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丸山蘭水楼の遊女たち2-7

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   7 李朝《りちよう》には珍しい六角の花瓶《かびん》に挿《さ》した紫苑《しおん》がごくかすかに匂う。辻野屋嘉右衛門が
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 李朝《りちよう》には珍しい六角の花瓶《かびん》に挿《さ》した紫苑《しおん》がごくかすかに匂う。辻野屋嘉右衛門が戻ってくるという予定の四ツ半(午後十一時)迄《まで》の間、尾崎は小福のれんぼ節から掻《か》きたてられた胸を落ちつかせようとして、薄茶をたてて飲む。網屋友太郎を見送り方々一旦宿所に立ち寄り、小用をすませて引き返す嘉右衛門の段取りだときいたが、その実ひと足先に帰った金ケ江屋と何処《ど こ》かで秘密に落ち合っている場合も考えられ、四ツ半の区切りはいわば一応のものであるのかも知れなかった。
恋は異なもの気づいたときは
引きも返せぬ浪《なみ》枕
浪枕漕《こ》ぎ手の肌に緋文字《ひもんじ》
 それまであれほど気にかかった網屋友太郎の動静や存念を追い求めることさえしないのは、矢張り心がひとつの場所から離れぬ故なのであろう。
 大音寺裏手のせり上がる墓地をのぼりつめ、さらに椿《つばき》と竹藪《たけやぶ》に被《おお》われた抜け道を過ぎた奥まったところに墓守の小屋があり、何時《い つ》ものように、明日未《ひつじ》の刻(午後二時)又次と会う手筈になっている。
 最初、日蔵に手引きされるまま、あそこだと告げられた時、思わず蔵多の名を口にしかけたのは、連想したものと昔の噂《うわさ》が何時の間にか交じりあっていたのかもしれぬ。
 竹を編んで作った戸を開けると、小屋の中はきちんと片付けられており、土間より一段と高い板の間に敷かれた真新しい茣蓙《ござ》の端に、賓客でも迎えるように膝を揃《そろ》えていた男が深々と御辞儀をした。
「こいが又次ですたい。最前いうた通り、溜《たま》り場からやっと四、五日前にでてきましたと」
 日蔵がいうと、男はまた頭を下げた。
「うちが尾崎です。折角名差していただいたとに勝手なことばしてしもうてすまんと思うとります」
「なんの。……そんげん言葉ば太夫《たゆう》にいわれちゃ、答えようもありまっせんばい」日蔵はいった。「又次、早うお礼ばいわんか。こんげんして、わざわざおいでて貰うたとは、並のことじゃできんとぞ」
「無理ばいうて、ほんなこと、すまんと思うとります」
 黒地に細い矢印の模様をかすらせた薩摩絣《がすり》は、恐らく仕立て卸したものであろうか。折り目の浮く袷《あわせ》を身につけた又次の固い口許《もと》にひと筋、短い傷痕《きずあと》がえくぼに似ている。
「そいじゃおるは外におって、上がり道んところで見張りばしとくけんな。……又次、そいまで胸ん中に溜めてきたことばようと話したらよかと。ぬしのことじゃけん、ようとわかっとるじゃろうが、決して太夫の気持ちにはずれた振る舞いをしちゃならんぞ」日蔵はいう。「あと半刻《とき》、八ツ半(午後三時)になったら迎えにくるばい」
 日蔵が去っても、内心の緊張を解き放てぬような素振りで、又次はしばらくじっとしていた。茶瓶と碗はあらかじめきちんと盆の上に揃えてある。尾崎が手をのばそうとすると、男は慌てて盆を自分の方に寄せた。
「溜り場じゃ、大分きつうあんなさったとでっしょ」
「いえ、それは何でんなかった」
 又次は目を伏せて、茶の仕度をしながらそう答え、さらに改まった口調でいい添えた。
