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丸山蘭水楼の遊女たち2-11

时间: 2019-05-22    进入日语论坛
核心提示:   11 思うひとに飲ませようと抱えてきた、ちんだ酒入りの小瓶から放たれる甘酸っぱい芳香にかえって胸を締め付けられながら
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   11
 
 思うひとに飲ませようと抱えてきた、ちんだ酒入りの小瓶から放たれる甘酸っぱい芳香にかえって胸を締め付けられながら、尾崎は小鳥の啼《な》き声にさえ耳をすました。約束の八ツ(午後二時)はとうに過ぎているのに、又次の姿はまだあらわれぬのだ。
 これまで遅刻したことは一度もなく、何時も自分より先に待っていた又次の身に、何か異変でも起きたのか。尾崎は気を静めようとして瞼《まぶた》を閉じ、それでも落ちつかぬ心を、しばらくでも他の事にそらそうと、門屋の心中騒動を胸でなぞってみた。遣手《やりて》のさくが、此処ぞとばかり注進にきた事件である。
「……そいがあなた、こともあろうに、果てた客と、宮乃さんは血の通う実の兄妹だったということですよ。今も、旦那《だんなん》さんにそんことをほかの者に教えちゃならんちゅうて、きつう口留めされましたとばってん、太夫《たゆう》に頬被《ほおかぶ》りしとくというわけにもいきまっせんもんね。……実の妹ば相方にして通う男は、いくら丸山の話というても初めてでっしょ。一体、そんげんことのできるとかどうか、兄妹同士睦み合うて、どげな気持ちで夜明けば迎ゆっとか、さすがのあんじゃえもんしゃんも、じっとしとんなさったとですよ」
「兄妹同士、よっぽど好いとんなさったとでっしょ」
「いくら好いとるというても、兄妹は兄妹ですけんね。そいもほかに誰も人のおらん山里か島での出来事とでもいうならとにかく、丸山で起こったとですばい。実の妹に金払うて……金払いもそうわるいというわけでもなかった。他人さまの客と客の間に、実の兄が入り込んで寝間を共にする。考えてみただけでも身顫《みぶる》いするごたる話じゃなかですか」
「仕様のなかとでっしょ。二人してそこまで思いつめとんなはったら。……いっぺんそんげん始末になったら、そいから先はもう後に戻らんごとなんしゃったとに違いなかと」
「実の兄妹でも、いっぺん深間に入れば仕様のなかといいなさるとへ」
「他人の口出しすることとは、遠かところにおんなさったとかもしれん。そんげんふうにふっと考えたとよ。……そんひと達は、夫々《それぞれ》長崎のお方じゃったとやろか」
「九つか十の頃までは、二人とも大浦辺りに住んどったらしかと、いうとんなさった。両親が死んでしもうてから、兄妹で食うや食わずのくらしばして、何年か一緒に住んどったらしかけん、そん時に妙なことになったとじゃないかって、事情ば知っとんなさるひとからきいたという話でしたと」
「可哀相か話たいね。どっちにしろ……」尾崎はいった。「そいでも、兄妹だというのが、どがんしてわかったとへ」
「持ち物の中から、いくつかの文が見付かったというとりました。詳しかことはききませんでしたばってん、大方、久吉というひとから届いた文ん中に、そんげんことの書いてあったとじゃなかとでっしょか」
 目を開けても墓守の小屋に、外からの気配は伝ってこない。ぎやまんに形だけを似せて作った陶製の小瓶を手にして、尾崎はそれを胸の辺りにおく。もしかすると、尾崎との仲を心良く思わぬ仲間うちに今日のことを覚《さと》られて、難癖でもつけられているのかもしれないのだ。ちょうど十日前、次に会う今日の日日《ひにち》を確かめた後、又次はふっとこんな口をきいた。
「太夫んとこに文でも届けた者はおらんやろうな」
