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丸山蘭水楼の遊女たち2-10

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   10 揚屋の女将《おかみ》は井吹重平の待つ部屋に小萩を案内すると、会釈をして去った。門屋に心中騒動があって役人や町方
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   10
 
 揚屋の女将《おかみ》は井吹重平の待つ部屋に小萩を案内すると、会釈をして去った。門屋に心中騒動があって役人や町方の者が大勢出向いており、そのために小萩を呼び出して貰ったのである。二本の銚子《ちようし》と塩雲丹《うに》はすでに運ばれていて、ほかに食べるものは不要だといってあるので、気をきかせたのか店の者の気配も離れまでは届いてこない。こんな八ツ半(午後三時)にもならぬ早い時刻にどうしたのか、というふうな面持ちをして小萩は彼の傍《そば》に坐った。
「騒動のあったそうじゃな」
「惨めな話ですと」小萩は嘆息をつくようにいった。「さっき初めてきいて、大きか声ではいえんとですばってん、ようと身許《もと》を調べてみたら、二人は腹違いの兄妹だとわかったそうな。……」
「腹違いの兄妹」井吹重平はいう。「それじゃ色恋沙汰の心中じゃなかったとか」
「いえ、そいが……」小萩は声を詰まらせた。「そん人はこの半年ばかり、ずっと宮乃さんの馴染《なじ》みだったとですよ。自分の妹に通う客もおらんし、そんげん間柄なんて考えもしまっせんもんね。……知らされた者はみんなどういうてよかかわからんごとなっとりますと」
「本人同士ははなから腹違いの兄妹だと知っとって、睦《むつ》み合うとったというとね」
「そんげんことになりますね。うちはさっき、下働きのおっちゃまからきいたばかりだけん、ようとした事情は知りまっせんばってん、果てなさった久吉といわるるおひとが、宮乃さんのあんしゃまだったことはまぎれもなかといいよんなさった。……二人ともこまか時は外海《そとめ》の出津《しつつ》に育って、もしかすると隠れの子じゃなかかと、奉行所からきたひとのいうとんなさったらしかとですよ」
 女中が小萩の茶を運んできたので、それがちょうど話の切れ目になった。井吹重平は手酌で盃《さかずき》を満たす。
「まあ、他人のことはそれとして、ぬしを呼び出したとはほかでもなかと。……」
「今夜、きなさっとじゃなかったとですか。あげな騒動のあっても、店を閉めんでもよかと、そいもさっきそう決まったというとんなさったけん」
「ぬしがよんべ教えてくれた、卯八のことにもかかわりのあるとたい」井吹重平はそういうと、袂《たもと》から紙包みをだして、小萩の前においた。「詳しかいきさつば話す暇もなかばってん、ぬしのいうごと、卯八が奉行所の手先になっとるとなら、おいも安閑とはしておられんけんな。……卯八のことだけじゃのうして、奉行所が目をつけてきたことの、だんだんはっきりしてきたけん、この際思い切って長崎を離れようと考えたとよ。……」
 小萩は何かいい掛けようとしたが、口にはださず運ばれてきた茶を啜った。
「何のかのいうても、奉行所の手が入れば面倒なことになってしまう。それで、そうならんうちに先に手ば打ってしまおうというとたい。長崎にさえおらんとなら、つかまえようもなかし、そのうち熱《ほとぼり》も冷めてくるにきまっとる。……卯八が手先になっとるということでもようわかるやろうが、奉行所はかなり躍起になっとるふうじゃけんな。ぶっつかっても得にはならんけん、すうっと身ばかわそうと考えたと。……ぐずぐずしとっちゃ、そいこそ手遅れになってしまうし、そいでぬしに相談しにきたとたい」
