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丸山蘭水楼の遊女たち2-3

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   3 英語で記入された地図を下敷きにした版画製作のための隠れ家をでると、井吹重平は左手の土塀《どべい》に沿って歩きな
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 英語で記入された地図を下敷きにした版画製作のための隠れ家をでると、井吹重平は左手の土塀《どべい》に沿って歩きながら、仁昌寺に寄っても恐らく住職は不在であろうと思った。寺の離れを引き払ったというより、部屋の調度はそのままにして、仕事場と寝所を夫々別に設けたのは、卯八についたという尾行を警戒しての上である。仕事は有馬永章ゆかりの者の蔵で、寝起きは殆どきわの借りて住む墓地下の平家であった。
 このところ卯八との連絡の跡絶《とだ》えていることに、何かしら気がかりなものを感じていたが、奉行所の探索をくらますために、心得てそうしているのかもしれないのだ。咲と出会う日時はきまっているのでさして不便はなく、いまだに長州へ旅立てぬ苛《いら》だちを除けば、むしろ順調すぎるような地下の作業に、かえって不安な昂《たか》ぶりさえおぼえる。
 奇妙な一致というべきか。一緒に組んでやらないかと、阿媽《あま》上がりの女の持ちだした仕事の中身も、日本周辺の海域やオランダ医学書から抜いた人体解剖図の複写で、何時の間にどのような手段で入手したのか、驚く程の資料を彼の前に並べて見せたのである。
 月はでていたが、何処となくぼんやりした薄い闇に被《おお》われた夜の道を行く井吹重平の耳に、かすかに届く按摩《あんま》の流す笛。十間余りの石畳を踏み終えた場所に扇の形に似た広がりがあり、突き当たりの番所にはなぜか明かりが灯《とも》っていない。
 そこから一旦せり上がる坂を越えると、平たい家並みがつづき、燈明の鐘にまじわる念仏をきくともなくきいているうちに、やがてうどんの字を提灯《ちようちん》に浮かせた屋台の傍《そば》を通る。磨屋《とぎや》町、銀屋町の掘割にでると、遊び人らしい男が背をかがめるような恰好で駈け去るのが見え、橋際の人だかりはきっと、近頃流行の大波戸《おはと》新報と称する瓦版屋の口上だ。
「さあかれこれもう五ツ(午後八時)ですけんな。こいでも家にはちゃんとお膳ばこしらえて待っとるおかっつぁんのおるとだけん、話はもうこれっきりにしますばい。……よかですか、五年前のコロリ騒動をおぼえておられるひとはまあだいっぱいおらすとでっしょが。ちょうど五年前ですたい。安政五年(一八五八年)の夏、海の向こうの上海《シヤンハイ》でコロリのはやっとるそうな、という噂のでよったと思うたら、あっという間にこん長崎でもあっちでばたん、こっちできゅうという騒動になってしもうた。とにかく朝方までぴんぴんしとった左官が、昼過ぎには、ぐにゃっとなって、夕方にはころりと行くとじゃけん、手の打ちようのなかごたる、おとろしか病気ですたい。去年もちょうど今頃、五年前程じゃなかったが、子供たちが大分腹下しで死んだ。
 コロリの本名はコレラといいますと。ご存じの方もおいででっしょが、こん病気にかかったが最後、百両、千両積もうとまず見込みはなか、これという薬のなかとですけん、黙って見とるより仕様のなかとですばい。そのうち看病しとる者がばたっと倒れてしまう。あんひとにはかかってこんひとにはかからんというけじめもなか、勤皇も佐幕も見境なかごととりつくとがこのコレラですたい。あんた薩摩のひとな、そいじゃやめとこという具合にゃいかんとよ。いくらお蔵ん中に千両箱ば積んどっても、口からあぶくばだして、よろよろと柱にすがりつくごとなれば、もうこの世の見納め。早う朝鮮人参《にんじん》ばというても小島養生所のボードウイン先生にきて貰えとおらんでもおしまい。いかなボードウイン先生でも、去年までおらしたポンペ先生でも、首を横に振るしかなかとがコロリのコレラ。……