「太夫ちゃいわんごと……」
「あねさんのところに、まさか誰もいうていった者はおらんやろう」
「誰がいうてきなさっとへ」
「何もなかとなら、かまわんと。……近頃、一統んうちでもあれこれ陰口叩きよるとをきいとるし、もしやと思うたとたい。まさかこんげん場所で会うとるとは思わんじゃろうが、おるとあねさんのことは、大方の者が勘づいとるふうじゃけんな」又次はいった。「中には裏切りもんじゃと、本気でそう考えとる者もおるとよ。起こしかけた騒動も思うたごと運ばんやったし、そいもこいも、みんなおるの所為《せい》じゃと思うとる。……」
「面汚しがずっと続いとるとでっしょ」尾崎はいう。「初めて会うた時もそういいましたばってん。又次さんとうちが仲良うなると、どんげんして面汚しになるとか、何べん考えてもうちにはようとわかりまっせんと。……人間同士ならどんげんひとと好きおうてもかまわんとよ。あんひとは駄目、こんひとはよかと、そげな物差しがあるはずもなか」
「おるたちのことをまだようと知らんけん……」又次は苦渋にみちた声をだした。「なしておるが裏切りもんといわるっとか、理屈じゃのうして、世間から今まで蔑《さげす》まれ通してきた年月がいうとだけん、答えようもなかと」
「うちはお姫さまでも分限者の娘でもなかとよ」尾崎はいう。「太夫という飾りもんの位を張っとっても、しょせんは丸山のお女郎。……そいでもうちは、又次さんば好きになった想いだけは誰にも負けんし、世間からどんげんことをいわれようと、恥ずかしゅうもなか。裏切りもんとか、年月とか、今日はどうかしとんなさる」
「ほんなこつ、わるかことばいうてしもうた。何時もこんげん会い方ばせにゃならんし、あねさんにすまんと思うとるけん、つい口からでたとたい。詫《わ》びるけん堪忍してくれんね。そんかわり、こいから先はいじけたこつは絶対にいわんけんな」
「生意気かことばいうて、詫びにゃいけんとはうちですと。……又次さんの胸ん内をわからんこともなかとに」
 明らかに足音がきこえたので、尾崎はわが身を抱きしめるような気持ちで坐り直した。しかし、墓守小屋にあらわれたのは、見知らぬ小柄な年輩の男であった。戸口を入った場所で、それから前には一歩も進まぬ身構えを示しながら、男はせかせかとした口調で、言付かってきたことだけを伝えるというふうにいった。
「日蔵さんから頼まれてきたとです。……又次が奉行所のもんに引っ張られてしもうた。又次は朝方にも怪しか者たちに襲われて、そん時の怪我は軽うしてすんだとばってん、そいにもつながりのあっとかどうか、とにかく有無をいわさず、しょっぴかれたけん、今は成り行きを見守るほかはなか。……そいで、太夫に伝えたかことは、どんげんことになっても又次とのことをいうちゃならん。こん小屋のことも。……又次は決して喋《しやべ》らんけん、かまば掛けられんごとして、じっと辛抱しとんなさるとよか。そんうちきっと、日蔵が手だてばこうじて、何とかするつもり。……そうそう、もうひとつあったと。特に染田屋の主人には気ばつけなはるごとしんさい。奉行所に通じとるふしがみえるし、蔭《かげ》で糸引いとるかもしれん。そこんところばよう気いつけなさるごと。……こいで日蔵さんから言付かったことはみんな伝えましたばい」
「又次さんがだいかに襲われて怪我した。いまそんげんいいなさったとですね」
 男は黙って頷く。一時でも早くこの場を去りたいという面持ちをあらわにして。
「そいで、何処ば怪我して、怪我はひどかとへ」
「肩のところばちょっと痛めただけで、大したことはなかというとった。おるが直接見たわけじゃなかばってん、怪我んことは心配せんでもよかとじゃなかね」
「奉行所の者がつかまえにきて、そいで又次さんに乱暴ば働いたとですか」
