい当たりでもついたかな」
「この前、峰吉さんに伝えた後のことは、まだそのままになっとります。マックスウエルのことのありましたけん」卯八は答えた。「塩辛の方はどうも、もうちょっと日日《ひにち》をかけんと、かえって怪しまれますけん、懐に入るとは難しかごたると思います」
「マックスウエルは矢張り一昨日の晩金ケ江屋境平と会うたとね」と、峰吉がきく。
「そいが、相手は金ケ江屋ときいとりましたけん、そのつもりで見張っとりましたばってん、どうも様子が違うとったとです。あたしは金ケ江屋の顔を知らんし、初手のうちはそんなつもりで考えとって、マックスウエルと別れた男の後ばつけとるうちに、そん男が金ケ江屋じゃなかことのわかったとです」
「体のよう、たぶらかされたとじゃなかね」峰吉はいう。「マックスウエルが舟津町にある金ケ江屋の別宅で主人と会うという知らせは、そいこそ間違いのない筋からでとるとだけんね」
「マックスウエルは金ケ江屋の別宅には行かなかったというのか」清瀬内記はいった。
「いえ、それは間違いありまっせんと。舟津町の別宅は変わらんとです」
「まどろしかことばいわずに、要点ばいわんね。別宅ばでた男が金ケ江屋境平じゃなかったというても、これでマックスウエルの相手がそうじゃないとはいえんやろう。金ケ江屋境平ひとりだけじゃのうして、マックスウエルの相手にはもうひとりほかの誰かがおったのかもしれん」
「それはそうかもしれまっせん。そいでもわたしの勘じゃ、一昨日の晩、別宅の主人はあそこにおらんやったとじゃなかか。あそこにマックスウエルと会うたとは矢張り別人で、わたしが後ばつけた男に違いなか。そんげんふうに考えましたと」卯八はいった。「金ケ江屋境平は別宅をただ貸しただけで、実際にそこに行ったのはマックスウエルと別の男。あたしにはどうもそんげんふうに思われるとですよ」
「勘だけじゃ何の証拠にもならんけんな。部屋の中まで覗《のぞ》いて見たとならそういうことにもなろうが、出て行った男が違うたからといって、金ケ江屋境平じゃなかったという裏付けにはならんやろう、……」
「それで、別人だという者の身許《もと》は確かめたのか」目安方だという役人はたずねた。
「はい、そいがいちばん難儀しましたが、やっとのことに確かめました。薬種問屋の梶屋正輔。そんひとに間違いありまっせん」
「なに、梶屋正輔。……」
「薬種問屋の梶屋か。なしてそいば早ういわんとね」峰吉はいう。「そりゃ、ほんなこつやろうな」
「ほんなこつです。金ケ江屋の別宅をでて、そいからそん男は五島町の小料理屋にあがりましたけん、その辺の調べはついとります」
「そうすると、舟津町の別宅でマックスウエルと会うたとは薬種問屋の梶屋か。それに金ケ江屋境平が一枚噛《か》んどるわけたい。こりゃ思いがけぬ人間のあらわれよったと。……卯八さん、手柄ばい」
 清瀬内記はそれにも応ぜぬまま、卯八の口にした名前にこだわっている様子で、殆ど空の茶碗を手にした。
「これでなおさらマックスウエルの動き方がはっきりしましたとたい。金ケ江屋だけじゃのうして梶屋まで絡んどるとなれば、これはもう疑う余地もなか。阿片にきまっとりますばい」
 阿片。するとマックスウエルも、と卯八は思う。
「此処でとやかく詮議《せんぎ》するわけにもいくまい」清瀬内記の口調は明らかにそれまでのものではない。「金ケ江屋境平と梶屋のつながりがどの程度のものか、それを探った上でなくては軽々しく踏み込むこともできぬからな」
「金ケ江屋の別宅で、マックスウエルと薬種問屋が会うとるというだけで充分じゃなかとですか」峰吉はいう。「前々からおかしかと思うとったこともあったとですよ。卯八さんの持ってきた塩辛売りの一件も、案外そんげんところが大根かもしれまっせんと」
「奉行所はおぬし達だけを使うているのではないからな」
「そりゃもう……」改めて何をいうかというふうな面持ちを峰吉は浮かべた。
「奉行所には夫々《それぞれ》の目的と思惑があってな。大きな輪、小さな輪と、それらが互いに噛み合いながらひとつの車を動かしておる。わしはそれをいうておるのだ。小さな節穴から遠くを見透すことはできまい。梶屋の探索は奉行所でじかに行うことになろうな。……」
「梶屋のことはわかりましたが、マックスウエルも打ち切れといわるっとですか」