「無理な頼みばきき入れて貰うて、ほんなこつすみまっせん」
「お詫《わ》びせにゃならんのはうちの方ですけん」尾崎はいった。「折角蘭水にあがって貰うて、あろうことかいちばんひどか仕打ちばしてしまいましたと。知らんというてはすまされんことです。溜り小屋に入んなさったときいた時は、もうどんげんしたらよかろうかと思うとりました」
「あねさんのそれ以上なかごたる言葉は、叔父からみんなききました。あねさんと会うたと溜り場で伝えられた日は、ひと晩中眠れんやったとです」
 又次の注いだ茶は色がつきすぎて渋く、湯も冷めていた。だがそれにも気付かぬらしく、根太い声はそれまでの思いをこめた心情にゆさぶられてかえってぎごちなかった。
「あん時は会うて話のできればよか、ただそんげんつもりでした。……そいでも蘭水でおるの仕出かしたことは丸山じゃいちばん許されんことで、それはもう先に承知しとって……いくら一統の面汚しといわれても、それはもうかまわん気持ちだったとですけん……」
 話の後先を整えられず、又次はさらに言葉の接ぎ穂を変えた。
「何を話してよかかわからんばってん、あねさんは申《さる》年の祇園《ぎおん》さんの祭りば覚えとんなさりますか」
「申年、そいじゃ三年前のお祭りさんですとへ」
「はい、そん年におるは太夫ば初めて見たとです。軒灯籠《のきどうろう》の下にずらっとおなごしの並んどんなさって、奥の辺にあねさんの坐っとらした。格子の前にみんなが群がっとって、染田屋にゃこれみよがしの客が肩ゆさぶって入って行きよった。そん時、おるは……そう酔うてもおらんのに酔うたごとなって、思いもせんような言葉が口からでてしもうたとです。そん時、おるは格子を両手でつかんでこんげんふうにいうた。いちばんきれかひと、尾崎太夫、ああたばい。三年は五年かかっても銭ば貯《た》めて、おるは必ず太夫ば相方にしてみせるけんな。……その辺の者はみんなおるの声ばきいて囃立《はやした》てた。いうてしもうてからありゃ困ったことばいうた、そっぽでん向かれたら大恥ばかくたいと思うた途端に、あねさんは口許ばゆるめて二、三度こっくり頷いとらした。みんなはまたわっと声ばあげながらおるの背中ばぽんぽん叩きよる。ぬしは度胸のあるとか、尾崎太夫ば相手に何貫銭ば貯めるつもりやとかいう者もおったし、ばはんでもせにゃ無理だというたりされて、そん時おるはほんなこと、こんひとのために銭ば作ろうと心ばきめたとです。……」
 三年前、万延元年(一八六〇年)の六月。確か例年になく蒸し暑い夏祭りで、丸山の遊女による十四、十五両日の祇園詣《もう》での道中には雲集した見物人の中から押し倒されて怪我人まででる騒ぎであった。あの年、染田屋の格子に群がる人々の内に、この又次がいたというのか。思い思いの声が掛けられる中で、むろんひとつの言葉だけを覚えていようはずもないが、太夫を張るようになった最初の年である。
「太夫のことば忘れきらんようになったとは、そいから先。……ひと目でん、ひと言でよかけん、太夫と二人でじかに話すことのできたらどんげんよかろうかと思うた。たったそいだけのことでなして大それた望みば抱くようになったとか、おるは自分でもわかりまっせん。……そいからもう、ひとつの名前しか胸にはしまい切らんごとなってしもうたとです。……」
 男の膝に匍《は》う朱色の羽虫に尾崎はふっと眼をやる。季節に置き去りにされたような羽虫は一旦ひろげかかった玉虫色の羽を中途で止めると、それっきり身動きもしない。
「何を喋《しやべ》っとるとか、自分でもようわからんとじゃけん」又次はいった。「おるじゃのうして、だいか別の口の話しとるごたる。……」
「おうちにひとつ、ききたかことのありますと」
「何ね、ききたかことちゅうとは」