「いや、そいは別々に起こったとよ。朝方又次ば怪我させたもんたちと奉行所が結託しとったのかどうか、調べてみにゃわからんと、日蔵さんもいうとらした。……とにかく、用事は果たしましたけん、おるはこいで帰りますばい」
「待ってくんしゃい」尾崎は追いすがった。「そいだけでは何のことかわかりまっせんと。又次さんはなして奉行所のもんに引っ張られて行きなさったとへ」
「そりゃ、あんたの胸に、自分にきいてみなさるとよか」
「うちの胸に、なして……」
「太夫か何か知らんばってん、あんたにまるめ込まれたせいで、又次はしょっぴかれたとたい」男は尖《とが》った目を真っ直ぐ向け、それまで積もっている憤懣《ふんまん》を投げつけるようにいい放つ。「又次は船乞食の一統じゃけんな。そいでも自分を忘れてしもうた。そんげんふうに仕向けたとはあんたたい。……」
 言葉も終えぬうちに背中を見せた男に、「もうちょっと」と尾崎が戸口を出た時、すでに男は藪《やぶ》の道に消えようとしていた。半ばうつろな足どりで、尾崎は茣蓙《ござ》にがっくりと両腕をつく。太夫か何か知らんばってん、あんたにまるめ込まれたせいで、又次はしょっぴかれたとたい。……
 一瞬のうちに逆転した心中《しんちゆう》の情景をなお信じかねるように、尾崎は声をださずに呟いてみた。船乞食と太夫の密会を許さぬというなら、又次だけではなく、なぜ自分も一緒に連行しないのか。
 染田屋の主人、太兵衛。奉行所に通じとるふしがみえるし、蔭で糸引いとるかもしれん。そこんところばよう気いつけなさるごと。……
 すると、太兵衛が一枚噛んでおり、それで抱え太夫への目こぼしと引き離しを企み、又次だけを捕えたというのか。
 今すぐ日蔵の許へ駈けつけて、ことの真相を知りたい衝動を抑えるべく、尾崎は小瓶のちんだ酒をひと口飲む。人目にさらされながら戸浦の外れだときいている家に行くのはしょせんできぬことであったし、又次を何とか罪咎《つみとが》から免れさせるためにも、軽はずみの動きをしてはならないと、自分にいいきかせながら。
 日蔵の言伝《ことづ》てにも、それは充分含まれていた。又次を拘引した者、させた者に対するどうしようもない怒りの渦に身をおく尾崎の、殆ど戦《おのの》きに似た不安。
 彼女は皮底のついた高台の草履を履くと、ちんだ酒の小瓶をそのままにして一旦戸口をでた。しかし、後日何かの証拠になることに気付いて引き返す。もし、丸山の女と情を通じたことで、奉行所の手がのびたのなら、何ひとつそれを残してはなるまい。
 大音寺裏の石段を降り切った場所で、誰かに声をかけられたが、尾崎は振り向きもしなかった。蔭で糸を引いとるかもしれんと日蔵がそういう以上、はっきりした裏付けがあるのかもしれぬ。尾崎は染田屋主人太兵衛の脂ぎった顔と唇を、改めて奉行所に通じとるふしがみえるという伝言に重ね合わせてみた。
 入牢《にゆうろう》に追放、手鎖、町払い、男と吉井の仲をとりもった者はみんながみんな、そんげん目に会うたとよ。ぬしは利口かけん、その辺のわきまえはついとると思うとるばってん、何ちゅうても掟《おきて》は掟じゃけんね。自分ひとり火の粉をかぶればよかというふうにはいかんとよ。……
 豆腐屋の角からくっついてきた二人連れの与太者が小銭にでもありつこうと思うのか、かなり質《たち》のわるい文句を交々《こもごも》あびせかけてくる。
「……何ばいうても音無しの構えたい。おい粂《くめ》の字。太夫の黙っちゃおられんごたるこつばいっちょいうてみんか」
「そりゃご免ばい、兄貴。おいはこいでも尾崎太夫に岡惚《おかぼ》れしちょるとじゃけんね、耳障りなことはいわれんとよ」
「耳障りなこつとはなんな。初耳ばい、そりゃ。太夫にそんげん耳障りになるようなことば、ぬしは知っとるとでもいうとか」
「兄貴もひとのわるか。いくら何でも、おいの口からそげなことをいえますもんか」