 何でそんげん五年も前の話ばすっとか。そがんふうに思いなさる方もおらるっとでっしょ。そうですたい。何も好きこのんでおとろしか話ば流して歩くことはないかと。ところがどっこい、昔話じゃのうなってしもうたとです。おとろしか話ばこしらえて何の魂胆あってかと考えんごとしとってくれなっせ。……
 よかですか、こんげん話はすらごとやただのおつべ(饒舌《じようぜつ》)ではいわれんとですばい。そんげんことでもいうたらたった今、あたしの手は後ろに廻ってしまう。奉行所のお役人が引っ張って行きなさる。その辺のことばようとわかって、こいからいうことをきいときなっせよ。……安政五年の夏、あん時のおとろしかコロリがもういっぺん長崎に近づいとる。こんげんいうたらどがんしますか。すらごとじゃありまっせんと。これはちゃんとした奉行所が今年の六月十三日の日付でだした支配向きへの通達の写しですけんな。読みますばい。……
 上海辺りにこの節、コレラ病流行。殊に当節は勢い甚《はなは》だしき由、オランダ書記官上海にて見聞致し候おもむき申し立て候。昨年も同所に流行の沙汰あり候後、三十日を経て当地に流行候由承り……面倒臭かけん後ははしょりますばってん、わかり易ういいますと、上海でコレラのはやっとるのをオランダの書記官がみたというとるけん、要心せにゃいかんというわけですたい。上海というたら唐天竺《からてんじく》のごと思いなさるかもしれんばってん、ようと調べてみたら、何のことはなか。五島の先ですけんな。上方と同じ位しか離れとらんとですばい。オランダでもエゲレスでも、遠かところからきた船はその上海に寄って、そいから一直線にこん長崎に向かってくる。船に乗っとる者はどっちみち上陸して飲んだり食うたりしとるけん、コレラも一緒にそん男たちの体にとりついてしまう。こりゃもう防ぎようもなかとですと。……
 さあ、どんげんしたらよかか。コレラは明日にでん長崎にやってくるかわからん。ひょっとしたら今頃はもう大波戸辺りをうろついとるかもしれん。笑いごとじゃなかとですよ。さあ、そこで取り出したのがこの大波戸新報第三集だ。コレラにとりつかれんためには、何を食べてはいけないか。こと細かにはっきりと書いてある。それでも万一、とりつかれた時はどんげん養生をすればよかか。軽かうちなら、療治だけでなんとか撃退することもできる。そのやり方まで一切合財記されとる。いうなればコレラ養生法。さあ、一家に一枚、手遅れせんうちに備えておく。わずか五文でぐにゃりの泣く目にあわずにすむとよ。はい、ああたが一番乗り。仏さんの前にぴしゃっと貼《は》っとけば忽《たちま》ちコレラは退散。ただし、黙って拝んどればよかというもんじゃなか。此処に記されとることを実行せにゃならんよ。……」
 井吹重平は四人目の客としてそれを求めた。大波戸新報の第一集は大浦居留地における異人たちの日常生活、第二集は諏訪神事を控えて各町の夫々の趣向を確か瓦版にしたものであった。どちらもきわが購ってきたものである。新報が発行されると、五、六人の売り手が夫々の盛り場で売り捌《さば》く達者な文句はたった今きいた。
 そのまま真っ直ぐきわの待つ家に帰るか、それとも寄合町の門屋で夜を明かして、小萩との間に生じかかっている隙間を埋めておくか、踏ん切りのつかぬ足を万屋町の古書店に向けると、店を仕舞いかけようとする左内がそこにいた。
「よかったとですばい。ああたのきなさらんかなあと思うとりましたと」
「珍しかものでん入ったとな」
「本のことじゃなかとですよ」左内はそういうとちらっと奥の方に首を動かした。
「久し振りじゃけん、きわのおった店にでん行こうか」
「いや、それはこん次にしまっしょ」左内はいった。「昨日の昼過ぎ、八ツ半(午後三時)頃でしたがね、小萩さんの見えなさったとですよ」