「相談というても、もう決めなはったとでっしょ」小萩はいった。「そいじゃもう、今夜きなさる暇もなかとですか」
「明日の朝、早う立ってしまおうと思うとる。それまでに始末しておかにゃならんことのいっぱいたまっとると。仕事部屋ん方も片付けとかにゃならんし、出立の仕度もせにゃならん。とにかくそいでぬしに会いにきたとたい」
「長崎ば離れて、何処《ど こ》に行きなはるとですか」
「長州に行こうと思うとる。いくさ騒ぎで落ちつかんならいっとき上方におってもよかし、いずれにしても、ぬしにはそん都度飛脚もだすし、居場所もはっきりさせとくつもりじゃけんな。……おいが戻ってくるまで、辛抱しとかにゃいかんばい」
「ひとりで行きなはっとね」
「当たり前の話たい」
「そいじゃ、これっきり一年も二年も会えんごとなるとですか」
「そんげんかかる筈もなかと。長うして半年たい。……おいはきっと戻ってくるとよ。ちょうど長州には行ってみたかと考えとったし、なんちゅうても時勢の移り目に、もう少しひろか場所にでとらにゃ、吹いとる風の見当もようつきよらん。……」
 井吹重平は盃を受けとると、小萩に差した。
「何というても、ぬしはおいのおなごじゃけんな。今度戻ってきたら、必ず気のすむごたる扱いばするばい……」
 小萩は黙って、彼の傾ける銚子を受ける。
「そこに五両入っとると。何かの足しにすればよか」
 小萩はちょっと頭を下げた。内にこもるものが今にもあふれそうになり、それに耐えて唇を噛《か》みしめる様子がありありと窺《うかが》えた。
「もう少し何とかできればよかったとばってんね」
「うちの頼みばひとつだけきいてくれまっせ」小萩はうつむいたままいう。「ああたのいわれることはようとわかりましたけん……」
「頼みちゃ何ね」
「このまんま右左じゃ心の隙間ば埋めようのなかとですよ」小萩はいう。「明日の朝、早か出立なら無理はいえまっせんばってん、九ツ(深夜零時)まででもよかけん、一緒におりたかと。……どんげんしても駄目ならひと時でんうちの部屋にきてくんしゃらんね」
「よかと」井吹重平は答えた。「さっきもいうたごと、いろいろ始末せにゃならん用事のあるけん、そいば片付けて、五ツ(午後八時)にまた門屋にくる。そいから明け方の六ツ(午前六時)までぬしの部屋で過ごすごとするたい」
「我儘《わがまま》いうてすみまっせん」小萩はいった。「そいでも、こいから半年も別れるかもしれんという前の晩に、ほかん客の相手ばしとるとはたまらんですもんね。……でくっとなら、一緒にでんついて行きたかと」
「戻ってくるまでの辛抱たい。さっきもいうたごと、何とかぬしば身請けして、家ば持たせてやるけんな。長州におろうと上方に行こうと、遊んじゃおらんと。しっかい稼《かせ》いでくるつもりじゃけん、楽しみにしとるとよか」
「いうて貰うだけでもうれしか。……ああたと朝から晩まで月んうちに二日でも三日でん一緒にくらさるっとなら、うちはもう何にもいいまっせんと」小萩はいう。「そいでも、銭のことなんか考えずに、早う戻ってきんしゃらんと、うちはどうにかなってしまいますけんね。ああたのおらんごとなったら、うちは張りの抜けて、きっとぼんやりしとっとでっしょ。戻ってきなさる日ばかり数えてくらさにゃならんとですけん、一日んでん早う、何時《い つ》何時の日に戻るとか、そいば知らせてくれまっせ」
「立ちもせんうちに、戻る日ば勘定せにゃいかんごたるな」
 小萩は紙包みを持つと井吹重平の手に押しつけた。
「うちに置いとくことはなかとですよ。旅先じゃ思いもかけんような銭のかかるときいとりますけんね」
「心配はいらん。こりゃぬしんために、そう思うて仕度してきたとよ」
「そりゃわかっとりますばってん、そいけんなおさらああたの足しにして貰いたかとですよ。そん金で船でん駕籠《か ご》でんなるべく早う戻ってくるとに乗って、元気な顔ば見せてくださりまっせ。あと半年とか一年とか、そんげん便りはほんなこつ要りまっせんけんね」