「ひょっとしたら、そんことは緋文字《ひもんじ》にかかわりあっとじゃなかか」
「いくら兄貴でも、そいだけは口の割れまっせんばい。ああ、恐《おと》ろしか」
「ぬしが恐ろしがることはなかろう。恐ろしがらにゃならんとは、そん緋文字ば背中に彫った男たい」
 尾崎は足を止めると、間近の男たちに向かい合った。
「緋文字んことがそんげん気になっとなら、奉行所でん何処でん、訴人さるっとよかでっしょ。うちはちゃんと、でるところにでて、申し開きをしますけん」
 通りすがりの男が、首をかしげるようにして、往来に突っ立つ男女を窺う。尾崎はそれだけいうとすたすたと歩き出した。
「たまがったね、こりゃ」兄貴分の男は照れ隠しのような口調でいう。「太夫からじかに口ばきいて貰ゆっとは、果報もんばい、おるたちゃ……。こりゃよか語り草になったと」
「訴人でん何でんすればよかといわしたとね、今は」
「緋文字んことは、でるところにでて申し開きばするといわしたとよ。こりゃもう余計に恐ろしゅうなってきたばいね。……」
 尾崎の見幕に金にならずと考えてか、それとも丸山界隈《かいわい》の間を流れる川までいくらもない距離で、危ない橋を渡らぬ方がよいと分別したのか、追尾する与太者たちは二つの鍛冶屋町の並びが終わりに近づくと、あまり意味の通じぬ捨て台詞《ぜりふ》を吐いて遠ざかった。
 こりゃ夢のごたる話ばってん、蘭水の太夫ば身請けするためにゃ、いくら銭を積んだらよかとね。
 あれは幾度目の逢引だったか。又次が突然そう尋ねたことがあった。こんな場合になぜ、そういう言葉を思い浮かべるのか。道端の飴《あめ》売りが深々とお辞儀するのに、尾崎は心のそこにない会釈を返す。
 又次さんなら大負けに負けて二百両にしときますけん。もう二度とこんげん値段では手に入らん、安か買い物ですばい。早いもんが勝ち。
 二百両という額は事実であったが、尾崎はそれを冗談にして返事した。二重門をくぐると、擦れ違う人の誰彼が殊更の素振りもなく、尾崎におやという視線を送る。立ち話をする遣手同士が慌てて腰をかがめ、供を連れた町家の老人が珍しい品物でも見るように指差す。
 染田屋の部屋に戻ると、尾崎は禿《かむろ》を使いに、話があるのでこれから出向いていいかどうか、主人太兵衛の都合をきかせた。どのような話をするのか、自分でもよくわかっていないが、そうせずにはいられなかったのだ。小藤はすぐ立ち帰っていう。
「旦那さんはおんなさらんとですよ。用事のあって、昼前から稲佐に出掛けたというとんなさった」
「だいの話ね、それは。……」
「おかっつぁまのいいなさったとです」
「おかっつぁまのきとんなさるとへ」
「はい。大分加減のよかといいなさって、半刻《とき》ばかり前から、板場におんなさるとです」
「今朝早うから、稲佐に……」
「マタロス休息所の打ち合わせにでん、行きなさったとじゃなかですか」
 大人びた口をきいて小藤が去ると、尾崎は肩で息をしながら、土瓶に冷めた湯でも残っていないか、それを確かめようとした。するとそこに遣手のさくが入ってきたのだ。
「おかっつぁまからひどうおこられましたと。外出《そとで》なら外出と、きちんというて行きなさらんと、しめしのつかんというて」
「おうちにいうとったでっしょが」
「うちの耳だけじゃどんげん仕様もありまっせんたい。今日んごとおかっつぁまのきとんなさる日にゃ、いい抜けもできまっせんけんね」
 この女も実は太兵衛の内意をひそませているのではないのか。何となくそう感じながら、尾崎は土瓶の蓋をかぶせた。
「小藤にそういうて、お茶ば頼んでくれまっせ」
「はい、はい」
 遣手は二つ返事をすると、両手を腰にあてがったまま立ち上がる。
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