「さっきもそんげんいわれたでっしょ。……蘭水にあがって、うちを名差しするとが、なして一統の面汚しになるとへ」尾崎はきく。日蔵からすでに筋道はきいているが、又次のはっきりした気持ちが確かめたかったのだ。
「おるたちは世間に媚《こ》びちゃならんとですけん」又次は響くような口調で答えた。「丸山じゃろうと何処じゃろうと、入っちゃならんという場所には意地にでん入っちゃならんとですよ。きまった仕事んほかはついちゃならん、住居も勝手に引っ越しちゃいけんという垣根でぐるっと囲まれとる者たちにとっては、逆にその垣根にゃ手も触れとうはなかというとが、おるたちの性根ですたい。……そん垣根ば二つも越えてしもうたとですけん、見るもんから見れば吐き気のしよるとでっしょ」
「二つの垣根。……」
「蘭水にあがったとが一つの垣根なら、その上並の人間でも手の届かんところに坐っとんなさる太夫に心ば傾けてしもうた。そいが二つ。……」
「丸山にきちゃいかんと誰がきめたとですか」
「きめようときめまいと、そいはもう以前からの仕打ちになっとりますと、船乞食《こじき》は船乞食。並のくらしを望んじゃならん。顔をあげたままじゃ芝居の木戸も通られんとですけんね」
「どう考えてもうちには合点の行きまっせんと」尾崎はいう。「阿茶《あちや》さんは駄目、異人さんは丸山にきちゃならんというなら、話はまだ通りますばってんね。おなじ長崎に住んどって、仕事の違うというだけで、なしてそんげん垣根ば作らにゃいけんとか。……仕事や商売のあれこればいうとなら、そいこそ丸山がいちばん谷底になるとでっしょ」
「太夫はほんなこつ、そんげんふうに思うとね」
「はい」
「今の言葉ばだいにでんきかせてやりたか」又次はいった。「そんことだけで、おるが蘭水にあがった甲斐《かい》のありましたばい。おるはもう何もいうことはなか。……」
 膝の間でふたたびもぞもぞと動き始めた羽虫は足を滑らせたのかころっと茣蓙の上に落ちる。しばらくものいわぬ時刻が過ぎ、ひょうという鳶《とんび》の啼《な》き声をきっかけにして、流れるしじまに耐えかねたように、又次は無花果《いちじく》の木に面した障子を開けた。
「笛吹きの上手か」尾崎はいう。
「え」
「とんびのこと」
「ああ、とんび」又次の面にかすかに柔らぎの表情がよぎる。「大方何処かに新しか仏の埋められたとでっしょ。ひょうひょろうじゃのうして、あんげんふうに前の節だけ、ひょうひょう啼きよると、きまってそうれんの人の石段ばのぼってきなさるとですよ。ご馳走のえさにありつける日は、とんびもちゃんと知っとっとだけん。……」
 又次の声が届いたかのように、鳶はまたも竹笛に似た声を発し、尾崎は口をすぼめてそれを真似した。
「今度、鶏ん肉ば買うてきて、今のとんびに食べさせますけん」
 尾崎は怪訝《けげん》な顔をして相手を見る。言葉の意味がよくつかめなかったのだ。しかし、又次はあえて説明しようとせず、首をのばして無花果の葉越しに上空を通過するかも知れぬ鳶の影をひたすら捉えようとする。
 禿《かむろ》の呼ぶ声で、尾崎はわれに返った。今頃、どんな用件で自分を呼びつけようというのか。小藤には碌に返事をせず、尾崎は主人の部屋に向かう。
「ぬしに断わりばいわにゃならんことのできたと」太兵衛はあらぬ方に顔を向けていう。「こいから辻野屋さんの代わりに金ケ江屋さんのきなさるとたい。四ツ半にはおいでになるじゃろうけん、そんつもりでな」
「ようとわかりまっせんと」尾崎は小鬢《こびん》の辺りに手をやる。辻野屋嘉右衛門の代わりに、帰宅したはずの金ケ江屋境平がやってきて自分を相方にしようというのを、わからぬはずはないが、あまりに露骨で見えすいた蔭《かげ》の手口が腹にすえかねたのである。
「何がわからんとな」太兵衛は尾崎の気持ちを見越したようにいう。