「打ち切れというたか、わしが。マックスウエルの行き先は、今後とも厳重に見張っておけ」
 もしマックスウエルが再度梶屋正輔と会えばどうするのか。しかし、卯八は別のことを口にした。
「マックスウエルの見張りと、塩辛売りば洗うことの、どっちば主にしたらよかとでっしょか」
「どちらも、重要だな」清瀬内記は瞬くようにしていった。「どっちにしても目を放すわけにはいかない。……実はそれで思案しているのだ」
「思案といいなさると……」峰吉が促す。
「実はな、おぬし達の手をどうしても借りねばならん仕事が、新しくできてな」清瀬内記はそういうと卯八の方に顔を向けた。「その方、井吹重平にかなり昵懇《じつこん》の間柄ときいたがまことか」
「はい、それは以前に……」咄嗟《とつさ》のことに卯八は返答に詰まった。「昵懇というのではなかとですが、顔見知りは見知りでございますと。……」
「以前でも昨今でも、それは構わぬのだが、井吹重平に顔見知りならば都合がよい。おぬし、早速その男の身辺を洗え」目安方の役人はつづけた。「近頃、長崎の港を中心にして肥前の国の詳細な絵図がオランダ、イギリス人などとの間に取引されているという知らせがある。それも一枚二枚ではないのだ。話だけではなく、実際にそれを見た異人から、なんとか同じ絵図を世話してくれないかと、持ちかけられた者もおる。その絵図に仁昌寺の住職が何らかの形でかかわっているのではないか、というきき込みがあってな。住職の名は有馬永章。存じておるか」
「仁昌寺の住職ですか。さて……」
 首をかしげる峰吉には目もやらず、清瀬内記は卯八に問うた。
「その方はどうだ」
「いいえ」卯八は答えた。
「そうか知らぬのか。大体坊主の顔は、一度位、土地の者に見られておるものだがな。……」清瀬内記はいう。「顔も見られていないとすると、案外その辺のところがかえって臭いのかもしれんな」
「お寺さんの住職がその怪しか絵図を、なして……」
「異人たちの手に入れたがっている絵図は、日本で作られたものだ。……だからこそ連中も欲しがっているのさ」目安方の役人は間をのばすようにしていった。「出所はどうやら肥前の有田らしい。有馬永章という名前が浮かんできて、これが判明した。住職の前身が元鍋島藩の武士であったこともそこに絡んでおる。絵図には克明に肥前の海岸が小さな入り江までひとつひとつ書き込まれていて、異人に限らず、誰がみても咽喉から手のでる代物らしいぞ」
「そいで、さっき名前のでたひととはどんげんかかわりが……」
 峰吉は卯八の確かめたいことをきいた。
「井吹重平か。その男も仁昌寺に住んでいるのだ。しかも身許は住職と同じ鍋島藩の者らしい。そうだな」
「いえ、わたしは……」思いがけぬことをきかされて、卯八は慌てた。井吹重平は仁昌寺に住んでいたのか。「井吹さんのお住居が何処にあっとか、これは知りまっせんでした」
「住居を知らんのなら、暮らし向きもようとはわかるまいな」
 清瀬内記の言葉は皮肉たっぷりに響く。この目安方は自分と井吹重平の関係を何処まで知悉《ちしつ》しているのか、と卯八は思う。
「居候にしては大層懐があったけえそうだ」
「卯八さんが顔見知りというならなんのことはなか」峰吉はまるでさくらのような口をきいた。「仁昌寺の件は造作もなかごと片付くでっしょ」
「井吹さんのことはどうも……」卯八はいった。「顔見知りじゃけんかえってやりにくうはなかでっしょか」
「お前はいま、井吹という男が何処に住んでいたか存じていない。そういったな」清瀬内記はおぬしをお前にいい変えた。
「はい」
「ならば当然、お前は仁昌寺を訪ねたことはないのだな」
「ありまっせん」
「井吹重平との付き合いがどの程度の年月かは知らぬが、その間、お前に住居を明かさないのはどういうわけだ。その点だけでもかえって不審が生ずるのではないか」
「それ程、特にどうという付き合いでもなかったとです」卯八はさりげなくいってみる。
 清瀬内記の視線が一瞬峰吉のそれと絡まるのを卯八は感じる。
「とにかくこの件はおぬし達にまかせたぞ。仁昌寺の住職と井吹という男の身辺を隈《くま》なく洗うのだ。できる限り早い方がよいぞ、よいか」
 峰吉が黙って頭を下げ、卯八もそれに倣った。