 井吹重平が言葉を尽くしても、小萩はどうしても紙包みを受け取ろうとせず、そんなに金を置こうとするのは、長い期間戻ってこないつもりかと、仕舞いには顔さえ強張《こわば》らせたのである。五ツ前に必ず行くからと念を押して、彼は小萩よりも先に揚屋をでたが、いわばきわにとっても別れの晩になる今宵《こよい》を、どんな口実で留守にすればよいのか。
 明朝、きわを同道して出立し、近くの宿場か温泉で二泊か三泊、別れを惜しんで長崎に戻せば何とか納得してくれようと、彼は門屋に泊まると承知した時から心に浮かんでいたかのように、それを反芻《はんすう》する。
 長崎の町から慌しく逃げようと決めたのは、卯八に対する要心もさることながら、使いがきて、昼前有馬永章と茂木屋で落ち合い、打ち合わせた結果、目下のところそうするよりほかに手はあるまい、となったのである。仁昌寺をでた途端についた尾行からも窺われるように、思いのほか奉行所の手が深くのびているのを互いに確認した上での結論であった。
 仁昌寺の部屋を片付けるのは住職に頼んで、仕事場の始末と咲への連絡、それに養生所に出勤したきわの帰りを待って、いい含める手立てが残っている。これから後きわの生活は、金銭的に充分補えるものを置いて行くとしても、それでききわけてくれるかどうか。寄合町の裏道を梅園天満宮から如意輪寺の方へ抜けながら、いっそ連れて行くかとも思ったりした。
 しかし、折角英語塾にも通い、養生所で働くことをどれ程かよろこんでいるきわを中途で放棄させるのはしのびないし、此処《こ こ》はなんとか説得しなければならぬと、自分にいいきかせた。
 前方の路地からすっと人影があらわれたので、ぎくっとして立ち止まると、小腰をかがめるようにして、商家勤めの風態《ふうてい》をした男が擦れ違う。そんなに手廻しよくはあるまいと考えながら、それでも気になって二度ばかり後ろを振り向く。すると二度目の時に、後ろから石段を上がってきた別の男が、「旦那さん」と呼びかけたのだ。
「何ね」彼は身を引くようにして答えた。
 木棉の絣《かすり》を着た眉毛の濃い男は、手に大きな弁当箱に似た蓋付きの籠を下げている。
「何か用のあるとな、おいに」
 男は近寄ると、挨拶でもするようにいった。
「おもしろかもんば持っとるばってん、試してみなはらんね」
「先ば急いどるけんな」井吹重平はいう。
「まあ、見るだけ見なさればよか。きっと気に入りますばい」
 男は籠の蓋を取ると、中にしまってあるぎやまんの瓶《びん》を爪の先でぱちんと弾《はじ》いた。
「フランス伝来の精のつくちんだ酒ですたい。だいもかいもには飲ませられんと」
 井吹重平は手を振って男から去ろうとした。それでも男は離れようとせず、「ちんだ酒じゃのうしても、ほかのもので、欲しかと思われるとなら、何でん役に立ちますばい。大浦の居留地とは通々ですけんな」といったり、「極楽ばさまよう煙草もあっとですよ」と、殊更耳打ちする様子をみせたりした。
 それをも振り切って、彼は早足でとんとんと急坂の石段を下りる。なだらかになった往来では童たちが幾人か輪を作って遊んでおり、彼が傍を通ろうとした時、わっと喚声をあげて集まりを崩した。見るとひとりの女が道の真ん中でゆらゆらとした手付きで踊っているのだ。彼も一、二度見かけたことのある狂女で、握り飯さえ食べさせれば、いいつけられた通りの仕事をするし、どんな汚い場所であろうと、嫌がりもせずきれいに拭き掃除をするというので重宝がられていた、三十過ぎの女であった。
 しかし、どういうわけか、近頃になって、掃除を頼む者も殆どいなくなり、それを得ようとして踊るのだという噂《うわさ》をきいていたが、実際に接するのは初めてだ。井吹重平は童たちについて、眉をひそめながらもけらけらと笑い合う人々の背後に立った。