「丸山の遊女はしょせん一夜妻ですばってん、そいけんなおさら一夜妻の心根ば守らにゃならんと思うとります。こんことは旦那さんから呉々《くれぐれ》も教えて貰いましたと。……そこんところがようとわかりまっせんと」
「話の行き違うただけたい」太兵衛はあっさりと受けた。「辻野屋さんの方じゃ最初からそのつもりだったとらしか。上方のおひとじゃけん、その辺のしきたりばようと飲み込んでおられんのかもしれんが、それはもう今更こっちで困るというても仕様のなかことたい。何ちゅうても今日ん席の客は網屋さんに金ケ江屋さん。辻野屋さんは招きなさった側のおひとじゃけん、まあそんげんいわれてみれば、そうなるのかもしれん。あたしが早飲み込みしとったとがいかんやったと」
「上方のご商売は手のこんだことをなさるとですね」尾崎は精一杯の皮肉をいう。いかに太夫を張っていても、主人の言い付けに否やはないのだ。
「珍しかキセルば貰うたというじゃなかね。向こうは初めからそんげん気持ちだったとやろう」
 ききわけて貰うて助かったばい、と口先だけの挨拶を背にそこをでると、尾崎は鳶、と嫌な匂いでも振り払うように、胸の中で呟《つぶや》く。自分自身が太夫という名の道具なら、入れ替わる男も道具だと考えればよい。そうれんを目差して鳶の舞う、墓守小屋こそが人間の場所なのだ。
 部屋に戻ると、尾崎は戸棚に仕舞い込んでいた陶製のキセルを取り出し、別の茶器から剥《は》いだ紫の袱紗《ふくさ》で包んで目に留まる台に置いた。それもまた見せかけの心情を芝居するための小道具である。
 禿に案内されて、金ケ江屋境平は間もなくきた。煙のでる塩辛売りの元締めちゅうことを知らん者はなかとに、という遣手《やりて》の謗《そし》りはまだ耳に残っている。金ケ江屋ではなく、代わりの客が網屋友太郎だとすればどうするか、とふっとそんな思いが湧《わ》く。
「今夜はほんなこつ気持ちよう遊ばせて貰いましたばい、そのうちきっと太夫の気に入るお礼ばしますけんな」
「お礼はもう先にいただきましたと」
 尾崎は袱紗包みのキセルを手にすると、膝の上でこれを開いてみせた。
「これはまあ、あたしよりよっぽどよか待遇ば受けとるたい。こんげん格のある品物は矢張り持つひとを選ぶとでっしょ。太夫の歌ばきいとる時、あんまり情のこもっとって、キセルの方でもぞもぞ身もだえしとりましたもんな。ああこりゃもうあたしの手ば離れたかとじゃなと思うとったら、案の定そんげんふうになりましたと」
「ちんだば飲みなはりますか。そいともお茶に」
「そうそう、ちんだで思いだしたばってん、太夫に試して貰いたかわたり酒(渡来酒)ば持ってきましたと」
 金ケ江屋境平は手提げ袋から、口の細長いぎやまん製の小瓶を取り出した。
「はあさ(passa)といいますと。ちんだばもうひとつ焼いて作るとらしかですばってん、強か割にはからっとして、アメリカやイギリスさんたちゃ、お棺に入れて墓ん中にまで持って行くといわれるごと、うまか酒ですばい」
 曲がりくねったあてこすりとも思えぬが、墓の中という言葉を尾崎は素通りできぬ。
「そんげん珍しかお酒なら、少しいただきまっしょか」
「そうか、飲んでくれるか。こりゃうれしか。もし気に入るなら、どいしこでん運んであぐるたい」
 茶色の光を湛《たた》えたはあさ酒を、これまで知らぬというわけではない。しかし、尾崎は初めて見る手つきで、ぎやまんの盃《さかずき》に注ぐと、一気にぐいとあおった。覚えのある強烈な芳香が胸いっぱいにひろがる。
「これはお見事」
 金ケ江屋境平は手を叩き、尾崎は切なく明日の鳶に酔いを託す。
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