「マックスウエルと金ケ江屋の探索はわしの方で引き継ぐ。当面は絵図の件に集中するのが奉行所の方針でな」目安方の役人はなぜか梶屋正輔の名を口にしなかった。
 それからしばらく世間話がつづき、合間に階下の女が酒と肴《さかな》の膳を運んできた。それをしおに去ろうとする卯八を深くは留《とど》めず、目安方の役人は思いついたようにいった。
「そうだ、丸山のことはおぬしにきけばわかるな」
「いえ、あたしはただ……」
「染田屋の太夫のことは存じておろう」
「はい、名前だけは」
「尾崎というのだな、確か。……近頃その尾崎と船乞食《こじき》にまつわる話が、かなりのところまで伝わっているそうだが、事実か」
「くわしゅうは知りまっせんばってん。……そんげんことをちょっと耳にしとります」
「耳にしたことがある。それはどういう話かな」
「はい……あたしのきいたとは、又次という船乞食が、身形《みなり》をかえて蘭水にあがったのが露見してしもうたという話だったとです。こともあろうに太夫の尾崎を名差して、銭はいくらでもだすというのがかえって化けの皮を剥《は》がれるもとになったと、いいよりました」
「わしがきくのはそれから先のことさ」
「それから先といいますと……」
「又次という船乞食が身分を偽って蘭水にあがり、そこの太夫を名差した。それまでのことは評判にもなっているし、誰もが知っておろう。わしがいうのは別口だ。溜牢《ためろう》からだされた男と、尾崎が寺町の何処かで密会しているとか、そういう話をきいたことはないのか」
「さあ……」
 卯八は首をかしげてみせた。何処まで真実かそれは不明だとしても、船乞食と逢瀬《おうせ》を重ねる尾崎の苦労は、今や丸山でいちばんの内緒話になっているのだが、それを喋る気もしなかったのである。
 卯八は二人と別れて川端の家をでると、懐中の紙包みをいまいましい手つきで取り出した。峰吉の手渡した銀はこの前より余計に入っていて、そのことがかえって彼の心を刺す。
 とどのつまり、追い込まれる道に追い込まれたのだ。峰吉の手下になることをやむなく承知した瞬間から蹲《うずくま》っていた火種がようやく燃えひろがり、避けられぬ場所まで迫ってきたのである。今更フランス寺の仕事から頑として手を引かぬ父親をなじっても取り返しはつかぬというやるせない憤怒《ふんぬ》が焦げ臭い煙を発して卯八の脳裡《のうり》を逆巻く。
 兼七さえフューレやプティジャンなどというフランスの宣教師に近づかず、浦上三番崩れに巻き添えになった屈辱を忘れなければ、峰吉などにつけ入られることもなかったのだ。いくら何ちゅうても、卯八さんのおとさまが隠れじゃったということはなか。あれはただ指物師の腕ば見込まれて、ただそいだけのことで加勢しとんなさるとだけん、そんげん疑いばかけちゃならんばい、とわたしは何べんもそういうとったと。すらごとでも隠れに肩入れしとるなんていわれちゃそいこそ大事《おおごと》になってしまうけんな。そいでのうしてもフランス寺のことは奉行所のにらんどるとだけんね。……峰吉は結局、それを卯八に突き付けたのである。
 左手の二階屋から高笑いの声がきこえるのは、きっと近頃噂のひろがっている時雨茶屋のものだ。何処に向かえばよいのか行き先を定めぬまま、卯八の足は何時の間にか本石灰町に通じる橋を渡っていたが、井吹重平の顔を見た途端、自分の口からどのような言葉がでるのか、わけのわからぬ影を、歩くたびに引きずるような気持ちであった。
 小料理屋の中津。卯八の姿を見ると、女中のお富が太《ふと》り肉《じし》の体をゆするようにして近寄ってきた。
「よんべも噂ばしとったとよ。卯八さんもひょっとしたら勤皇方になって、薩摩にでん行っとんなさるとじゃなかろうかって」
「大方、井吹さん辺りの文句じゃろう……」
 女中の言葉にも引っかかりながら、卯八は辛うじて応じた。
「ほんなこつ、どんげんしとんなさったとですか」
「ちょっと質《たち》のわるか風邪ばひいてな。家にごろごろしとったとたい」
 奥から手招きするような仕種《しぐさ》であらわれた女将《おかみ》も、女中とまるっきり同じことをいう。
「卯八さんは先の見えるひとじゃけん、長州か薩摩にでん行かしたとじゃなかか。よんべまでそんげん話のでよりましたとですばい」
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