 井吹重平は相手の言葉のつづきを待つ。
「お茶もださずに、言伝《ことづ》てだけ先にいうてしまいますばってん、大事な話のありますけん、なるべく早う、ちょっとでも顔ばだしてくれ。ほかの客についとる時でんかまわんけん、とにかく門屋に寄って貰いたか。少しでも早う伝えたかことのできとると、そんげんことづけでしたと。……」
「この頃大分すっぽかしとるけんな」
「それだけじゃなかごたったですよ」左内はいう。「これまで使いは何べんか貰うたことのありますばってん、直接本人がこらしたとは初めてですけんね。それに何かこう無駄口ひとつ叩かんような顔ばしとんなさって、よっぽど急いで知らせたかことのできとるとかもしれん」
「そいじゃこいから寄ってみるたい」
「よかった。ちょうどよか時あらわれなさったとは矢張り虫の知らせたとですばい」
「どうも勝手の違うてな。そんげんはずじゃなかったが、毎晩待っとる者のおると思うと、時刻の配分のなんとのううまい具合にいかんとたい」
「まあいうてみれば新世帯と同じことですけんね。気のきいた娘とは思うとったが、ああたのおなごになったらそいこそさなぎから蝶になってしもうて、たまげとるとですよ」左内はいう。「一方が殻から抜けでたばっかりの白糸蝶々なら、門屋の方はそいこそびいどろで作ったごたる何もかも透きとおった朱門揚羽ですけんね。そん朱門ば気儘《きまま》にうっちゃっとらすとだけんほんなこつ冥利《みようり》のつきますばい」
「ぬしの口にかかっちゃ片なしやな」
「何ですか、そん手にひらひらさせとんなさっとは」
「ああこいか」井吹重平は手の中の瓦版を差し出した。「あっちこっち噂になっとる大波戸新報たい。上海からコレラの上陸してくるそうだけん、どんげんしたらそれを防ぐことができるか。それの書いてあるとらしか」
「らしかというて、まだ読んどんなさらんとですか」
〈これら養生法〉と見出しのついた瓦版にさらっと目を通すと、井吹重平はそれを古書店の主人に渡した。
〈これら流行のときといへとも直様《すぐさま》うろたへさわきてそのつねのならひをかふべからす 只よく養生をおこたらぬやうにおたやかにやしなひをせんことを肝要とす
 家屋しきおこたらすそふじしてしやう〓〓ニなしきよらかなる気のかよふやうにしてきたなくけからわしき事をいむへし尤《もつとも》油こくしてこなれがたきもの油あけ餅たんごの類とよくうまざる木のみ草のみを食すべからす 凡《およそ》しよくしてあしきものを左ニしるす
 一 すべてたまごある魚 色青き魚
 一 いわし さば たこ いか しび かつを
 一 くしら このしろ かに はまぐり ゑひ 凡しほつけの肴類
 一 すいくわ きうり まくわ かき なし
 凡右にしるすものハいまよりあつき間ハわすれても食すべからす
 凡ことしこれらの気味ある時はすぐにはらあしをあたゝめきやく湯——足を湯に入れてあたゝめる事——又ハ風呂にて惣身をよくあたゝめ又ハ腰湯をしてそふしてあつき夜具をかけ十分にあせをとるへしその後に猶《なほ》ひへぬやうに心付へし 又ハ日にてらされあつきにあわぬよふにしてこゝろはへをやすくしてなにことにもおもひこらさす惣身をやすらかにすべし 男女の交りをつゝしみ多く人のあつまりたる所にゆくへからす 酒食事すぎさるよふにすへし 養生にハ一日ちよく一ツくらいしやうちうを乃《の》むこと大きによし しかれ共多分に乃むとわざと其《その》身をほろほすにいたるへし慎むべし〉
「おもしろかもんの商売になっとですね」左内は読みながらいった。「オランダ通詞《つうじ》の本木先生について、横浜からきた男の始めたという話ですばってん、目から鼻に抜けとるとはこんことですたい」
「本木先生というと、あの、本木昌造というひとのことな」井吹重平は左内から返された瓦版をふたたび手にした。「そんげんいえば、並の刷り方じゃなかね。こいじゃまるっきり活版の印刷と同じたい」