 文句ははっきりときこえぬが、狂女は何かを歌いながら、神楽《かぐら》でも舞うような手つきで、両手を高く差し上げながら、そのまま上体をゆっくりと倒して、口紅を赤く引いた顔いっぱいにしなを作る。
「元は戸町のひゃぁはちというがほんなこつやろか」
「戸町のひゃぁはち、それは初耳。うちはお寺さんのあんねどんときいとったよ。そんお寺から火のでたとば、自分のせいにされて、そいで狂うてしもうたときいとると」
「ひゃぁはちかあんねどんか知らんばってん、ほんなこつをいえば、そんげん狂うてもおらんとらしかよ。気違いの振りばしとるだけで、頭ん中は並の人間とそう違うとらんと、いうとらしたけん……」
「そいでも、狂うてもおらんおなごが、なしてあげん真似ばせんならんとね。握り飯とたくわん一皿にありつくために、蛆虫《うじむし》まで箸《はし》でつまんで、汚か所ば掃除せんでもよかとやろう」
「身形《みなり》や素振りのごとは狂うとらんという話よ。……戸町は戸町でもひゃぁはちじゃのうして、船乞食《こじき》の一統だときいとるばってんね、うちは」
「そいはほんなこつね、船乞食の一統というなら……」
 ひとりの女が声を途切らせて、傍の女たちと肩を寄せ合うのを、井吹重平は見た。もうひとりが大きく頷《うなず》きながら、ちらっと彼の方を窺う。
「すらごとじゃなかとなら、そりゃ大事たい。そいでも、いくらなんでも蘭水の……でっしょ」
「そいばいうちゃならんとよ」
「後ろに手の廻るとじゃけんね。滅多なことはいうちゃならんと。……」
 狂女は水平にひろげた両腕を、ふたたび上に立て、それからなだらかに上半身を屈折させる動作を飽きもせず繰り返し、「可哀相たい、だいも握り飯ばやらんとね」と、のっぽの童が呟《つぶや》く。
 井吹重平は人囲いを背にして、煙草屋という名の遊女屋を角にする道を曲がった。今すぐにでもきわに会いたい気持ちが湧《わ》いたのは、狂女の踊りを見ているうち、ふっと昨夜、帰宅した時の様子を思いだしたせいかもしれぬ。
 ゆうべ、戸口を入るといきなりきわが体ごと飛びついてきたのだ。しかも眼には涙さえ溜《た》めて、彼の懐にいきなり顔をうずめていた。
「どんげんしたとや。何ぞひとからいわれたとか」
 きわは懐の中でかぶりを振る。
「そうか、帰りが遅うなったけん、今夜は戻ってこんと思うとったとじゃな」
「そいもすこうし入っとりますと」
 きわは彼の胸を離れると、泣き笑いのような顔をしながらそういった。
「こんげん可愛かひとの待っとるとに、帰らんちゅうことのあるもんか」
「うちは知っとると」
「何ば知っとるとね」井吹重平は思わずきき返した。
「うちのことを旦那さんがどんげんふうに考えとんなさるか、ちゃんと鏡ば見るごとわかっとるとですけん。……」
「そんならわかっとる筈たい。ぬしんことをたまらんごと好いとるとは」
「旦那さんはうちんことを何か、食べもんか料理のごと好いとんなさるとだけん、同じもんばかり食べなさっとったら、そのうち飽きなさるとでっしょ。うちはそいが心配でなりまっせんと」
「大分雲行きのわるかとばいね」彼は持っている本の包みを開いた。「ほら、機嫌ば直してこん本ばみてみんか。ぬしんために買うてきたとばい。ドクトル・ポンペの書いた薬学指南たい。こいば読み切るごとなったら、そいこそ本物になっとるとぞ」
 きわは息を吸うような声をあげて、それを手にした。
「オランダ語たいね。ポンペ先生の……わあ、うれしか」
「食べ物んごと好いとるともういっぺんいうてみんか」
「食べ物でん何でんよかと。うちば何時でも全部、残らんごと食べてくだはりまっせ。……もう何でもよかごとうれしか」
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