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丸山蘭水楼の遊女たち2-5

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   5 宵の口から半刻の客を立て続けに二人とらされた後、露地は白湯《さゆ》を貰おうとして板場に行った。その帰途、階段の
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 宵の口から半刻の客を立て続けに二人とらされた後、露地は白湯《さゆ》を貰おうとして板場に行った。その帰途、階段の上り口で遣手のあいが袖を引く。
「ああたを訪ねてきとらすひとのおんなさるとよ」
「訪ねてきとらすひと。だいね」
「そいが、何か様子のおかしかと。名前をいうてもわからんやろうというたり、ふねのもんといえばわかるというてみたり……普通のお客じゃなかごたる」あいは喋《しやべ》る間も肘《ひじ》の辺りをしきりになでさすった。持病の神経病が高じたのだ。「こりゃ太か声じゃいわれんとばってん、くら橋という名のでたけん、たまがってうちはそんひとの口ば抑えたとよ」
 遣手は暗に染田屋での前身を自分だけは知っているぞと告げているのだ。しかし、そんなことはもうどうでもよい。
「うちを訪ねてきたとなら会いまっしょか」露地はいう。「そんひとは何処におんしゃるとへ」
「そいでもああた……」
「よかとよ。あいさんには難儀のかからんごとしますけん」
 普段は病人などの寝起きに使う裏口に近い小部屋の手前で遣手は顎《あご》をしゃくった。
「お客でもなかごたる塩梅《あんばい》でしたけんね」
「おおきに」
 お返しはあとでと、目顔で示して露地は薄暗い部屋に入った。何処となくぎごちなく着物を着た男が行灯の傍《そば》で身顫《みぶる》いするような面持ちをした。
「やっぱくら橋さんじゃったとたいね」男は声をだした。
「おうちは、あん時の……」
「そうたい。あん時のおるたい。覚えて貰うとってよかった。そんげん男は知らんとでんいわれたら、どがんしたらよかか。今の今まで心配でたまらんやったと。……」
 増屋の店先に幾度か立った日、行き場もなくただ歩き着いた場所で出会った男だ。ああたを鶴と思うて頼むとたいという言葉を受け入れると、いがわまで体を拭きに走り、それから息急《いきせ》き切って戻ってきた。……
「ああようやっと探し当てた。……あん時はほんなこつ、お礼のいいようもなかと。……そいであれから染田屋にはもうおんなさらんということのわかって、どう仕様もなかごと案じとったと。何から話してよかかわからんばってん、もう一度あねさんに会いたかと思うて、あっちこっち大分探しましたとばい。……行っちゃならん、探しちゃならんと思うとるとに、じっとしておられんもんだけん……そいでもこうして会えたとだから甲斐のあった。……」
 言葉の先を整えぬまま、男は上気した口調でいった。名前をきいたかもしれぬが、露地の脳裡には浮かんでこない。
「そいで、うちになんか用事のあんなさったとですか」
 そういういい方しかできぬものを繕うのがかえって面倒なような気もするのだ。
「いえ、用事とかそんげんことじゃなかったとばってん、あん時は銭を取って貰えずに、かえってすまんことばしたと思うて、もう一度会うたらようと頭ば下げて詫《わ》びにゃいかんと、思うとったと。あねさんが稲佐の方に行っとんなさることも知っとったし、丸山に戻んなさったことも知っとりました。そいでも、どげんしてよかかわからずに、そのうち、あそこばでなさったときいたもんだけん、もうやもたてもたまらんごとなって、小耳に挟んだことだけを頼りに探して廻ったとです。戸町と浪ノ平と、こいまで何軒訪ねたかしれん。……」
 染田屋から追いだされたくら橋を知らんかと、太か声でおらべば、すぐ見付かったとですよ。露地はさすがにそれは口にできなかった。
「おうちはいま、いくらか銭ば持っとんなさるね」
「銭。……銭はこいだけしか持っとらんと」男は財布ごと懐から取り出した。「こいで足りんなら明日にでんきっと都合つけてくるばい。おるの家にもう一度きて貰えるとなら、いくらでもできるだけのことはするつもりじゃけんな」
 これも新しく購うたらしい縞模様の財布を開けると、一夜のためには充分過ぎる程の銀粒が入っていて、そのことと一緒に、おるの家にもう一度きて貰えるとなら、という相手の言葉に露地はひっかかった。
「おうちは此処《こ こ》じゃ遊べんとへ」
「あねさんを咎人《とがにん》にしちゃならんと」男はいった。「隠しようもなかけんはっきりいうとばってん、おるは船乞食の一統たい。いくら浪ノ平というてもご法度はご法度。この前ん時薄々は感じとったでっしょが、おるたちにゃ何時でん越えちゃならん敷居のおかれとるとですよ」