「出島印刷所のことはようと知っとってですか」
「なんの、話にきいとるだけたい。オランダの活字のいっぱい並んどって、木版ば彫るかわりに、ただ活字ば拾うて行けばよかとだけん、手間のかかり方が違う。とにかく活字さえ拾うて並べればそれで印刷のでくるというとだけんな。いっぺん実物ば見せて貰いたかと思うとる」
「あたしもまだ見たことはありまっせんばってんね」
 そこに茶を運んできた妻女と入れ替わるようにして、左内は奥の棚から一冊の本を取り出してきた。
「オランダ語じゃな、これは……」
「ドクトル・ポンペが小島の伝習生のために書いた薬学指南ということですたい。これも出島で印刷したとですよ」
「ポンペの薬学指南か。……こんげん本が出島じゃもう印刷できるとばいね」井吹重平は感に耐えぬような声をだした。実際、自分の作製する木版の地図や文字と比較して西洋活字の鮮烈さに撃たれたのである。
「こげな本がすらすら読めたら、どいしこ助かるかもしれんな」井吹重平は気持ちとは別のことを口にした。「きわもいま、何かといえば医学や薬のことば帳面につけとるが、ポンペの薬学指南が一本にまとまっとるとなら、これに越したことはなか。……それはもう誰か買い手のきまっとるとね」
「いえ、それはまだきまっとりまっせんばってん、そいでも……」
「まだ英語のエイ、ビー、シー位しか読めんとだけんな。無理なことは百も承知しとるたい。そいでもこの本ば傍においとるだけでどいしこ励みになるかわからん。これば読み通すという目標のできれば、あんおなごならやってみせるかもしれんばい。あれから日にちも経っとらんとに、英語にかけちゃ、もうおれん方がたじたじになっとると」
 井吹重平の矛盾する言葉をきいて古書店の主人は口許をゆるめた。
「並の値段じゃなかことはわかっとるたい。どうや売ってくれんな。……あんおなごは本ば買うてやるとがいちばんよろこぶとじゃけん」
「よっぽど相性のよかったとばいね」左内は手許の蘭書をいじりながらいう。「そいでもこん書物はかけ値なしに高かとですよ」
「いくらな」
「十両。ほんなこつは十五両か六両で売りたかとばってん、ああたから儲けるわけにもいかんとですけんね」左内はいった。
「十五両でもよかたい」
「いえ、それは十両でよかとです。もう少しなんとかできればあたしもいいやすかとばってん、仕入れた値段がそれに近うして、どうにもならんとですよ」
「ぬしに損させちゃならんけんな。それならそれに二両つけるけん」
「そんげんことはいりまっせん」古書店の主人は『薬学指南』の本を井吹重平に差し出した。「きわさんもきわさんばってん、ああたもああたですたいね」
「何のことな。……」
 肩をすくめる左内を後にして、彼はそこをでた。行く先は門屋にきまったが、昨日、八ツ半に自ら古書店に訪れたという小萩の行為はただごとではない。自身の気持ちだけで、勝手な振る舞いをする女ではないのだ。
 門屋に行くと、折悪しく小萩は客をとったばかりであり、遣手《やりて》の手引きで二人は階下の小部屋で会った。
「早ういうとけばよかったがすまんことばした。そのかわり、明日はきっと宵の口からくるけん」
 それはもうどうでもいいという素振りを小萩はみせた。
「手の放せんことばっかりでな。あとひと月もしたら落ち着くけん……」
「卯八さんのことでちょっときいたことのありますと」
「卯八のことで……」
「卯八さんは奉行所の仕事の手伝いばしとんなさる。出所の確かな話ですけん、疑いようもなかとですよ。ああたにもしものことのあれば、生きちゃおられまっせんけんね」
「そうか」彼はいった。「そん話もあるけん、何とかならんかな、一刻《とき》位ならその辺ばまわってくるばってんね」
 小萩は黙ってかぶりを振った。
「そいじゃ仕様のなかな」彼はいう。「明日はなんか、うまかもんでも下げてくるたい」
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