 いくら浪ノ平というても、とが男の口からすらっとでる。だが露地はそんなことにいちいち構ってもいられなかった。
「おうちに相談のあっと」彼女はいう。「よかけん黙ってうちの客になってくんしゃらんね。店には何とでんいうとくけん、うちの部屋にくればよかとよ。染田屋ん時の馴染《なじ》みで商売は大工ということにしとけばよか。いちいち調べる者もおらんばってん、遣手にはそれなりの気ば使うとかにゃいかんけんね。祝儀の銭ば少し貰うときますよ」
「財布ごと取っとけばよか。そんげんこつまでして貰うと、ほんなこと恩に着るばい」
 露地は小粒をひとつ手にすると、財布を相手の胸に押し込んだ。
「泊まりにしときますけんね。その分の銭はあとで貰いますと。今夜うちはああたの買い切りですけん、威張って遊びなさるとよか。遣手が何かお愛想をいうても、殊更らしゅう返事することはなかとですよ」
 宙に浮いたような足どりの男を、自分の部屋に案内すると、露地は遣手を見つけて祝儀には多過ぎる小粒を握らせた。ほかの者は知らないので、染田屋のことはおくびにもだしてはならぬ、とあいは思わず相好を崩したのを裏返すような素振りをし、さらにいい添えた。
「今夜辺りは太古丸の舵《かじ》取りさんも見えられるとでっしょばってんね、うちが都合のよういうときますたい」
 女中の手を借りず、自分で酒肴《しゆこう》を運ぶと、露地は次第に強くなる動悸《どうき》に耐えながら、相手の盃に酒を注いだ。あの時の男だと知った途端、胸をつかむ刃先に似た思いを磨《と》ぎすますような内の吐息。
「おうちの名前をまだきいとらんやった」
「おるの名は嘉平次。子供ん時は笛吉と呼ばれたとばってん、おるが勝手につけ変えたと。おるが生まれた時、笛の音のきこえとったと、そんげんふうにきいとったが、後になって親類の笑うとったけん、そん話もあんまり信用できんと」
「笛吉、よか名前たい」
「ほんなこつは冬吉のはずじゃったとに、おかかと喧嘩《けんか》したおととが腹立ちまぎれに笛吉につけ変えたという者もおったと。どっちみちよか加減につけられとったとじゃろう。仲間からはぴゅうぴゅうと渾名《あだな》ばつけられとったし、おるは嫌で嫌でならんやった」
 露地は嘉平次の飲み干す盃を間をおかず満たした。頼みごとの刃先を抑えるようでもあり、逆に砥石《といし》に水をそそぐ気もして、ただ手数だけを重ねた。
「うれしか。今日のことは死んでも忘れんばい」嘉平次はいった。「あん時からこっち、おるはあねさんのことば忘れたことはなかった。稲佐に行かしたときいた時は、何べんそん岸辺まで船ば漕いで行ったかしれんし、染田屋に戻んなさったときも、あん家の附近ばずっとうろついとったと。すらごとじゃなかとよ。あん日からずっと、おるはあねさんよりほかのことは考えもせんやったと。……」
 酒はあまりいけぬ質らしく、それでも差される銚子を拒もうとしない嘉平次の面は見る間に赤味を差した。苦労して探し当てた女の親身の扱いと、生まれてはじめてあがった遊女屋の昂奮《こうふん》に、何を喋ってよいのかわからぬまま、言葉の方が先にでてしまうというふうであった。
「ぬしは芯《しん》の抜けたごとなって、どがんしたとやと何べんいわれたかしれん。芯の抜けようとくたばってしまおうと、くら橋さんに会えるとならそいでもよか。そんげんことばっかり考えて、稲佐じゃまる一日、海岸に船ば舫《もや》っとったこともあったと」
「そん名前ばだしちゃならんとよ」
「そうたい。そりゃすまんことばした。ご免してくれんね」
 窓下でかわされる突然の喧騒は船中の酔いで弾みをつけた船乗りが連れ立って、きっと陸《おか》に上がってきたのだ。先程、遣手の口からでた太古丸の舵取りをちらと何処かに走らせながら、露地は伏せてある盃を手にした。
「こりゃ気のつかずに……」
 慌てて銚子の柄を握る嘉平次。
「染田屋になしてうちがおらんごとなったか、嘉平次さんは知っとんなさるとへ」
「いや、それは……」
「稲佐行きのことはきかれたでっしょ。……うちが丸山から追い出されたとは、稲佐におっても戻っても、心のそこになかったからよ」
「心のそこになかった。……」
「だいでん抜け殻のごたる女子《おなご》ば抱いてもおもしろうもおかしゅうもなか。折角、高か銭ばだしてあがってくんなさったおひとの腹かかすとは当たり前のことでっしょ」露地はいう。
「あん日のこともあるし、何かわけのあるとは思うとったたい」
「そう、あの日のことよ。うちの心はあん時から別のもんになってしもうた。みんなあん時に起こったと。……」
 露地はふたたび、自分の手で盃を満たす。さっきの船乗りたちはこの家の玄関に繰り込んできたらしく、ききとれぬ声高なやりとりが潮騒《しおさい》のように伝わってくる。
「そいでも、あん日のあったけん、おるはあねさんに会うこともできたと。ふのよかとかわるかとか、おるにとっちゃ何ともいえんばい」
「丸山の女はみんながみんな、廻り灯籠に照らされてくらしとるくせに、ひとりだけは違うとると思うとると。そいでん矢張りそん時になりゃ、騙《だま》されとったということがわかって、廻り灯籠どころか、流し灯籠じゃったと気づく。そうなってからでさえまだ、糸でもつながっとるようにじっと川べりに突っ立っとる。どっちみち、自分は波の上でしか生きて行かれんのにね。……」
「あねさんをそがん目にあわせたひとはだいね。きっとそんひとは江戸もんじゃろう」
「江戸もん。なして……」
「あねさんのごたる女ば打っちゃっとる(打ち捨てる)とのわからんと。江戸もんならきまった日のくれば去らにゃならんけんな。いくら後追いしてもどがんしゅうもなか。そいけん……」
「そうね、江戸からきとらしたおひとなら、よかったかもしれんね。……」
 露地がそこまでいいかけた時、戸を叩く合図がして、遣手が少しあけた隙間から手招きした。瞬間、身を固くする男に安堵《あんど》させるような仕種《しぐさ》をして、露地は立ち上がる。廊下にでたところで、あいは思った通りのことをいう。
「少しでんよかけん顔ばみせてくれんかというとらすとよ。ひとりは見慣れん顔ばってん、太古丸のひとの三人もきとらすと。露地、露地とおらんで、このままじゃ片のつかんけん、頼んできてみんかと、そいがだんなんさんの言伝《ことづ》てですたい」
「堪忍してくれまっせ、だんなんさんにはそんげんいうてやんしゃい。暮れから廻しば二人も取って体のきつかし、今も泊まりば取っとるとだけん、すみまっせんばってん、今晩だけわが儘ば通させて貰えるごと、ああたからもよろしゅう……」
 露地は両手をあわせて、興味を持たせるように後ろをちらと振り向いた。それには気儘代と見合う後の祝儀も含まれている。
「難しかばってん、何とか繕うてみまっしゅ。そいでも、あんまりきこえるごたる話ばせん方がよかですばい。いいようのなかごとなりますけんね」
 主人のいいつけをこともなくはねつけた露地に驚きながら、恐らく部屋の戸を叩いても返事はなかったとでもいうつもりだろうか。
 部屋に戻ると、まだ緊張の解けていない嘉平次に、ゆったりとした手つきで露地は酌をした。
「なんか、都合のわるかことのできたとじゃなかとね」
「おうちは先客の泊まりじゃけんね。あとの客に気がねすることはなかと」
「おるは……」嘉平次はいいかけた声を飲む。
「さあ、こん部屋はもうひと晩中おうちのものだけん、何も遠慮はいらんとよ」露地はいう。「食べるとでん何でも好きなものをいわれるとよか」
 嘉平次は「何もいらん」と、かすれた声をだす。
 彼女は行灯の芯を調節した。特に明かりが薄くなったというのでもないが、それをいいだそうとする気持ちが落ちつかぬのである。「嘉平次さん、おうちは船ば持っとってでっしょ」
「船か。船は持っとるばい。商売道具じゃけんね」
「そん船んことで、おうちに頼みたかことのあっとよ」
「おるに頼みたかこと。……なんね、そいは」
「今からいうひとば、そん船の上に連れだして貰いたかと」露地は一気にいった。「明日か明後日か、何か上手な手筈ば作って、おうちの船まで連れてきてくれんね。うちはそんひとに誰もおらん誰も見とらんところで結着ばつけたか話のあっとよ」
「そんひとがあねさんば抜け殻にしたとたいね」
「嘉平次さん、どうぞうちの頼みばきいてくれまっせ。そん代わりというちゃいかんけど、おうちにはきっと精ば込めて、抜け殻とは違うた扱いばしますけん。……折角心ばつくしてきていただいとるおひとに勝手なお願いばしちゃいかんことは重々承知しとりますばってん、うちのいうことばきいてくんなはらんね」
「あねさんのいうことならきかんことはなか」嘉平次はいう。「おるは何でん、あねさんのためならするつもりたい。……一体誰ばおるの船に連れてくればよかとへ」
「廻船問屋の増屋。そこの番頭ばしとる七十郎という男ば連れてきて貰いたかと」
「増屋というと、椛島町の増屋たいね」
「そん増屋ですと。そこにおる七十郎という番頭」露地は強い口調ではっきりと繰り返した。「なんとしても結着をつけんならん話のありますけん、そん手伝いばおうちに頼みたかとです」
「わかったばい」
 露地の思いつめた顔に応えるように、嘉平次はしっかり答える。
「明日の昼、何としてでん、おるが連れてくるたい。あねさんはおるの家に待っとればよか。どんげん手だてばこしらえても、必ずそんひとに会わせてあぐるけんな」
 露地はうつむき加減に頷《うなず》いて唇を噛《か》む。
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